第32話【対決】

「ええ、そうよ。これがあたしの力なのよ」

 光陽園のハルヒが際どい台詞を吐く。軽口を叩くな!

「さぞ、楽しいでしょうね」こっちのハルヒがそう言った。

「そうね。あたしは世界一楽しいことをしてるって思ってる」光陽園のハルヒが勝ち気に言い切った。

「それで目的は?」

 ほうら言わんこっちゃない。

「ええと目的、目的……いや、そんなこと言われてもさ……」と光陽園のハルヒの言動が怪しくなり始めた。そりゃそうだ。『普通じゃない』のは我がSOS団団長のハルヒ本人なのだ。何より殺気立つ迫力が違ってる。

 当初ハルヒは光陽園のハルヒが偽物の能力者だと言い切っていた。苦悩が足りなさすぎる、とか言って。

 だが、こっちのハルヒはこの空間を見せられ、そうした断言が揺らいでいるに違いない。


「——あんたには世界を変える不思議な力があるのよね? こんな風に世界を変えてしまった目的はなに? あたし達だけを巻き込んで。まさかあたし達に恨みでもあるの?」


 我がSOS団団長の尋問がどんどん鋭さを増していく。これほど冷気を感じる台詞を俺は聞いたことがない。何が気になるって、〝恨み〟だ。

 それを言われた光陽園のハルヒは学力は高いものの超能力的な特殊技能も何も無く、彼女こそ普通に大学受験を真面目に考えて進学校の生徒をやっている普通人なのだ。このような閉鎖空間に都合十人もの関係者全員を閉じ込めてしまうなどという芸当は出来ない。


 これは自分で自分の心をえぐる自傷行為だ。これを口にした本人がこの状況を造り出している以上、『恨みでもあるの?』はハルヒの無意識である可能性が排除できない。そう訊く以上は『恨みはある』のである。

 当人は真実を知らず他の周囲の者たち全員が真実を知っている。その上その真実のせいでハルヒ自身殺されかけたという体験までさせられている。ハッキリとした記憶には残っていなくても何かしらの欠片のようなものは残っているかもしれん。

 ならば自分を騙し続けてきた者と殺そうとした者を道連れにしてでも報復を始めてもおかしくない。これこそハルヒらしい。本人がまるで意識していないのに報復という行為がキッチリ行われるのだ。現に藤原は巨人にやられちまった。

 とっさに俺は藤原の顔に視線を送った。俺の感覚に最も近いのはムカつくがコイツであるような気がしたからだ。藤原の奴は蒼い顔をしていた。さっき光陽園のハルヒに思いっきり蹴り飛ばされていたがハルヒに対する贖罪としては効果ゼロだったということか。コイツは間違いなく『死』を意識している。


「あんた、何をやりたいのか答えなさい!」

 それは俺が訊きたいぜ、ハルヒ。それとどうすんだよ、光陽園のハルヒ。

「え〜と、え、と」

 明らかにしどろもどろになって来てるぞ。


「佐々木、あんたが説明しなさい!」光陽園のハルヒが言い放った。

 そっちかよ!

 言われた佐々木は顔をうつむき加減にし、考える仕草をした。それは俺にとっては〝瞬間〟と言ってもいいくらいの間だった。

「涼宮さん、僕の方にいる涼宮さんは確かに特殊な力を持っているが、本人自身は全く自覚無く能力を発揮してしまう。だから目的を問われたなら『特に無い』となるしかない」

「なにそれ、じゃあこの世界も全く意味も無しに造ったっての?」

「僕は涼宮さんじゃないから答えるのに適当じゃないけれど、特に深い意味があるとは思えないな」

「ちょっと、佐々木、あんたなに言ってんのよ!」光陽園のハルヒが割り込んだ。

「まあまあ、でも役に立たないケースもあるけれど役に立つときもあるんだ」

「どんなふうに?」

「他人に能力を与えることがあるんだ」

 オイオイ、佐々木大丈夫かよ。

「そうなの?」

「例えばここにいる九曜さんだ。九曜さんは涼宮さんの力によって全宇宙に存在するあらゆる事象を説明できる知識を獲得し宇宙人とのコミュニケーションすら不可能ではない。正に存在そのものがまるで宇宙人さ」

 いや、本物の宇宙人だろ。

 九曜は取り立ててなんらのリアクションも起こさなかった。

「次に藤原くんだが、彼には時間を上ったり下ったりする特殊能力が付与された。彼はタイムトラベラーなんだ。ただ、今現在はその力は失われているが、間違いなく過去その力があった」

 藤原も取り立ててなんらのリアクションも起こさなかった。

「ふうん……」

「そして橘さんだが、彼女は特殊フィールドにおける近接戦闘を得意とする超能力が付与されている」

「それって、まさかこの状況でってこと?」

「あるいはそうなのかもしれない」

「ええーっ⁉」と橘京子の声。九曜はどうだか知らんが藤原が佐々木の嘘に合わせたってのに迂闊な声を出すな!


 だがハルヒの興味は佐々木に移ったらしかった。

「で、あなたはなんの能力を付与されたの?」

 佐々木はほんの少しだけ間を取り、

「残念ながらなにも与えてもらってない。どうも能力を受け取る側にも向き不向きがあるみたいで、選ばれなかったみたいだ」そう言った。

 残念? だが心底そう思って言ってるようにも聞こえた。

「へぇ、あんたもあたしと同じなんだ」

 我がSOS団団長がポツリと言った。しかしハルヒにとってこの場における真の相手は佐々木ではなく光陽園のハルヒであることは忘れてないらしく、そっちを向いてこう言ったのだ。


「——もしかして元に戻せない、とか言わないわよね?」


 ハルヒが光陽園のハルヒを崖っぷちに追い詰めつつあった。『元に戻せない』。むろんその通りである。

 光陽園のハルヒが威張ったような顔のまま立ち往生していた。


「佐々木、またお願いね」

 再び佐々木の方に投げていた。

 確かにこういうケースでハルヒに喋らせるのは良くない。ハルヒの長所は嘘がつけないところだ。だから行動が傍若無人になり言動が突拍子もなくなる。思ったことをそのままぶつけ、思ってもいないことはやらないし言えない。

 その点佐々木ならそつなくこなす。佐々木に全フリは正しい。解ってるじゃないか光陽園のハルヒ。

 とは言え投げられた佐々木は考え込んでいる様子だった。だが瞬間の後、何か思いついたらしく喋りだした。

「残念ながらそうなんだ。僕らの涼宮さんは意識的に状況を造り出せるわけじゃない。時々無意識にこのような空間を造り上げてしまうんだ。無意識に造ったものは意識的に消すことはできない。だから本人を問い詰めてもどうにもならない。ただ、これまで常に元に戻っているってことだけは言えるけど」

「なんなのそれ? なんだかあるだけ迷惑な力ね」

 我がSOS団団長がそのような感想を述べた。それを受け佐々木が口を開く。

「そうなんだ。世界を変えられるというのは面白い。ところがね、使い勝手が悪いのは、世界を変えてしまえば変えた本人も変わってしまうってことなんだよ。世界を変えた本人も世界の内部にいて、この世界を構成しているひとつの要素なんだからね。世界そのものが変化してしまえば中にいる改変者自身も否も応もなく変化させられる。この場合だと、自らの意志で世界を変えたっていうのに、その世界に対応して生き続けていくために変化させた世界に変化させられることになる。悪くすれば以前の世界の記憶すら無くなってしまうかもしれない。世界の外に改変者自身を置けない限り変化させられるんだ。そこにジレンマが発生するんだ。それだけの力を持ちながら結局世界が自在にならないというジレンマさ」

「面白い屁理屈ね、佐々木さん」

「屁理屈とは少しひどいな」

「別に悪く言ってるわけじゃないから。確かにそっちの涼宮ハルヒさんは自分で造った世界すら自在にならないみたいだから、あなたの言ったことも的を外れてないのかもね」

「ちょっと今の、訂正しなさいっ!」光陽園のハルヒが怒鳴った。

「訂正も何も、その通りじゃない。それともなにかできるの?」

「うっ」とたちどころに詰まる光陽園のハルヒ。

「あんたの無意識に自殺願望が無ければいいけど」我がSOS団団長のハルヒが言った。

 ヒヤッとする。それを正に俺が危惧している。自殺は無くても俺たちが住んで暮らしていた世界の全否定をする願望はあるんじゃないかってな。

 古泉は俺に言ってたっけ。

 『あなたは知らないでしょう。高校入学以前の涼宮さんがどうだったかをね』と。それがたぶんこれなんだ。


「フン」と悪態をつく声がした。藤原以外誰が口にするかという不機嫌な声。

「死ぬんだろうな」

 気分が悪くなるようなことを堂々と声に出して言いやがる。

 こういう時には対抗できる〝適役〟に話を振るのが正しい。もちろん藤原が元々未来人だからといって朝比奈さんに振るわけにはいかない。実際になんとかしてくれそうで且つお喋りな閉鎖空間のスペシャリスト。

「古泉」

「はい」

「どうすりゃいい?」

「なぜ僕に?」

 古泉の奴真顔で俺に言ってきやがった。ハルヒの前だからといってまだこの期に及んでしらを切る気か。お前の専門領域だぞ。

「僕は解りませんよ」

 わざわざ〝やれやれポーズ〟まで取って見せていた。

「ただ……」

「ただ、なんだ?」

「〝直感〟でもいいのなら言えることがあります」

「何でもいいから言え」

「SOS団が使っているあの部室です。この状況が解決を見るとしてそのための『キー』がなにかあると思うのです。それがあの部室かと」

 ふむ。

 俺は視界の端に長門を捉えた。

「長門、どう思う?」

「異議はない」

「そうか」

 一応伺いを立てねばならん。

「ハルヒ、そういうわけだから帰ろう」

「なんで元の場所に帰るのよ。ここからが正念場なのに」

 なんの正念場だ。

「ちょっと」と古泉の手が俺の肩に掛かる。静かに首を振ってみせる。

 解ってる、それくらいは。おそらくハルヒの言うことに反対し続けた場合さらに良くない事が起こるとか、そういうことを言いたいんだろう。だがここで止めないとマズイだろ。

「まさかSOS団員ともあろう者がこの事態に恐れを成したとか言わないわよね」睨むような目で俺を見ながらハルヒは言った。

「朝比奈さんだって帰りたがってる!」

「はい? なんでここでみくるちゃんが出てくるの? みくるちゃん、まさかあなた探検もせずに帰ろうなんて言わないわよね」

「ふえ、ええっ、はい……」

 却って火に油だったか。ハルヒには多数決に従うとかそういう感覚が無い。

「そっちのあたし、まさかあんた探検したくないなんて言わないわよね」今度は光陽園のハルヒがハルヒに問い詰められていた。

「あっ、当たり前でしょ。あたしが造った世界がどんな世界か知ってみたいと思うのは当然じゃないっ!」

 こっちのハルヒに押されっぱなしになってる!


「佐々木、この際一人一人が意見を言うべきだと思うがどうだ?」俺はハルヒを止めるため佐々木に話を振った。

「その考えに異議は無いね。これからどうすべきかという選択肢は今のところふたつかな。ひとつはSOS団の部室という場所へ行く。もう一つはそんなところへは行かずこの街の探検を始める。今のところそちらのSOS団ではキョン、古泉くん、長門さんが『部室派』で、北高の涼宮さんと朝比奈さんが『探検派』ということだね。こっちの涼宮さんも『探検派』だ」

 十人中六人が立場を表明して三対三、イーブンか。

「で、佐々木さん、あなたを含めそっち側のメンバーはどうなってるの?」こっちのハルヒが佐々木に訊いていた。

「橘さん、どう思う?」

「あのっ、そこへ行けば元の世界に戻れるんですよねっ? ならあたし『部室派』でお願いします」挙手までして賛意を示したのは閉鎖空間の専門家である橘京子だった。

「藤原くん、キミはどう思う?」

「探検も何も僕たちはここまで自転車で十数キロも走ってきた。何もない無人の街が延々と続いていただけだった。なら『部室』ってとこへ行くべきだろう。もっともそっちが本当に安全な選択肢か保証の限りじゃないがな」

「なるほど、確かにね。これで『部室派』が二人増えて五対三ということになる」

「佐々木、お前はどうなんだ?」

「僕かい? 僕は『探検派』にする」

 軽い眩暈が襲ってきた。なんで佐々木がそんな『冒険』に関心を持っている?

「キョン、なんだかキミは不満のようだけど厳密に言うならば僕は折衷派なのさ。だけどどちらつかずの意見を言うのもみっともないので『探検派』にしたんだ」

「どういうことだ佐々木?」

「簡単なことだよ。古泉くんが言ったようにこの状況をなんとかするための『キー』はあのSOS団部室にあるのは間違いない。だけどね、この世界がどういう世界か納得できるまでうろつき回ってからでもいいんじゃないかと、単純にそう思っただけなのさ」

 言葉が出ねえ。きっとタクシーに乗って北高まで来ながら直前で門前払いを食らったことが尾を引いているのかもな。

 これで五対四。

「あと、答えてないのは九曜さんだね。九曜さんは部室へ行くべきと思うかい? それともこの街この世界の探検をしたいかい?」

「——今日は————ありがとう——訊いてくれて。これは………感謝の挨拶……」

 相変わらずネジがふっとんでるようなことを言いやがる。

「それでどちらを選ぶのかな?」

 イライラとした表情を微塵も感じさせず佐々木が微笑みながら訊いていた。ひょっとしたら俺が抱いているようなそんな感情など佐々木は持っていないのかもしれない。

「わたしは——『探検』する」

「へえ意外だね。なぜそっちにしたの?」

「これで——五対五になるから。あとは——涼宮——さんの意見————涼宮さんが決めること」

「殊勝な団員じゃない。これで決定ね。あたしともう一人のあたしの二人とも『探検すべき』って言っているんだから」我がSOS団団長のハルヒが言った。

 決まっちまった。

 まあSOS団なんて団体が民主主義的に多数決で物事を決めるなんて思ってはいなかったよ。まあ五対五だから決定権者が決定したに過ぎないのかもしれんが。

 それを見ながら佐々木がくっくっくっと笑っていた。

 呑気なもんだ。

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