第28話【同顔】
「そこで僕は九曜さんに思いの丈をぶちまけた。わざわざ橘さんに連絡を取ってもらってね。橘さんは少しショックを受けていたみたいだな。気の毒には思う。だけど僕には九曜さんしかいなかった。集団として一番信用できるのは宇宙人だがキョン、キミはそれでも間違っていると言いたげな顔をしているね」
佐々木はくっくっと笑い、俺の「ああ」といった程度の返事を待つより先に、
「個々人のパーソナリティを考慮しても九曜さんに落ち着くほかない」と言っていた。
「なんでだ?」
「なぜなら何を言っても理解しそうにないからさ。理解しない相手に一生懸命に喋って何になるというのはまともな人間の思考だが、理解しないからこそ一生懸命に喋っても構わないという思考も全然ありだ。『王様の耳はロバの耳』ってやつだよ。その時僕は言ってしまったんだ。『涼宮さんに全部ぶつけたい』って。次に何が起こったと思う?」
佐々木はまた少しことばを区切る。
「突然九曜さんに手を握られたんだ。彼女が何かよく解らないことばを口の中で歌うように呟いているのと片腕を高々と掲げていたことだけは解った。その刹那、身体がくるくると回りこれまで体験したこともないような不思議な感覚を感じた。世界が真っ白なんだ。気づけばそこは光陽園の正門前でね。九曜さんは僕を置いてそのまま中にすたすたと入って行ってしまった」
まさか。
「その顔は合点がいったという顔だね。九曜さんは涼宮ハルヒさんを見つけ出し強引に腕を引っ張って連れて来てしまった。それが僕の隣りにいる涼宮さんさ」
そしてもう一つの〝まさか〟も襲ってきた。九曜がよりにもよって俺と谷口を間違えたと聞いたときはとんだ出来損ないだとタカをくくったもんさ。デッドコピーだと。涼宮ハルヒを観察するのに北高じゃなく光陽園を選んでしまうところにもなんらの合理性も感じなかった。だが光陽園にハルヒが在籍しているのを知っているならその選択に理由があったことになる。九曜が北高じゃなく光陽園の制服を着て潜り込んだその意味はこれなのか?
もっとも俺と谷口を間違えたのがガチなら、涼宮ハルヒ違いで、間違った方を連れてきた可能性はなお残るが。
「もうあたしが喋ってもいいのよね?」光陽園のハルヒが佐々木に訊いた。
「うん、少し長く話しすぎた、少し代わろう」
「まだ話すことあるの? まあいいわ。あたしはねジョン、あんたがわざわざあたしを北高なんてところまで山登りさせた挙げ句蒸発したせいでずっとイライラしていたの。散々人の好奇心を煽っておいていなくなるんだからね。そんなある日の放課後くーちゃんが来たわけ」
「なんで九曜がそんな名前になってるんだ?」
「そんなのどうでもいいじゃない。あんたがジョンになっているのよりははるかに説得力があるわ。見た瞬間思った。このコはあたしと同じ制服着てるけど、こんなコはあたしの学校にはいないって。存在しないはずの生徒。すっごく面白いシチュエーションじゃない? あんたに置いてけぼり食った後は毎日が嫌になるくらい退屈だった。けどくーちゃんが突然現れてあたしを引っ張ってる」
「そいつが危ない奴だとは思わなかったのか?」
「ぜんぜんっ。いよいよあたしにも何かが始まったんだ、って思った」
そのハルヒの顔はSOS団結成を決めた北高のハルヒの顔のようだった。
「校門のところまで引っ張られたところで手を離された。そこには馴染みのない制服を着た髪の短い女子生徒がいた。なぜかあたしの顔を見てひどく狼狽したような顔をしてた。あたしは誰だか知らないけど相手は間違いなくあたしを知ってるって思ったわ。それがこの佐々木よ」
「うん、本当に驚いた。なんでこんなところに涼宮さんがいるのかって。他人のそら似かとね。だけど九曜さんは躊躇なく『涼宮ハルヒ』と言い切った。間違いなくこちらも本物だと思った。僕は自分が狼狽している顔など想像したくもないが無理からぬところだよ」
ここで佐々木はくっくっくっくっ、と笑い出し、
「その後僕とこの涼宮さんと九曜さんの三人で涼宮さんがジョンと一緒に行ったという喫茶店に場所を移し、僕はこの涼宮さんに延々と尋問を受け、『涼宮さんにぶつけたいこと』を自白させられた。あれは今思うと面白かったな」
「なにバカなこと言ってんのよ。そんなんだから僕っ娘は危ないって言われるのよ」
「違う違う。面白かったのは僕が怒られたことなんだ」
「怒って当たり前でしょ」
「何に怒ったんだ?」俺が割り込んで訊いていた。
「北高の方の涼宮さんの秘密をSOS団員でもない僕が知っていて張本人である北高の涼宮さん本人が知らないことさ」
「当たり前でしょ。それってみんなで寄ってたかってあたしを除け者にしてるってことでしょ。北高の涼宮ハルヒがあまりにも気の毒だわ。何も知らないで一人楽しそうにしているあたしってなんなの⁉ 関係者全員『泣いた赤鬼』の読書感想文を提出すべきだわ!」
「正直敵わないと思った。本来ならここで退散さ。だけど涼宮さんは僕を逃がさなかった。掴まえてくれた。それがね、なんだか嬉しかったんだ。つまりこういうことさ、偽SOS団結成の理由は」
今度は光陽園のハルヒが代わった。
「偽SOS団の目的は、北高の涼宮ハルヒに真実を告げること!」
んだってっ⁉
「ちょっと待て」
「なに?」
「長門、お前からもなにか言ってやってくれ」
「情報統合思念体の意識の大部分は、涼宮ハルヒが自分の存在価値と能力を自覚してしまうと予測できない危険を生む可能性があると認識している」
「じゃあ小部分はそうは認識していないってわけね。そっちの世界の長門さん、大部分の意見が常に正しいと思ってる? あたしさ、いつの頃からか忘れたけど、いつのまにかだけど……。できるだけ人とは違う道を歩くことにしてきたの。あ、この道って普通の道路のことじゃなくて、方向性とか指向性とかの道ね。生きる道みたいな。だから、みんなが選びそうな道はあらかじめ避けて、いつも別のほうに行こうとしてたわけ。だってさ、みんなと同じ方に行ったって大概面白くないことばかりだったのよ。どうしてこんな面白くないことを選びたがるのかあたしには解らなかった。それで気づいたの。なら、最初から大勢とは違う方を選べば、ひょっとしたら面白いことが待っているんじゃないかって。だからあなたは小部分の方を選びなさい」
この言い草は間違いなくハルヒのそれだ。
「……」
長門が沈黙してしまった。
「ちょっといいか? どうしても言っておかなければいけない話がある」
「それは?」
「佐々木、すまん。実は俺もお前の名前を忘れていて、今この時点でも思い出せていないんだ。俺も今、名前を教えてもらってもいいか?」
あははははははははははははははははははははははははははははははっっ
唐突に佐々木が笑い出した。今まで聞いたこともない笑い方で笑い出した。
あはははははははははははっ
「どこまで笑い上戸なのよ」光陽園のハルヒが呆れたという言い方をした。
「ごめん、涼宮さん。なるほどその可能性は考えていなかった。僕の名前は——」
「待って」
突然割り込みを掛けてきたのは長門だった。
「涼宮ハルヒは必要最小限の情報操作でごく微少の改変をしたものと思われる。その状況を当事者間の情報伝達で消滅させた場合さらに重大な事案の発生が予想される」
「うん、確かに論理的な考察だ」と佐々木が反応し、
「なんだかあたしには涼宮ハルヒがいじましくなってくるわよ」とハルヒがハルヒに同情していた。
解ってるさ。今現在も閉鎖空間がどんどん拡大している危険な状況なんだ。ハルヒが必要最小限で済ませてくれているものを俺たちが壊してどうする。
「キョン、すまないが僕の名前は中学時代の卒業アルバムの発見を待って確かめてくれ。どうもそれが最善のようだ」
「そうだな」
「でもさ、これどうやって解決すんのよ?」光陽園のハルヒが口を開いた。
「ストレスをハルヒから取り除けばいい」俺が即答した。
「じゃあジョン、北高の涼宮ハルヒに告白するの?」
なんだそりゃ。
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