第27話【二人】

 午後九時三十分。定刻。駅前の公園。長門と二人、ここにいる。そこにもう二人やって来た。暗くて顔がよく解らなかったが、

「合わせてもらって済まない。予備校の授業が終わってからだとどうしてもこの時間になるのでね」と二人の一方が言った。

 女子の声。俺は特段驚くことはなかった。なんとなくそんな気はしていたさ、たぶん今回、一連の出来事の発端。


「佐々木」

 佐々木。お前は間違いなく俺の親友だ。十年後に顔を合わせても「やぁキョン」などの手軽な挨拶から話しを切り出せるくらいの。だがこの体たらくはなんだ?

「ジョン、こんばんわ。へえ、そっちは長門さん? なんか少し雰囲気違うわよね。眼鏡のせいだけじゃないみたい」

 こちらは意外だった。この組み合わせで来るとは。そして残念ながら髪型はポニテにはしてくれていない。俺にローキックを見舞ってくれた、光陽園のハルヒ。


 唐突に思い出す。

 髪の長いハルヒ。俺をジョンと呼び、北高まで乗り込んできた神様でも何でもない一般人のハルヒ。俺の語ったSOS団物語に目を輝かせて聞き入り、『面白そう』と笑ったあいつ。いま目の前に立っている。

 そして——入部届を押しつけて自室に招いたあげく、嘘っぱちな俺との記憶を述べた眼鏡の長門。ぜひもう一度見たいと思わせる薄明のような微笑み。

 あの長門もいるんだ。ここじゃないどこかの世界に今もいる。


 あいつらとはもう会えなくなると思った。正直、心残りが皆無なわけじゃないとも思った。そして——連中はもともと偽りの存在だったのだ——と思ってしまった。

 いいや、それは間違いだった。偽りなんかじゃなかった。あの時さよならを言いそびれたのは残念だったと思った、けどコンニチハを言う機会ができていた。


 なにより、信じがたい光景が目の前に現出していた。俺は俺の思いついた通りの光景が目の前にあることに恐懼する。

 ハルヒと佐々木。この二人が真面目に手を組めば、本当に宇宙を支配できるのではないか——

 でも、一方でこうも思っていた。そんな事態は永遠に来ないだろう、と。きっとハルヒが望まない。そして佐々木は一笑に付して説教を開始する。

 そんな彼女たちの表情を、俺はまざまざと幻視することができた……はずだった。

 それなのにこのイレギュラーな事態が起こってしまったのは去年の十二月二十一日に会ったハルヒのせいだ。

 一般人のハルヒと佐々木、この組み合わせで宇宙など支配できるのか? 無理に決まってる。だけど本当に無理なのか? バカげた空想だがそんな発想が溶け出したメタンハイドレートのように胸の内に涌いて出ていた。


「始める」

 長門が言うや周囲の空間が幾何学模様化した。準備は整った。

「ジョンの言ったとおりね。この長門さんは本当に宇宙人なんだ」光陽園のハルヒが口を開いた。

 長門はなにも言わず、光陽園のハルヒをじっと見つめている。

「北高の涼宮さんの閉鎖空間がどこまでも拡大し続けているそうだね。一通り橘さんから聞いて事情は理解しているつもりだ」佐々木がまず口火を切った。

「とは言え事があまりに大きすぎてあっけにとられるばかりだ。取り敢えず一つずつ順に議題を消化していこう」

「解った」

「まず卑近な話からで申し訳ない。キョン、実にみっともないことだが僕は宗旨替えすることに決めた。橘京子さんはもちろんだが、今の僕は九曜さんや藤原くんとも接点を持っている」

「なぜ?」

 そう、佐々木は橘京子や藤原の誘惑に拐かされることのない、ちゃんと足を地球につけた常識人だったはずなんだ。俺の知る佐々木はそう簡単に甘言によって籠絡される素直な地球人じゃなかったはずだ。俺以上にへそ曲がりで、ハルヒを越える常識論の信者だったはずなのだ。

「まずはみっともない自分語りよりも肝心な話、朝比奈さんのことから始めようか」

 そう言って佐々木は携帯型音楽プレーヤーを俺に渡した。俺がそれを受け取ると、

「イヤフォンの片方を長門さんに渡して」と言う。

 言われたとおり一方を長門に渡す。正直こういう聴き方をすると顔が近くなるのだが。

 長門が俺をじっと見ている。まあ言われたとおりにしよう。

 俺と長門が受け取ったイヤフォンをそれぞれ一つずつ付ける。

「再生してみてくれないか」と早速聴くように促される。


 再生、開始。

〝こんにちはキョンくん。あっ、もしかして古泉くんや長門さんの可能性もあるのかな。朝比奈みくるです。あたしとんでもない、取り返しのつかない失敗をしてしまったんです。禁則事項を破ったことになってしまったかもしれないんです。もちろんそんなつもりも自覚も無かったんですけど禁則に触れてしまったんです。あの、それはつまり言っちゃいけないようなことを示唆してしまってっていうのかな。上の人に指摘されて、もう致命的かもしれなくて怖くなって逃げ出してしまったんです。当てなんてありません。そしたら涼宮さんが突然現れて、本当にびっくりしました。だってあの涼宮さんじゃない涼宮さんなんですから。でも彼女はやっぱり涼宮さんであたしをこっちに隠してくれたんです。最初はただの時間移動かなって思ってこれじゃあ捕まってしまうかなって思っていたら誰も捕まえに来ないんです。それで不思議に思って九曜さんって人に訊いたら『ここは外部とは通常の手段では行き来できない』って言うんです。ここはたぶん九曜さんじゃないと入り込めない世界です。だけどあたしの知ってる人が誰もいなくて本当にどうしようって思って、それで助けて欲しくてこんなことを録音しています〟

 ここで朝比奈さんが深呼吸する音が聞こえた。

〝でも普段から禁則、禁則言ってなにも教えないのにこんな時だけ助けてくれじゃあまりにも虫が良すぎます。だからあたしがこういうことになった原因を今から話します。つまり禁則をやぶりまーす〟


 なんだって⁉


〝規定事項では涼宮さんの進学先はKS学院大学なんです〟


 もう一回、なんだって⁉


〝この世界の常識ではあり得ないって解ってます。偏差値という数字が判断の基準になるって。偏差値という数字は学校によってだいたい決まっていて、その数字と自分の持ち数字がほぼ同数になるようにして進学先を決める。数字は大きい方が良くて、大きい方から順に埋まっていくってことも解ってます。だけど涼宮さんの場合変なことになるんです。持ち数字が大きいのに小さい数字の進学先を選ぶことになってしまうんです。だから涼宮さんの進学先がKS学院大学ということが解ってしまうとこの世界の常識の圧力で進学先が変わってしまう。けどそれだと規定事項に反してしまうんです。だから現時点で涼宮さんの進学先がKS学院大学であることは知られてはならない禁則事項なんです。だけどあたしの不用意な言動から涼宮さんの進学先が変わってしまったんです。これ以上のズレは致命的で、再修正しないともうこの先の予測がつかないんです。それであたしは事情聴取されることになってしまって、期日指定で未来への帰還命令が出たんですけどあたしには解るんです。戻ったらもう二度とみんなに会えなくなってしまうって〟


 藤原絡みだと思い込んでいた予測は外れた。藤原なんかじゃなかった。最初から〝進路〟の問題だったのだ。


 四月中旬、俺は閉鎖空間のかの神人が藤原らを粉砕したその直後辺り——俺は一瞬だがそこにいたはずだ。芝生、時計台、現代風の校舎、あか抜けた若い男女。そしてハルヒのようでハルヒじゃない、でもやっぱりハルヒ。確かに会った。そしてそこに別の俺もいたような気がするんだ。

 あそこはKS学院大、あれは規定事項だったのか?


〝それでいま、あたしは髪の長い涼宮さんに匿われています。でもあたしがキョンくん達と普段いる世界と全く同じ不思議なところですけど。ここはあたしの未来から人が来られない世界みたいで安全に暮らしています。信じてくれるかどうか解らないけど……。この音声はこっちにいる髪の長い涼宮さんと協力するかどうかの判断の材料にするみたい。だけど……あたしは人質なんかじゃありません。どうするかはキョンくん達が決めてください。あの、これで終わりです。朝比奈みくるでした〟


 古泉たちの『機関』が何もしなければこういうことは起こらなかったのだろうか? どうしても思ってしまう。だが古泉のせいにしたってしょうがない。それに、こうも思う。未来人の規定事項で進学先が決められるだって? んなバカな、と。

 『偏差値』には正直好感情を抱けないが、やはり大学の持ち数字と自分の持ち数字を合わせるべきなんだ。俺は谷口が相手だがきっぱりとその点明言している。『そんなバカなこと俺が許さん』と。


 どうやらここで終わりのようだった。イヤフォンを外す。長門も。

「聴き終わったかい?」佐々木が尋ねてきた。

「ああ」

「さてキョン、どう思った? 信じるか信じないか?」

「信じるさ。脅迫されて言わされているとも思えないしな」

 なによりこれを佐々木から聴かされたというのが大きい。これだけで信用できる。

 だがな——

「〝学業に専念したい〟んじゃなかったのか? それをなぜ今さら藤原や九曜なんだ?」

「うん、正直言って戸惑うばかりだね。もちろん今の僕の心にね。元々僕は自分自身にあまり興味がないし、もともと大抵の欲望が希薄なタチだし、御輿に乗ったり担ぎ上げられたりなんてごめんこうむりたい」

「じゃあ——」

「御輿じゃないんだ」

「え?」

「御輿じゃない」

「ちょっと待て。そこいるハルヒや橘京子はともかく、藤原と九曜まで仲間に引き入れてなにをするつもりだ? そいつらはハルヒを殺そうとした野郎どもで——」

 佐々木は俺に向かって言っていた。

「実に君らしい正義感の発露だが、今は僕が話しているんだ。説得はもう少し我慢して僕の話しを聴いてくれないか? ただ安心はして欲しい。別に北高の方の涼宮さんに取って代わりたいだとか、そういう意志は無い。人間は不完全で神になどなれない」

「……」

「ありがとう。沈黙をもって応えてくれて」


「——僕は敢えて口にする。偽SOS団の結成を宣言したい」

 俺は辛うじて何かを言おうとする衝動を抑え込んでいる。言いたいことは山ほどあるさ。だけど今は佐々木の話を聴かねばならん。

「結成の理由は複数ある。ひとつは僕が〝学業に専念したい〟などと公言したことだ。六月上旬、僕の通う予備校の模試に涼宮さんも受けに来た。偶然見つけてしまったんだ」

 あれ、受けてたのか……

「僕は自分でも自己嫌悪してしまう行動をとっていた。試験会場では机の上に[試験番号]が貼ってあるんだ。何食わぬ顔で涼宮さんの席の横を通り彼女の番号を記憶した。なんのためかと言えば結果が出たときの彼女の順位と偏差値を知るためさ。前にも話したから覚えているかもしれないが僕と涼宮さんとは小学校が同じでね。ずっと違うクラスだったが、そんな僕からも彼女の姿はいつも際だっているように見えた。まるで太陽のような人だったな。違うクラスにいてもその光を感じることができるくらいのね。同じクラスになれたらいいなと思っていたよ。そうはならなかったけどね。だから、中学が別だと知ったときは複雑な感じだった。寂しいような、安堵するような——。そうだね、太陽を直視し続けていたら目を痛める。でも太陽がなければ僕たちは光と温度を失う…………とでも言えばいいのかな。解るだろ? キョン。その後僕は家庭の事情で小学校卒業と同時に名字が変わった。だから涼宮さんは駅で佐々木と聞いてもピンとこなかっただろう。僕の容姿もけっこう変わっていたしね。涼宮さんに憧れて長く伸ばしていた髪を切ったりさ。でも、よかったよ。試験会場で僕は涼宮さんに気づかれなかった。気づかれれば僕は気後れしただけだったろうからね。だから内緒にしておいてくれよ。この告白も実は相当恥ずかしいんだ」

「あんたの隣りにいるのも〝涼宮ハルヒ〟だけどね」と光陽園のハルヒ。

 佐々木はくっくっくっと笑い出し、

「ごめんごめん涼宮さん、でも本当にみっともない話はこれからなんだ」と弁明した。

「その模試の結果が出て僕は驚いた。涼宮さんの成績が良すぎることに。キョン、キミは着々と愉快な人脈を構築してそこに喜びを見出している。そしてそれはSOS団団長の涼宮ハルヒさんも同じなんだ。そんなことを僕が知っていたのが不幸だった。『彼女は学業に専念していない。僕はしている』、なのに結果がほぼ同じなんだ。なんとも言えない感情が流れ込んできたよ。でも考えてみればあり得ない話じゃない。硬式野球部に三年間所属していて最高学府受験で最高の結果を出す人間はいるんだ。僕はそういう例を頭の中に思い浮かべ感情を制御しようと試みた」

 佐々木は話を区切った。

「——だけど無理だった。これでも僕は気の長い方で、二年に一度くらいしか怒ることはないが、そうなったらちょっと自分でも怖いくらいになるんだよ。ちょうど最後に憤激を覚えたのが二年ほど前だった。今はもうその記録の更新は途絶え、もうリセットされている。なぜそうなったかと言えばもう一つの理由があるからなんだ」


 佐々木が突然俺に頭を下げた。


「どうしたんだよ?」さすがに声が出てしまう。

「キョン、ごめん。申し訳ないがキミの名前、下の名前を失念してしまった。親友などと言っておいてこの体たらくだ」

 へ?

「この際だからキミの名前を訊いておきたいのだが」


 俺は佐々木に俺の名前を告げ、ついでに漢字でどう書くのかも告げた。

「ああそうだ、そうだった。どことなく高貴で壮大なイメージを思わせるなんて自分で言っておいてこの体たらくだ。本当はキミの口から教えて貰わなくても中学の卒業アルバムを見れば解るはずなんだ。だが僕の家から卒業アルバムが消えていた。普通はこんな不思議なことはあり得ない。だけど現実に起こっていた。しかもよりによって忘れたのはキョン、キミだけなんだ。他のクラスメートに関してはどういう字を当てるのか、漢字はあやふやだったが少なくとも名前は覚えていた。原因はすぐに想像がついたよ。涼宮ハルヒさんに違いないって。彼女が不可思議な力を行使したんだと。やりたいことを奔放にやっている上に僕から記憶まで奪うのかと、心底腹が立ったよ」


 どうする? 言うか言わないか。それに佐々木の名前を訊くなら今がその機会じゃないのか? が、そうこう考えているうちに佐々木が次のことばを喋り始めていた。


「長門さん、だったかな。僕の勘は当たっているかな」

 長門は俺の顔を見た。俺は肯く。それを確認し始めて、

「そう」と長門は答えた、

「やはりね。とは言え涼宮さんにとっては無意識の行為だ。彼女だけは自分の力について未だ自覚が無い。それに僕はタクシーに乗って北高前まで行ったのに肝心なところで部外者にされてしまったが、ある意味それは涼宮さん——あ、もちろん北高の方だが、彼女もまた僕と同じような立場なんだ。肝心なところで蚊帳の外に置かれている。こんな状態で正直この腹立ちを誰にどう、ぶつければいいのかと思ったよ。定番の方法は心易い人に話を聞いてもらうことだ。だがあまりに特殊な案件過ぎて普通の人にそれをしたら頭のおかしな人にされる。話をできる相手は限定されてしまう。さて、キョン、未来人、宇宙人、超能力者の中で誰に相談すべきだろうか?」

「その台詞は……」

「察しがいいね。実は藤原くんがキミにした質問のうちいくつかは僕が考えたものなんだ。別に深い意味は無い。一時間ほど話して来てくれないかと依頼したら、『とてもそんな間会話を持たせることはできない』、と言われてしまったのでね。そう提案したんだ」

「どういう答えになったんだ?」

「まず一番相談する気にならなかったのは未来人だ」

「藤原だからな」

「そうじゃない。未来人は僕らにとっては嘘つきになるのは必然なんだ。未来人の目的は彼らから見ての過去人によって未来を自由に変えられないようにすることだ。未来を変えようとしていた藤原くんもその点例外にはならない。キョン、キミは彼らの言う『時間平面理論』をどう思った? 僕はその理論については理解不能だが、これだけは言える。『時間平面理論』には嘘が混じり込んでいる」

「嘘?」

「そう。嘘さ。だから未来人は僕らが物事を相談する相手としては相応しくない」

「しかしさっき俺が聞いた朝比奈さんのメッセージは……」

「彼女のメッセージについては彼女が言ったとおりに伝えたという意味しかない。彼女の言う規定事項を信じるか信じないかはキョン、キミ次第さ」

「待ってくれ。どういう理屈なんだ。確か時間は連続していなくてパラパラマンガみたいなものとか言ってたよな。未来から来て歴史を変えようとしてもその中の一枚に落書きをするようなものでパラパラマンガのストーリーに影響は及ぼさない。だから歴史の改変は出来ない、とかいう」

「それが本当なら未来人が過去に干渉しに来るはずがないからさ。未来人が過去に干渉しなければ必然的に『分岐』も無くなる」

 ……

「キョン、ここが重要なところだが、未来人自らが『未来は分岐することがある』と言った以上はパラパラマンガ理論はおかしいんだ。僕の勘だが彼らの言う『規定事項』に僕らを縛るために生み出した虚偽情報じゃないだろうか。あれは『未来は変わらないんだよ』というメッセージになっている。もっと言うなら『きていじこう』は漢字で書いて規則の『規』なのか、あるいは既にという意味での『既』なのか、どちらだろう。僕らは彼らが『きていじこう』と口にするとき、『規定事項』なのか『既定事項』なのか解らなくなってはいないか? ひょっとして規定に過ぎないものを既定だと勘違いさせられているのかもしれない」


「じゃあ、宇宙人と超能力者を比べるとどうなる?」

 少なくとも橘京子と九曜ではまだ橘京子の方が信用できるはずだ。

「超能力者はいささか功利的だ。そしてここが重要なところだが彼らの功利は僕の功利ではない。つまり、信用するにはイマイチといったところだ」

「なんでそうなる? すると一番信用できるのは宇宙人ということになって、九曜になってしまう」

「キョン。そう急かないで話を聞いて欲しい。そもそも他人の閉鎖空間に入り込む超能力者達はなにを目的として組織など造っているのだろう?」

「解らん」

「キョン、キミは涼宮さんのように、おっと、この涼宮さんは光陽園の涼宮さんの方だが一緒に考えてはくれないのかい?」

 言葉もないが、俺には思いつかん。

「すまん」

「ダメねえジョンは」

 五月蠅い。

「しょうがない。僕の考えを言おう。これは僕の体験則に基づいているが、橘京子さんは僕の閉鎖空間に侵入した。キョン、キミも見ただろ?」

「ああ」

「僕の立場に立って考えてみてくれ。僕はどんな気分だっただろう?」

「それは……あまり面白くはなかっただろうな」

「その通り。内心をのぞき見られたみたいでいい気分はしない。その割に落ち着いていられるのは自分でその光景を見ていないからさ。だが『気分が悪い』だけではあまりにも感想がパーソナルに過ぎる。そこで僕はこの超能力は閉鎖空間という空間を通して人間の本性を視覚化して見ることのできる能力だと考えた。この能力、ずいぶんと便利だとは思わないか? 危険な人間、そうでない人間を予め峻別できる。例えば治安関係の仕事に使うのならずいぶんと役立ちそうな能力だ。そして残念ながら人の内心をのぞき見るような人間たちの信用はイマイチになるほかない」

 確かに、理屈は通る。しかし九曜は……

「九曜はハルヒを殺そうとした奴で、雪山の館に俺たちを閉じ込めた一味の関係者かもしれないんだぞ」

「僕は九曜さんの話はしない。宇宙人の話をするんだ。だが敢えて九曜さんの話をするなら、彼女は変わりつつある。今こうしている間も。彼女は操り人形なんかにはならない。そこにいる長門さん同様にね」

「……」

「情報統合思念体にしろ天蓋領域という存在にしろ僕は彼らのことをなんとなく信頼できるんだ」

「ちょっと待て! あいつらは非常に高度な存在で一般人にはなにがなんだか解らん圧倒的な超越的な叡智と蓄積された知識を持っていて俺たちには理解不能——」

「いや、理解できるんだ」

「どうして?」

「長門さん、情報統合思念体が北高の涼宮ハルヒさんに近づいている動機はなにかな?」

「自律進化の閉塞状態を打開する可能性を見出したから」長門がそう応ずるや、

「だろう? キョン」

「なにが〝だろう〟なのか解らなかったが」

「要するに進歩したい。進化したい。圧倒的になってなお求めて止まない向上心。これなら理解できるだろう? 僕も、そうありたいと願うからさ」

 なんと言えばいい? しかし思いつかん。

「未来人は僕らをコントロールしようというコントロール癖がある。閉鎖空間侵入能力を持つ超能力者には『諜報機関』の匂いがする。彼らが自らの組織を『機関』と呼称しているのは偶然ではない意味を感じるね。どうにもこうにも肌が合わないんだ。だけど宇宙人は、三者の中では宇宙人だけが『もっと良くありたい』と考えていて僕と波長が合うんだよ」


 そうであっても思うのだ。なんで九曜なんかに——、と。

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