第26話【前進】
「物事が煮詰まって来た場合、取り敢えず、手を付けられるところから始める、という方法があります」古泉が口を開いた。
「なにか打開策があるのか?」
「『機関』の内偵によれば朝比奈さんが未来人一派から追われているのは事実です。もっとも僕が〝内偵〟と言うくらいですから、表だって嗅ぎ回ってはいません。あくまで密かに、です。表向き未来人一派とは友好関係を装っていますから」
「なにが言いたい?」
「現状では僕らが朝比奈さんを匿うことは不可能だということです」
「じゃあなにか? 今のまま天蓋領域の雪山の館みたいな所に朝比奈さんを置いておけってのか?」
「そうですが」
「なんだそりゃ」
「いったい僕がこの真夜中にこの会談をなんのために設定したというのでしょう? 眠い中叩き起こされてやったことがお喋りだけでは腹が立ちませんか?」
「そりゃあ立つ」
「ではなぜここに橘京子さんがいるのか? もうお解りでしょう?」
「まさか」
「ええ、その通りですよ。僭越ながら言わせてもらいますと、この際我々は手を組むべきじゃないでしょうか。拡大し続ける閉鎖空間にもう我々だけではお手上げ状態です。現状、事態を打開する名案があるわけじゃありませんが協力者は多いに越したことはありません。橘京子さんはそのための言わば交渉の窓口なんです。これは朝比奈さんのためでもあるんです」
「未来人達の手からは護れても、九曜と比べてどっちが安全かなんて知れたもんじゃないぜ」
「僕は信じてもいいんじゃないかと考えています。お忘れですか? この状況には涼宮さんの意志が働いています。もちろん我が愛すべきSOS団団長の涼宮さんではありませんが、あの髪の長い涼宮さんも涼宮さんであることには間違いありません。それでも疑い続けますか?」
「——」
橘京子は古泉の敵、藤原は朝比奈さんの敵、九曜は長門の敵、などと思っていたのがついこの間、有為転変とはこのことだ。
「長門、どう思う?」
「接触しなければ朝比奈みくるの現況は掴めない」
「う〜」
「決めるのはあなた」
「解った!」
俺は橘京子に正対する。
「え〜と、そのなんだ——」
なんて呼べばいいんだよ。
「橘……さん」
「あっ、ハイ」
「そっちのリーダーと話がしたい。話をつけてくれるか?」
「解りました。ようやくこれで肩の荷が下ります」
橘京子は心底ほっとしたような顔をしていた。
長門が気を利かせてくれたせいだろう。長々と立ち話をしていたつもりが部屋に戻ると僅か五分しか経過していないことになっていた。俺はすぐにベッドに倒れ込む。
♢
朝、目覚まし時計の代わりになったのはシャミセンを連れに来る妹ではなくスマホの着信音だった。
『おはようございます』と古泉の声。
「うん?」
『会談のセッティングを済ませました。ただ、申し訳ないんですが今日も〝夜〟ということでご容赦を』
「また真夜中じゃないだろうな」
『もう少し時間は早くなります。夜九時半、場所は駅前の公園です』
「夜間外出か、難しいな。なんとかならなかったのか?」
『SOS団の活動、つまり涼宮さんのことですが、我々が涼宮さんを放っておいていいのでしょうか? 何かやろうとするとどうしても部活動の時間帯を外した時間に設定する必要があるんです』
「まあ、そうだな。解った」
『それからですね、代表者同士が話し合うという型式ではなくて双方あと一人出すことになりました。先方たっての希望で。つまり二対二での話し合いですね』
「そんなんだったら全員集合でいいじゃねえか」
『まさか我らが涼宮さんも一緒に参加するんですか?』
「まぁ出すわけにもいかないんだろうな……」
『それはそうです』
「しっかしなんでまたそんな面倒なことになってるんだ?」
『なんというか、証人みたいなものだそうです。確かに話というものは複数で応対しないと言った言わないになるのはよくある話ですからね』
用心深いことだ。
「するってえとなんだ、SOS団からは誰を出すんだ?」
『面白いことをしているようですが、僕はまたハズレクジですか?』
「出たいんだな?」
『と言いたいところですが、二人出すとしたらあなたと長門さんが適任でしょう』
「平団員が汗かいてSOS団副団長職にある者がなにもしないのか?」
『あなたは涼宮さんに選ばれた人です。残念ながら僕は選ばれていません』
「……だとしても交渉事なら口の上手い奴が前に出るべきじゃないのか? こう言っちゃなんだが長門に喋らせるつもりか?」
『なんでもそつなく、いや、それ以上にこなしてしまうのが長門さんですから。それにですね、会談場所を造ってもらうという仕事は長門さんにしかできません。先ほどあなたは夜間外出の時間が長くなると困るという趣旨のことを口にしていましたが、長門さんなら時間の長さを調節できますからね。ちょっとコンビニにでも出かけて戻ってきたというシチュエーションも簡単に演出できます』
「そうだな……」
『それともう一つ。相手側に九曜が出てきた場合、僕では太刀打ちできません』
「だったら長門には後ろからこっそりと着いて来てもらってだな……」
『止めた方が無難でしょう。その手の工作を見破るような能力の持ち主が相手方にいるんですから。少なくとも背信行為は避けるべきです』
「しょうがない」
『ではよろしくお願いします』
そこで通話は切れた。
これは朝比奈さんのためだ。
しかし朝比奈さんをこっちに奪還しようとしても未来人達のおかげでこっちの世界の方が危険になっている。なら二度と再び朝比奈さんの姿をこちらの世界で見ることはできない……
俺とハルヒがいる限り、SOS団に絡んでいる人間がどこにも行くことは許さん。増えるのはいい。だが減るのはダメだ。現状を維持し維持し抜く。それが目下のところのSOS団の最重要団則その一であるのは、明文化していないとは言え、誰もが持ってる共通認識のはずだ。
朝比奈さんがここへ戻れなくて、それでSOS団と言えるのか!
♢
ただ今俺は登校中でいつもの坂道をえっちらおっちらと上っている。湿度は高く全速力で歩いているわけでもないのに既に汗だく。空はどんよりと曇っている典型的梅雨空。眼前には俺と同じく登校中の北高生多数。
いつもの毎日の光景。しかしその裏ではたった今もハルヒの閉鎖空間が拡大中、ある日突然この世界が閉鎖空間の世界に取って代わられ消滅するかもしれない。
平和というものが壊れるときは乱世になるというのが定番だが平和からいきなり滅亡になってしまいそうだ。
五組の教室に入ると既にハルヒは席に着いていて、俺を見つけるや席を立ちつかつかと歩み寄ってきた。
「みくるちゃん、今日もいないのよ」開口一番こう言った。
「あたし、登校前にみくるちゃんの家に行ったのよ」
そう言えばハルヒは確か、タクシーで朝比奈さんを強引に連れ出したことがあったな、映画撮影の時。
「そしたらさ、朝っぱらから家全体がもぬけの殻、留守なのよ。前にもこういうのあったでしょ? 朝倉涼子が或る朝突然消えてカナダに転校してたっての。なんかあれとそっくりなのよ。この学校ってどうなってんの? 生徒が二人も蒸発するように消えてんのよ」
「それは解ってる」
「解ってるならなんとかしなさいよ! 超能力捜査しなさいよ!」
ザーッっと血が引いた。クラス連中の視線が一気にこちらに集中した。
俺は反射的にハルヒの腕を掴み廊下へと引っ張った。反射的だ。俺にしてはあり得ない大それた行動。入り口近くにいたのも幸いしあっという間にハルヒを廊下へ引っ張り出してしまった。
「ちょっと、キョン、自分が何したか解ってる?」
「それはこっちの台詞だ。人のいるところで〝超能力〟とか言うんじゃない」
その台詞はハルヒにとって異常な効果性を持っていたようだった。むろん俺は計算などしていない。ハルヒは口を半開きにしていた。
「そうか……知られちゃまずいのよね、——ごめんなさい。気をつけるから」
俺は〝ただの人〟の時、こんなことを言われたことがない。〝未来人兼超能力者〟になって俺の地位も雑用係から昇格したのだろうか。
「いや、いいんだ。解ってくれれば」
この際なにを解ったのかは考えたくない。
「でも、キョン、みくるちゃんのために超能力捜査はしてくれるのよね?」ハルヒが声を潜めて訊いてきた。
なんと言ったらいい?
「俺はその……未来人の超能力者だから、使える能力は未来とか時間とかそういう系に限られるんだ。残念ながら透視系の能力は持ち合わせてないんだ。だから捜査とかは……約に立たなくてスマン」
「そうなんだ。ううん、いいのよ。じゃ早く教室に戻りましょ」
ハルヒの腕を掴み強引に廊下へと連れ出したのにこれだけで済んでしまった。
いったいこのやり取りはなんなのだと思う。
俺は超のつくほどのシリアスモードで動いていたはずなのに、なぜ俺は今さっきこんな学園内コメディーをしていたのか? それはハルヒと他のSOS団員の立ち位置が同じでないが故にこうなるのだ。クラス連中に超能力捜査がどうとか聞かれてしまったことを最悪と感じたこの俺が、反射的に言ってしまったひと言がハルヒ的勘違いを生んだらしい。
しかし俺の〝超能力〟に期待されるのは困る。俺の〝超能力〟については範囲を狭めておくに限る。でないとあらゆる事件を超能力で解決するよう要求されてしまうだろう。
ハルヒと一緒に教室に戻ると再び視線のシャワーを感じた。中にはこちらを見つつひそひそ何かを喋っている者もいる。懐かしい雰囲気だな。一年五組のごく初期の頃の感覚が蘇ってきたぜ。
放課後になり、もう期末まであまり日もない状況だが文芸部室SOS団本部ではハルヒが本部長に就任し『みくるちゃん捜索会議』が開かれていた。
超能力捜査については諦めてくれたらしく俺は何も言われなかった。
一応朝比奈さんの居場所を、だいたい程度であるが知っているからどう心がけていても傍目的視点になってしまう。
朝比奈さんの居場所をハルヒに教えてあげて安心させてあげたい。だがそれをできないでいる。一人で空回りしているハルヒがなにやら居たたまれなく思えてならない。それはSOS団という集団の一年以上続いているパターン、宿命である。このことに実は無意識レベルではハルヒは既に気づいており、そのことが閉鎖空間を拡大させ続けている原因になっているのかもしれない。
もはや古泉主催の実物大推理ゲームで収まるレベルではない。
結局、というか当然というか『みくるちゃん捜索会議』で、なんらの収穫など得ることは無かった。
だが朝比奈さんの件については今夜前進するはずなんだ。
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