第24話【哀願】
ハァハァハァハァ、まだ息が切れている。俺の最大限の全速力。それでここまで走ってきた。ハルヒの家の前。
さっきからインターフォンを何回か押している。誰も出ない。このまま押す回数が五回六回と重なっていくと嫌がらせにしかならない。
俺は二階の窓を見上げる。中にハルヒはいるんだろうか。
あの窓から長門や朝比奈さんや古泉を眺め降ろしたっけ。
その辺りに立っていればハルヒが気づいてくれるだろうか。ほとんどやってることがストーカーの行動様式に合致してしまい鬱になる。
こんなことだけはやりたくなかった。しかしできることはこんなことしかなかった。俺はアスファルトの上に土下座した。ハルヒの部屋の窓から見える位置で。下手すりゃ通報されるレベルだ。限界時間を十分に設定した。たかが十分、されど十分。道路の隅に正座するなどいったい全国民の何パーセントにその経験があるんだろうな。そういう意味で十分は無間の長さだ。
ええいっ、たったの六百秒だ。六百数える間だけじゃねえか。
通行人が何人か足早に俺の目の前を過ぎていく。わざわざ道路を横断し俺のすぐ前を通らないように。正直安心する。警察に連行されるわけでもなく、変なのに絡まれるでもないんだからな。俺を避けて歩く人たちは間違いなく善良な一般市民である。
それは意外なほどの短さと言っていい。体感時間四分ほどでハルヒの家の玄関が開いた。出てきたのはハルヒ。家人が出てきて『迷惑だから帰ってください』と言われそうなものだが本人が来てくれた。
「汚いわね。そこ毎朝何匹もの犬の散歩コースになってるのよね」
うわっ、汚ねえっ。
「俺は立っていいか?」
「当たり前でしょ。迷惑だからこっちに来なさい」
そう言ってハルヒは反転し歩き出す。すかさず俺が立ち上がり追いかける。
俺が玄関に入ると、
「そこまで」とハルヒが制止した。そりゃそう来るよな。
「で、何しに来たの? ジョン」
明らかに当てつけだったが何かを言える立場にない。
「できれば……できれば、キョンにして欲しいんだ……」
「そうね。あんたにはキョンが相応しいかもね。で、用事はなに? 早く言いなさい」
「謝りに来たんだ」
「へえ、ゴメンなんて定番の常套句言って謝って済むと思ってるんだ?」
「隠し事をしていて悪かった……」
言おうか言うまいか一瞬迷った。だが俺が引き受けるしかない。
「俺は未来から来た超能力者だ」
俺は長門や朝比奈さんや古泉の立ち位置を引き受けてしまった。
嘘は言ってない。あの七夕の夜、俺は確かに未来人だったし、時間を行き来する技術的裏づけも持ち合わせていないのだからそこは『超能力』で逃げるしかない。
「やっと自分の口で白状したわね」
「黙ってて悪かった」
「いいわ。別に」
「いいのか? 俺はジョン・スミスの件を黙っていたのに」
「確かにねあたしもやりすぎたわ。今思えば赤面ものね。だけどあんたが正体を自分の口で明かしたからにはこれ以上怒るのは変なのよ」
「変?」
「簡単な理屈じゃないの。いいこと、キョン? だるまさんが転んだみたいなものよ。見てないところでは動くけど、さっと振り返った瞬間にピタって止まるでしょ。不思議さんもそんな感じよ。だからって振り返らないでいると通り過ぎちゃうから、その瞬間にとっつかまえるの。タイミングよ、タイミング」
するってえと、俺はタイミング悪く捕まえられたってわけか。
「SOS団の今後はどうなるんだ? まさか本当に——」
ハルヒはほんの僅か視線を宙に漂わせ——しかしきっぱりと言い切った。
「潰せるわけないじゃない」
そして明後日の方向を仰ぎ見ながら、
「さっきは……そう、ちょっと試しただけよ。あんたがどう動くかって」と言い、より早口に続けた。
「だいたい、あんたみたいな未来人の超能力者が遂に正体を明かしたり、あたしのクローン人間が現れたり、そんな時にやめられるわけないでしょ。SOS団はまさにこのために造っておいたって感じね」
いや、別にアイツはクローン人間というわけじゃないが……
「それで、キョン、ちょっと確認したいことがあるんだけど」
「解ることなら」
「あのあたしのクローン人間がおかしなこと言ってたわよね。奇妙な潜在的パワーがあって世界を変えることができるかもしれない能力の持ち主だって。あれ、真っ赤な嘘よね?」
「なんで嘘だと?」
「軽いからよ。なんの悩みもなくてそんなことあっけらかんと言うなんておかしいじゃない? そういう特殊な選ばれた力を持った人間はもっと苦悩するものよ。ぺらぺら秘密を自分で喋ってる時点で眉唾物確定ね。あれは多分なんの能力も持ってない。クローン人間だけが取り柄の紛れもない一般人ね。そうね、本当に能力を持ってる者はあんたみたく能力を隠そうとするのが定番なのよ」
ハルヒが自分の力を信じてなかった! これは良い方向なんじゃなかろうか。
しかし困るのはこの場の返事だ。あのハルヒは真実を知っている。今ここで適当な事を言えば後が苦しくなっていく。だから答えはこうした。
「正直なところ解らないんだ。そんな力を発揮しているところを見たことがないし……」
「ふうん、まあいいわ。それともう一つ訊きたいんだけど」
「答えられることなら」
「あの九曜って光陽園の変わったコ、あれ宇宙人なの?」
どう答えればいい? 二秒ばかり逡巡した後、
「証明しろと言われると方法が無いが、実はそれに近いようなんだ」
って言ってしまった! これはもうハルヒに本当の事をぺらぺら喋っていると言われても弁明のしようがない。嘘がつけなくなっている。
「そう言えばあたしのクローン人間は異世界から来たとか言ってたけどこれもそうなの?」
「クローンかどうかは解らないが、異世界出身というのは間違いない」
「つまりこれで宇宙人、未来人、超能力者、異世界人が揃ったってことね」
九曜が宇宙人担当で、俺が未来人と超能力者を兼務して担当し、光陽園のポニテハルヒが異世界人担当になってしまった。しかしハルヒの顔はご尊顔と言って良いほどに煌々と輝いていた。まるで機嫌がすっかり回復したかのように。しかし忠告しなければならない。
「なあハルヒ」
「なによ」
「喜んでるだろ?」
「当たり前じゃない」
「事はそうじゃない。特殊な力を持った奴がもし敵だったら非常に危ない。命の危険性さえあるんだ」
「あんたがいるじゃない?」
俺が戦うのかよ⁉
「それに朝比奈さんの消息も気になるしな」
「まさかみくるちゃんが……?」
俺はハルヒを止めようとして朝比奈さんの名前をなにげに口にした。深くは考えてない。ちょっとした脅しのつもり。どうせ未来人の組織で藤原に関しての尋問を受けているだけだとタカをくくっていた。だけどやぶ蛇なことを言ってしまったことにすぐに気づいた。
「危ないからって団長がSOS団員を見捨てることができると思ってんの?」
「まずは居場所を突き止めるところから始めないと」と俺は言いハルヒをなだめようとする。
だがハルヒは断言した。
「居場所なんて解りきってるじゃない。クローン帝国よ。どこにあるのか解らないクローン人間達の帝国に監禁されているのよ」
それを聞いて俄に不安になってきた。ハルヒの勘は鋭い。『監禁』ということばで雪山の出来事が突然フラッシュバックしてきた。
またしても周防九曜が俺たちの前に出現し関係者として名乗りを上げている。つまり天蓋領域とやらが噛んでいる。ならばその可能性もあるじゃないか。俺たちは奴らに監禁された。あの雪山の館に。
人間の十人くらいは優に収容できるスペースがあった。しかも一人一部屋だ。朝比奈さんはそこにいるんじゃないか? ひょっとして藤原の奴もそこにいるんじゃなかろうか。
雪山の館ではあの長門が不調に陥った、それくらいだから長門にさえ九曜の居場所が時々探知不能になるんじゃなかろうか。
「いい、キョン。今からSOS団最大のミッション、みくるちゃん救出作戦が始まるのよ。敵は悪い宇宙人と悪い宇宙人に操られた手下のクローン人間だから!」
ハルヒが宣言していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます