第23話【憤怒】

「ジョン・スミス……」

 怨念が籠もった声が聞こえてきた。長門はもうこれ以上ハルヒを制止させてはくれないようだった。

 俺は既にネクタイをつかまれていた。このバカ力女め、息苦しいだろうが。

「これで終わりなんて、そんなことないでしょ?」

「何が終わったんだよ?」

「まだあんたには隠していることがある」

「ねえよ」

「嘘ね。あんたまだなにか知ってるでしょ」

「違うんだ」

「それじゃあ言ってみなさいよ。『俺はジョン・スミスなんかじゃない』って」

 一瞬言おうかと思ってしまった。——ダメだ。嘘がつけない。

「苦しくて喋れない」

「放して欲しかったら言いなさいよ。ま正直にね」

 言えなかった。

「言えと言ってるのに言えないってのは本当なのね?」

「悪かった。実はそうなんだ……」

 うっ。

 しかし正直にものを言ったらさらにネクタイを締め上げる力が増したような。

「あの〝涼宮ハルヒ〟って名乗った女は誰?」

「よく知らん……つまりちょっと顔を知ってるだけなんだ」

「嘘言いなさい。ばかに事情通だったみたいじゃない。あの女とあんたとどういう関係?」

「あいつも〝涼宮ハルヒ〟でお前と同じなんだ」

「同じなわけない。あたしとは全くの別人よ。あんた、あたしのそっくりさんと何してたの?」

「違う。別人かもしれないが同一人物でもあるんだ」

「言い訳ならもう少し意味が通じるように言いなさい」

「あれは異世界人なんだ。パラレルワールドの」

「それだけ? まだ何か言うことあるんじゃないの?」

「無い。無いんだ……」

 ぎりぎりとさらに圧が増していく。苦しい、絞め殺される直前だ。

 もうハルヒの声はかなりの音量となっており、コンピ研の部長以下部員達も何事かと廊下に出てきてこの修羅場の目撃者となっていた。

「涼宮さんっ」古泉が怒鳴った。

「これ以上は、死んでしまうっ」

 そのいささか過剰な物言いでハルヒが怯んでくれたのか、ネクタイを締め上げる圧が急速に下がっていった。


「あんたは最低よ」

 ハルヒの声だった。

「自分がジョン・スミスだってのに、何も知らないあたしを見てずっとニヤニヤしてたなんて」

 怖くてハルヒの顔をまともに見れない。しかし声だけはどこか涙声のようにも聞こえた。しかしハルヒはハルヒだった。泣き出すような真似は決してしなかった。

「なにがSOS団よ。まったくバカみたい。団長に嘘ついて隠し事して騙して。あたしはとんだお笑い物だわ。こんな団、あたしが潰してやるっ!」

 そう怒りを爆発させたハルヒは猛ダッシュで声を掛ける間もなく走り出していた。

「待ってくれ!」俺も走り出そうとしたその瞬間、

「待ってください」という声と共に俺の腕が掴まれていた。

 古泉。

「離せ」

 古泉がそれでも俺をぐいっと引っ張った。顔が近い。

「お前ならこの場は『すぐ追いかけろ』って言うと思ってたがな」

「もちろん追いかけるべきです」

 息がかかってるぞ。

「だけどお願いします。僕の正体と役割のこと。もちろん長門さんと朝比奈さんの分もお願いします」

 抽象的な言い方だった。そうか、ここにはコンピ研の連中もいる。顔が近いのにも意味があるってわけか。

「解ってる」

 俺が実は『ジョン・スミス』だった事実がハルヒに露見した上に、古泉や長門や朝比奈さんまでハルヒに重大な隠し事をしていたことがバレてしまえばこの後何が起こるか。

「これから僕は僕の仕事をしなければ。涼宮さんのことはあなたにお願いします」

 きっと閉鎖空間の『神人』も破壊衝動を爆発させているかもしれん。客観的な状況だけ鑑みれば、みんなでグルになってハルヒをハブってたことになってる。

 古泉は言うべき事は確かに伝えたと思ったのか腕を離した。

 俺は猛ダッシュで廊下を駆け階段を下り降りる。ハルヒの脚の速さは普通じゃない。校門のところまで来てみても、もう豆粒ほどの姿も見えない。

 幸いハルヒの家の場所は知っている。そこに行くしかない。

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