第17話【協定】
日々平穏である。かれこれ二週間近く何も起こっていない。ハルヒ・ダウナーVer.はすっかり影を潜め、すっかり元通りのハルヒに戻っている。ハルヒの機嫌は昨今の湿度計の数字のように鰻登り。ああうっとうしい。
時に朝倉よ、お前はいったい何のために出てきたのだ? 思わせぶりに登場しておきながらあの後はどうした? 『秋に戻りたい』などと言っていたがカナダの夏でも満喫してから五組に戻るつもりなのだろうか。
平穏とは言えなにもかもがこれまで通りというわけじゃない。SOS団はSOS予備校になっていた。SOS団梅雨Ver.である可能性が無いわけじゃないが。
ともかく今の俺だ。俺はもはや今までの俺ではない。中間テストが終わってからも中間テストに取り組んでいたのだ。今までの俺なら中間テストが終わったら中間テストを忘れてたな。
先の中間テスト、ハルヒ指導の下バッテンを食らった問題について解析し、二度と再び間違えることのないよう二人三脚で徹底的に洗ったのだ。なぜ二人三脚かと言えば他の連中は早々にやることが無くなっていたからだ。古泉も長門も朝比奈さんも。まあともかく俺はここまでしつこく勉強したことはない。前進だけしてりゃいいってもんでもないしな。時には迂回戦術だ。
もちろんこうしたメニューは全てSOS団団長涼宮ハルヒの思いつきである。何度も何度も何度も同じ問題に取り組み二週間近くも同じ問題に取り組み俺は自信を深めた。
『まったく同じ問題でテストをしたら学年二十番行くな』という俺の軽口が『あたしがこれだけやってるのにたった二十番?』とハルヒの逆鱗に触れさらにシゴキを受けることになったりもした。
誤解の無いように言っておきたいがそれはそれで良かったのだ。ハルヒの逆鱗と言っても機嫌良く怒っているという風でハルヒ自身も楽しそうだった。
つまりこれは×が多いほど指導されるということであり、SOS団内で最も指導を受ける立場の者はつまり俺だ。それはちょうどSOS団専属の雑用係という俺のポジションとシンクロしハルヒ的になんとなく収まりがいいのだろう。ただ学習効率的にどうか? と問われたら俺は躊躇いなく『?』と言っておこう。なにせこうしてる間にも授業は進むんだからな。人それぞれさ。
ただゲームの相手をハルヒに奪われた古泉はスマイル顔のまま日々手持ちぶさただった。
この間にSOS団が変わったらしいという風聞は生徒会室にまで届いたらしく眼鏡の不良生徒会長がわざわざ書記の喜緑さんを伴い文芸部室まで巡検しにやって来たりした。
「涼宮くん、まさかキミは部活動の時間にまで勉強をしていれば学校側の心証が良くなると勘違いをしているのではないのかね?」などと不良会長は突っかかって来て『文武両道』という四文字熟語をハルヒに突き付け説教をしてたっけ。
まあ確かに部活動の時間まで勉強してたら『ぶんぶん単道』になる。峠道を単車で暴走してるみたいだな。そして暴走はSOS団の代名詞でもある。
俺的には不良会長の横にいた喜緑さんが気になって気になって仕方なかったが、まったく何事もなかった。二週間近く前の朝倉との決闘はどうなったのだろうか。
ハルヒはハルヒで会長来襲を面白がっているらしく不良会長との丁々発止を楽しんでいる風さえあった。
俺はこの会長を見ると複雑な感慨を抱かざるを得ない。この会長は古泉と取り引きをして北高卒業後は世間に名の通った大学に学籍を置くらしい。きっと近所の人からは『さすが○○さんの息子さんねぇ』と言われるのだ。一方俺はと言えば『そうですかぁ』と微妙な返事をされることだろう。
果たしてそうなったとき俺は悔やむのだろうか? 『あの時古泉の申し出を断っていなかったら』と。
このように俺はここしばらく精神のささやかなアップダウンを繰り返し日々に勤しんでいる。
ちなみに佐々木の名前は未だに思い出せていないし、卒アルも行方不明のままである。挙げ句の果てに中学の同窓会が延期になった。これもよもやハルヒのせいではないか、とハルヒ陰謀論にその答えを求めてしまいかねない。この事件、長すぎやしないか。
「ちょっとキョン、曲がってるわよ」ハルヒの声が飛んできた。
「解ってる」
脚立をもう少しずらした方がいいのか、少し無理な体勢になっている。
「これくらいでいいでしょうか?」と今度は古泉。
「いいわそこで。貼っちゃって」とハルヒの命。
ハルヒが指示し長門と朝比奈さんが見守る中、俺と古泉が部室の壁の上の方に貼ろうとしているのは、書き初め用の半紙に書かれたハルヒ直筆の墨書。
『KS学院大!』と横書きで書いてある。
脚立から降り、貼り終わった書き初め用の半紙を見上げてみる。
実に微妙だ。この手のモノは『T大合格!』『赤○突破』『目指せT大!』とか書くのが普通ではなかろうか、まあ俺は貼ってる人を見たことがないわけだが。『大学名だけ+謎の感嘆符』とはね。いったいこれにどんな意味があるんだろうな? いまひとつ真面目に目指しているのかどうか解らない。
SOS団は今日も平常である。
今ひとつ意味不明なスローガンが書かれた書き初め用半紙を部室の壁に貼った日の夜、なんらの約束もしていないのにあの車がやって来た。
黒塗りのタクシー。
「今から少し出られますか?」
玄関先で俺に訊いてきたのは古泉だ。夜八時少し前といった頃合い。アポが無かったな。
「そう長くならなきゃな」俺はそう条件を付けた。
「では乗ってください」
古泉に言われるまま車に乗り込むとぎょっとした。運転手は新川さんじゃない。
「こんばんは」
その声、ドライバーは森園生さん。
「お願いします」
古泉の声で黒塗りのタクシーは滑るように動き出した。
「ありがとうございます」
なぜか森さんにそう言われた。
「なんのことでしょうか?」
「朝比奈みくるさんの希望進路がKS学院大であることが解ったことについてです」
なんだかずいぶん古い話をされたような気がする。なんで今ごろ——
「別に俺は情報提供していませんよ」取り敢えずそう言っておいた。
「ええ、しかしあなたがそのきっかけです。我々では鶴屋家の家人に協力を求められる立場にありませんから」
相変わらずなにやら訳ありか。
「やっぱり『機関』としてはハルヒの進路が気になりますか?」
「その通りです。朝比奈さんの希望進路と涼宮さんの進路は何かしらの関係があると思われますからね。もっとも未来人は知っているのでしょうが」
「それはあくまで『規定事項』ってやつでしょう?」
俺がそう口にすると森さんはくすりとした笑い声の後、
「はい」と返事した。
「鋭いですねその訊き方は」
会話を引き継いだのは古泉。
「未来人達の言う『規定事項』が僕たちにとって『事実』であるかどうか、怪しいところがあるのは否めません。それに『規定事項』はほぼイコール『禁則事項』でもあるのです。僕らは彼らの言う『規定事項』の中身についてよく解らないんです」
「つまりなんだ、ハルヒの進学先についての『規定事項』を知りたいんだな?」
「ええ、そうなんですがむしろ我々が注意を払っているのが朝比奈さんの希望進路です。彼女が北高に先回りして潜り込んでいたことを勘案するなら気にならない方がおかしいでしょう」
「それは朝比奈さんの進学先とハルヒの進学先が同じところだと思ってるってことだよな?」
「そうです。その可能性を一笑に付して排除できますか?」
「だとしてもだ、今大慌てで知らなくても来年の三月には朝比奈さんの進学先くらい解っただろう。そうすりゃハルヒの『規定事項』なんて簡単に知れるじゃないか」
「どうでしょう? 涼宮さんは朝比奈さんに『浪人するように』と言っていましたが」
確かにな……
「実は、僕らは僕らなりに朝比奈みくるさんの進学先を知ろうと、少しちょっかいを出していたんです。あなたの知らないところでね」
「そんなことして大丈夫だったのか?」
「ええ、やりすぎると危ないですね。それでその結果ですが、未来人達は朝比奈さんの進路に最大限の注意を払い迂闊に情報を漏らさないようにしていました。警戒レベルは特Aクラスで『機関』の力を最大限発揮してもきっかけすら掴めませんでした」
「しかし朝比奈さんの志望が『KS学院大』ってのは結局鶴屋さんの勘だろ?」
「その大学の名前が出てきたことが重要です。あまり具体的にはお話しできませんがその名前を使って揺さぶりをかけることはできます。この二週間ばかりで活動の成果が出てきました」
「そうしたら?」
「あまり詳しい話はできないんですが、結論から言いますと朝比奈さんの志望がKS学院大学であるのは間違いないと断言できます」
断言、と来たか。
「手の込んだ情報操作に嵌っている可能性は? ミイラ取りがミイラになるってこともあるんだ」
「ありがとうございます。しかしご心配なく。我々は未来人達の情報攪乱工作ではなく不手際だと分析をしました」
「その根拠は?」
「高三である朝比奈さんがこの時期に志望校名すら書類に書けないのは一般論として既に常軌を逸しています。故に未来人達は従来の方針を一部修正したのだと分析しました」
「どこを修正したってんだ?」
「朝比奈さんが未来人の割にうかつに見えるのは、ほとんど何も知らないからです。あえて知らされていないとしか思えません。それは過去人である我々が分析できないようにする未来からの対抗措置ですよ。彼女が知らされていないのは故あってのことで未来人が明確な意図を持って動いていることが解ったとしたら、後はその動きを分析すればいいんです。彼女が自分の未来にとって不都合な行動を意図的にするわけはありませんからね。今回これが一部修正された可能性がある。朝比奈みくるさん自身のとるべき進路を彼女に知らせたことです。なぜならそうでもしないとその場の勢いに流されて独断で朝比奈さんが自身の進路を決めてしまいかねません。それは涼宮さんの今後に影響を与えかねませんし、そうなってしまったら規定事項を順に踏んでいくという未来人達の計画を他ならぬ未来人の朝比奈さんが潰してしまうことになる」
「つまり朝比奈さん本人には真実を伝えながらその真実をハルヒに隠したまま上手く立ち回れ、と、そういうミッションを未来人達が朝比奈さんに課したというのか?」
「そう考えます」
そんな高度な立ち居振る舞いを朝比奈さんに要求するなんてな。無茶だってのが解らんのだろうか。
「こうなる事くらい一年前には解っていたはずだ」
「ええ、涼宮さんのせいでしょう。当初朝比奈さんには涼宮さんに直接コンタクトを取るつもりは無く、少し離れた位置から涼宮さんを観察するつもりだったのは間違いありません。僕らより一級上の学年に籍を置いているのもその方が見つかりにくいと未来人達が判断したからでしょう。しかし朝比奈さんは涼宮さんによって見つかってしまった。もはやSOS団員として取り込まれてしまった朝比奈さんを今さら引き上げさせることもできなくなってしまった。こうなることが解っていてもどうしようもなかったのではないでしょうか」
「それで朝比奈さんの個人技に期待するとはな」
「そうです。さすがに少し無茶な要求だったようです。ことばは悪いですが我々にツキが回ってきたんです。朝比奈さんに『規定事項』を伝えた結果はどうやら裏目に出てしまったようでKS学院大の名が漏洩したんです。我々としても朝比奈さんは特別な調査対象ですね」
「そういう言い方をするってのはじゃあ何か、お前らは朝比奈さんたちと対立してるのか」
「敵対とまではいきませんが。一言でまとめると小康状態でしょうね。ただ未来人側にほころびが出てきたとは思いますね。未来人たちは当初マークの受け渡しを考えていたんじゃないかと思うんです」
「マーク?」
「ええ、さっきも言いましたが朝比奈さんには本来、涼宮さんを少しだけ離れた場所から観察するだけの役割が課されていたに違いありません。朝比奈さんが分担する期間は朝比奈さんが北高を卒業するまで。その後は北高に新たに一年として入学する別の未来人に観察者の地位をバトンタッチするんです。尾行者を入れ換えて尾行し続けるというのはよく使う手です——」
古泉にはまだしも多少の信頼感を持ってやってもいいが『機関』とやらが未来人をどう扱うかは未知数であり、そんな得体の知れない組織が朝比奈さんの調査を始めたとしたら最終的に何をしやがるか解らない。森さんは少々油断ならないとしても新川さんや多丸兄弟は善人にしか見えなかったが、彼らが古泉の自称するような下っ端でしかないとしたら、その上で采配している野郎どもに全幅の信頼など寄せられるわけがない。
しかし別の話も俺は訊いている。橘京子からだ。
いわく、
『機関のリーダーは古泉さん。古泉さんが一から造り上げて運営している組織なのです。リーダーは最初から古泉さん。一番偉い人です』
この場は俺をまるで未来人から引き離し『機関』側につけるためにセッティングされたようにも見える。だいたいなんで運転手が新川さんじゃないんだ。
古泉はなお語り続ける。
「——しかしその目論見は外れてしまった。朝比奈さん本人がSOS団にはなくてはならない人物として取り込まれてしまった以上、涼宮さんの攻勢にさらされる立場になってしまった。メイド服を着せられたりバニー姿にさせられるくらいは未来人的にはまだ許容範囲でしょうが第三学年であるという朝比奈さんの立場は進路を真っ先に示さなくてはならない立場でもあります。これは許容できないでしょう。彼らが絶対に隠しておきたいと考える『規定事項』を自ら明らかにせざるを得ない状況に陥っているんですから」
長々と聞いてきて『機関』の価値観は解った。だからこれだけは言わねばならん。
「古泉、お前のやってることは朝比奈さんを追い込んでいるんだぞ」
「そうかもしれません」
——あっさり認めるなよ。俺のこの後言う台詞はどうあるべきなんだ?
「今日こうしてやって来た本当の意味はなんだ?」
「『機関』では涼宮さんに軽々しく手を出すべきではないという意見で大勢は占められています。もしうっかりと神の機嫌を損ねてしまうようなことがあれば、高確率で取り返しのつかないことになるでしょう。我々が望んでいるのは世界の現状維持ですから、涼宮さんには平和な生活を送っていただけることを希望しています。ヘタを打てば、火鉢の中の焼き栗を拾おうとして結果、火傷をすることになるだけですよ。とはいえ——」
なんだ?
「進路を決めなくてはならないということはこの先現状を全く同じようには維持できないということです」
古泉はさも残念そうにふうっと溜息をついてみせた。
「涼宮さんは感情的な能力の発露を制御し、意識的に操れるようになっている可能性が出てきました。もちろん涼宮さん自身はそのような存在であることには無自覚です。彼女はまだ本来の能力に気付いていない。我々は出来れば生涯気付かないまま平穏無事な人生を送ってもらいたいと考えています。だが進路は現状の維持を許さない」
「前にも聞いたな」
「すみません、くどくて」と古泉は憂いを帯びたように見える笑顔で言った。
「——ところで、涼宮さんがもし不本意な進路を選んでしまったら世界はどうなると思いますか?」
「解らん」
「ひょっとしたらあなたが世界の命運を握っているとも考えられます。これは我々からのお願いです。どうか涼宮さんがこの世界に絶望してしまわないように注意して下さい」
「何に注意するんだ?」
「現状、涼宮さんの前には二つの選択肢が用意されてしまっています。ひとつは学業成績に見合う進路。もう一つはあなたと同じ進路。どちらを選んでも後悔が用意されていると思いませんか? 今回の中間テストの涼宮さんの獲った点数について嫌な予感も感じているんです。有り体に言ってあなたが良い成績を獲ってくれさえすればこの二つの選択肢は一本化するのですが」
「それがお前たちの言う〝現状維持〟か」
「ご明察です。正確に言えば〝現状維持に限りなく近い〟ということになります。この二週間、我々『機関』の内部で喧喧諤諤の議論がありましてぎりぎりの妥協点でもあるんです」
どうやら『機関』的には俺とハルヒが同じ所へ行けばなんでもいいという考えじゃなさそうだ。原因は——SOS団の志望大学だとして全員で進路希望調査票に書き込んだ『KS学院大』の名前といったところか。古泉のヤツは『機関』の誰かにこのことでどやしつけられたのだろうか?
『なに、二つの選択肢の一本化だ? 余計なお世話だ。一昨日来やがれ!』そう言いたいところだが、なにか言えばひどくみっともないことになるような予感もする。
「本当の話をお聞かせしますと、涼宮さんの進路について最大限の関心を払っているのは我々『機関』と朝比奈さんの一派だけではありません。たくさんあるんです。水面下で我々がおこなっている様々な抗争と血みどろの殲滅戦をダイジェストで教えて差し上げたいくらいですよ。同盟と裏切り、妨害とだまし討ち、破壊と殺戮。各グループとも総力を挙げての生き残り合戦です」
「その話も前にしてたよな」
「ええ、よく覚えていてくれましたね。現状維持が難しくなりつつあるんですから当然ですよ。我々の理論が絶対的に正しいとは僕も思いません。しかし、そうでも思わないとやっていけないというのも現状なのです。僕の初期配置は、たまたまそちら側だったのでね。どこかに寝返ることもできません。白のボーンが黒側に移ることはできないのです」
「古泉」
その声は森園生さんだった。
「あぁ、すみません」古泉が話を中断した。森園生さんが俺との会話を引き継いだ。
「ひとつ提案があります。実は今日我々が来たのはそのためなのです」
森さんが前を見たまま俺に振ってきた。
「我々『機関』とあなたとの間に協定を結びませんか?」
「協定?」
協定とはなんだ?
「なにをするんです?」
「基本は情報交換です。もし承諾して戴けるのでしたら早速提供できる情報があるのですが」
車内がしんとした。耳に届く音は低く静かなエンジン音だけ。
どうする?
「言っておきますが、俺と情報を交換するんじゃなくてSOS団と情報を交換するんでしたら承諾できますが」
「だとすると古泉は灰色のボーンですね」
そう森さんから返事が戻ってきた。森さんは当然前を向いて運転しているため表情は読めない。
長門は口数が少ない。朝比奈さんはほとんどなにも知らない。となるとこの古泉の所属する組織の申し出を断った場合、俺はSOS団内でハルヒの次に何も知らない人になるだろう。森さんは古泉のことを〝灰色のボーン〟と言った。少なくとも森さんは古泉のことをSOS団の方にも半分は軸足を置いていると認識している。
「それは承諾と受け取っていいのでしょうか?」森さんが確認を求めてきた。
俺は決めた。
「いいですよ」
「解りました。SOS団との協定成立です」森さんは言い切った。
「——では提供できる情報の件ですが、実は佐々木さんのことです」
〝!〟 森さんの口から彼女が口にするにしてはあり得ない名が出てきた。
「うちの古泉が橘京子を監視して解ったことなのですが」
「申し訳ありませんね。そうなってしまって」と間髪入れず古泉が続く。
「話を続けさせて頂きます」、と今度は森さんが口を開く。
「近頃佐々木さんは橘京子と遊んではくれないようです」
「きっと学業に集中しているんだろう」そう俺は言った。
「しかしここ何日か、佐々木さんと周防九曜との接触が確認されています」
ん? その森さんのことばになんか違和感を感じた。
「ちょっと古泉いいか?」
「なんでしょう?」
「佐々木の監視はしていないんだよな?」
「していません」
「九曜の監視は長門担当のはずだよな?」
「ええ」
「なのにそれを信用せずお前の所も独自に九曜を監視しているのか?」
「『機関』はしていませんよ。長門さんの勢力と干渉するのでね。今後の関係のこともありますし」
「じゃあ長門に教えてもらったのか?」
「教えてはくれません。長門さんは。よほど重要なことでない限りね。敵対関係じゃありませんがあまり情報は密ではありませんね」
「長門が教えてくれないのならどうして佐々木と九曜が接触しているのを知っている?」
「簡単です。橘京子さんからの情報提供です」
「お前……監視対象を情報収集のために使っているのか?」
「『呆れた』という顔ですね。まあ、そういうケースもあるということです」
『機関』……。いったいコイツらはどういうヤツらなんだ。さっきも〝同盟と裏切り〟とか古泉が言ってたがその一端を見せられた思いだ。
俺はこの組織に深入りしすぎてやしないか? それで大丈夫なのか?
「そういうわけで我々は佐々木さんに関心を持っています。〝佐々木さん〟に関する情報があれば提供をお願いします」森さんがそう俺に言ってきた。
佐々木に関心? 佐々木をマークするつもりか? さっき古泉が言っていたことと違ってきてないか?
その一方でこうも思う。佐々木のことが気がかりだと。未だに九曜が付きまとっていると聞いては尚更だ。そのためにはこの『機関』とも協力関係がなければ佐々木がいま何をしているかなんて解らない。
「どうします?」
そのことばを言ったのは古泉だった。
「どうするとは?」
「協定のことです」
「……」
俺の逡巡に古泉は気づいている。しかし俺はもう佐々木に関する情報を聞いてしまっている。
「気が変わってしまったのでしたら構いません」
どうする? そう言ってくれているぞ。
俺は決めた。〝このまま〟‼————『機関』には古泉がいる。古泉がいなかったらこんな組織など信用はせん。
俺は些細な情報の提供をしていた。四名限定だが中学卒アル行方不明事件について森さんに話した。そしてこう付け加えていた。
「『機関』はこんな件でも動くんですか?」と。
「我々の基本方針は〝現状維持〟ですから、何かが起こるまで〝待ち〟ということになります。具体的に何かをするという意味での動きはしませんが、情報だけは日々蓄積を続けています」そう森さんから返事が戻ってきた。
「例の〝神人〟の方はどうなりました?」
「あの閉鎖空間の神人が暴れ回るということはありません。積極的破壊行動の従事は無く手持ちぶさたで立っているだけ。時々建築物をこずく程度です。要するにこの春以降変わらずといったところです」
『機関』というのは対神人専用部隊以上のなにかの活動をしているという雰囲気がぷんぷんとする。そして『機関』の活動はすべからく工作の匂いがするのだ。
孤島、雪山、古泉の企画による実物大推理ゲームによって俺たちは『機関』の人々と顔見知りになった。そして人間には顔見知りを信用してしまいやすい傾向がある……
俺は『機関』に近すぎるのか。いつの間にか取り込まれつつあるのがなんとも不気味だ。
黒塗りのタクシーは俺の家の前に停車した。わざわざ古泉までが降りてきた。梅雨の夜空を見上げながら口にする。
「涼宮さんの選ぶ進路が良い結果につながるといいのですが」
「でもな。じゃあ俺たちはどうなんだ?」
「さて、僕たちと申しますと?」
「この学校で誰よりもハルヒに深入りしちまっているSOS団団員にとってはどうなんだよ。俺たちの進路はハルヒに影響されるのだとしたらあいつと出会ったことで、俺たちにもそれぞれ〝いい結果〟なんてのが待っていたりしてくれるのか?」
「さあ、それは終わってみないと解りません。そうですね、すべてが終わったときに、そんなに悪くなかったと思うことができたら幸せですね」
「本当に終わるのか?」
古泉は肩をすくめるポーズをとってみせた。
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