第15話【団円】

「どうやら受験、つまり進路ですが方向性が決まってきましたね。なによりです」学校からの帰宅路、女子三人が先行し例によって俺と古泉が少し離れて続いていく。

「さあな、一種のモラトリアムに過ぎないんじゃねえの?」

「いいじゃないですかそれで。取り敢えず高得点をキープして行きたいところは後で決める。合理的ですね」

 どこがだ。

「これで涼宮さんもストレスから解放されることでしょうしね」

「ストレス解放? 逆だろ。これからあいつも人並みに受験勉強でストレスくらい感じることになるんじゃないのか」

「さあ? そもそも涼宮さんにそういう一般論が通じるかどうか。元々涼宮さんは文武とも優秀なかたです。それは幼い頃からそうだったでしょう。思い出してみて下さい。去年のあの終わらない夏休みを。彼女は夏休みの宿題などが負担だとはまったく思わなかったのですよ。ましてや、友人とともに分担作業をするものでもなかったのです。涼宮さんはそんなことをするまでもなく、一人で簡単に片づけられる能力があるわけですから。それよりですね、あなたの言動がなにかを動かした、いえ、動かしてしまったとは考えませんか?」

「分からんな。特に決定的なことは言っていないと思うが」

「いいえ。あなたは僕の期待通りの働きをしてくれました。涼宮さんの希望を無下に否定しなかった」

「希望?」

「そうですよ。同じ大学への進学です。少なくとも『お前はお前、俺は俺。それぞれ成績に見合ったとおりの学校へ行くべきだ』というありきたりの正論を敢えて吐かず、〝SOS団にとっての志望大学〟という奇妙な価値観を否定しなかった。あなたと腹を割って話しておいて良かったと思ってます」

「お前、奇妙だって思ってたんだな」

「ええ、まあ。しかし実は涼宮さんのストレスは逆なんじゃないかと、そう考えているのですが」

「逆? 意味が分からん」

「涼宮さんは進路、まあ要するに受験という意味になりますが、ということばを耳にして非常なストレスを受けた。それがあの中間テストの点数です。しかし涼宮さんが受けたストレスは通常とは違っていた。SOS団の終わりを見せられたという意味でのストレスです。いったい受験ってなんでしょうね?」

「いい大学に行けば将来いいことがあるかもしれないというある種の確率論だろう」

「常識人過ぎますね。受験とは将来の心配が可視化されているようなものです。失敗する可能性がありますし、たとえ結果的に成功するのだとしても今現在は先のことは解りません。誰もが解らないんです。故に『受験』と聞けば誰彼構わず、心配になってくるものなのです」

「将来の心配をしたら悪いのか?」

「そこです。成功か失敗しかない」

「なにを当たり前のことを」

「成功するにせよ失敗するにせよ現状を維持するという道が無いんですね。どんなに現状にかまけたくてもね。またなにを当たり前のことを言っているんだと思われるでしょうが」


 当たり前だろ。当たり前だが……しかしなにか古泉は核心を突いたような気がする。

 高校生ってのは現状を将来のために使う。それが理想的なあるべき高校生像でもある。美しいことばで言えば『将来の夢に向かって』っていうやつだ。そういう究極の道を追い求める高校生は現状を将来のため〝だけ〟に使う。浪人ってのはあるが『受験勉強する』という現状は基本三年間だけで、学業が優秀だろうが怪しかろうが『受験勉強する』という現状を誰もずっと維持し続けたくはないだろう。


「我々は高校二年です。普通に考えて二年後には何もかもが変わっていることでしょう」

「そりゃSOS団二代目団長なんてのは誕生しそうもないしな」

「う〜ん、そこですか? 僕としては涼宮さん本人が二年後何をしているかについて想像してもらいたかったんですが」

 あのキャンパスで見たような気がするハルヒは今のようにイカれた行動をしているようには、少なくとも見えなかったと思う。ハルヒは決して不機嫌不幸せには見えなかった。今のハルヒと違ってぎすぎすしてなくて柔らかくて将来など気に病む必要などなさそう、そう確かに見えた。

「仮に俺が〝SOS団活動期間残り九ヶ月説〟を唱えたら肯定するか?」

「朝比奈さんですか」

「まあな」

「そこはなんとも言えません。涼宮さんは浪人を薦めていましたが、SOS団が北校内の組織である以上留年という手もありますから。朝比奈さんには気の毒でしょうけど。しかし卒業してもあの部室に来ることを考えたら留年の方がまだマシです」

「しかしハルヒは落第を許さなかったんじゃないのか?」

「そうです。そうでしたね。さすがです」

 古泉はにこやかにそう言ってみせた。知っていながら人に花を持たせたような気がしなくもない。

「新たな未来人が配属されてくる可能性ってのはあるのか?」

「彼女の組織が新たに人員を配属するのかどうかは解りません。しかし結局SOS団に新規加入者が入らなかったことから考えるに、おいそれと朝比奈さんを抜けさせることはし難いでしょうね。ただ——、ひとつだけ懸念があるんですが」

「なんだ?」

「我々は今同じ制服を着ています。結束力の象徴とも言えます。ひょっとしてSOS団にも〝制服〟は欠くべからざるものであるのかもしれません」

「冗談じゃないぜ。二十歳過ぎて高校の制服など着てたまるか。リアル日常生活でコスプレ生活しているようなもんだ」

「冗談です。確かにいい歳して高校の制服など着たくはないは同感ですよ」古泉はにこやかに言った。

 俺は前を歩くハルヒたち一団との距離を改めて確かめてからこれを口にする。

「問題は解決しましたって顔だな」

「違うんですか?」

「卒アル行方不明事件が解決してない。解ってるだけで俺を含めて四人だ」

 これを聞くと古泉は少し考える風になり——だが結局——、

「僕はそう深刻には考えていません。こうしてみてはいかがです? 背後から涼宮さんを突然抱きしめて、耳元でアイラブユーとでも囁くんです」などと俺に戻してきた。

「前にも同じこと言ってたよな」

「僕はやりませんのでご安心を」

 ここでちょうど坂道を降り切った辺り、それぞれが別々の道を辿り帰途につく。


 古泉は上機嫌だがなにかどうも釈然としない。これで終わりか? 万事解決したのか?

 ちょうど俺が某コンビニの前を通りかかったとき自動ドアが開き、中から見知った顔が出てきた。

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