第14話【指向】
その日の放課後のこと、俺が部室へ行こうと教室を出た直後国木田が声を掛けてきた。
「キョン、ありがとう。持つべきものは友だと思ったよ」などと大げさに言う。
「礼を言うならハルヒに直接言ってやってくれ」
「もちろん。何度言っても言い足りないくらいさ」
そうか、ハルヒがお礼を言われたって言ってたっけ。
「いやあ、さすが鶴屋さんだよ」
こんなところで一種のノロケ話を聞いていても仕方ないのだが——などという俺のダウナーモードに気づいたのか国木田がスパッと話題を切り替えた。
「ところでキョン、ちょっと」
「ん?」
「前に佐々木さんの名前について訊いていたよね。『記憶力について』っていう興味深い話しの中でさ」
すっかり忘れてた。いや忘れてたんじゃなくて、もう忘れたことを忘れようと記憶の隅に押し込めていた。
「それで⁉」
多分に俺の声は上ずっていただろう。国木田は辺りをキョロキョロと窺った。そして周囲に人がいないことを確認してから語り始めた。
「僕が今からする話は少し変な話しで、ずっと言おうか言うまいか迷っていたことなんだ」
「どんな話だ?」
「奇妙なことに中学の卒業アルバムがどこかへ消えてしまったんだ。誰かが持ち出すとかあり得ないのに」
「消えたんだな?」
「そこで中学時代のクラスメイト、まあ僕が声を掛けやすいところだけどそれとなく二人ばかりに訊いてみた」
「どうなったんだ?」
「答えは同じさ。僕が掛けたうちは全部卒業アルバムを紛失してた。さすがに僕もこんな奇妙な問いを元クラスメイト中に掛けられない。妙な噂を立てられても困るからね。信用できる相手だけさ。だけど何かが変だ。こんな偶然があるんだろうか?」
国木田は一旦間をとり小声で言った。
「ひょっとしてキョンのところも消えていないかい?」
俺はなんと返事しようかと逡巡したが、無言で肯いた。
「そうか」国木田は安堵したような表情をみせた。
「俺にも訊いてくれればよかったじゃねえか」
信用がないなどと思われているとしたら心外だ。
「そうも思ったけど、こんな変な話しは毎日顔を合わせる人には却って訊きにくいんだよ」とさらに声を落とし国木田が言った。
まぁ、それはそうかもしれない……
「その訊いた中に佐々木のところは入っているか?」
国木田は苦笑いとも見える笑顔になり、
「やだなあキョン、佐々木さんと一番親しいクラスメイトはキョンだったじゃないか」と返してきた。それに返すことばが無くなった。
「キョン、この間僕にした不思議な話しは実はこのことだったんだろ?」
「……そうだ」
「なら良かったよ。こんな変なことでも言ってみた甲斐があった。でないと埋め合わせるつもりがあっても少しの埋め合わせにもならないからね」
「埋め合わせの事なら、なったとも」
「あっ、それから」
「なんだ?」
「くれぐれも僕を変だと思わないでくれよ。それがあるから今まで迷ってたんだ」
「国木田、お前は正気だ。俺が保証する」そう断言してやった。
この些細な事件は未だ解決を見ず現在進行形で続いている。長門によれば原因はハルヒ。例によって本人にその自覚は無い。
とは言え日常は恙なく進行している。これまでは現状をゆっくり見守りましょうという空気すらあり、なぜか苦情は俺のところに持ち込まれ、SOS団内部を見廻しても事件解決への熱意はどこか希薄だった。だが、常識人であり極めてマトモ人間である国木田にまで影響を与え困惑させている。
さすがにこりゃマズいんじゃないか。だんだんと〝些細〟と言っていられなくなってきた。一刻も早く解決しなければ。
で、どう解決したらいい?
部室に入るといつも通り長門が部室の隅で本を読んでいて、なぜかハルヒがコンピュータディスプレイを睨んでいた。どこでなにをしているのかたいてい一番最後にやって来るのにどうしたことかと、ハルヒの背後に回り込むと画面には大手予備校のサイト、模試の広告ページが表示されていた。
どうやら本気でやるらしい。
「キョン、なに後ろから見てんのよ。いやらしい」
「見てるのはディスプレイだ。ところでこれ受けるのか?」
「受けるわよ。でもなんで〝全国〟と銘打たないのかしらね。こんなのこの予備校グループでやってるルーチンの月一模試でしかないじゃない」
やれやれ、と久しぶりにこれを言ってしまう。ただし心の中で。
そうこうするうちに朝比奈さん、古泉の順に集まり、いつの間にか全員集合となっていた。
「みんな、聞いて! 我がSOS団はSOS大帝国を目指すことにしたから。今以上の努力を各団員に求めるからそのつもりで!」ハルヒは勢いよく立ち上がり宣言した。
それは長門にとってはたいそう簡単なことで、古泉もなんとかしてしまうかもしれない。朝比奈さんもあの成績ならそれなりに着いていくだろう。俺にとっては完全に無理無体な要求でしかない。
「おい、ハルヒ」
「なによ」
「確かお前はKS学院大がどうとか今日の昼休みに言ってただろ」
「別に。そこがSOS団にとってベストかどうかが問題なのよ」
「なにか悪いものでも食ったのか?」
「そんなもの口にしてないわよ。ただ、昼休みに鶴屋さんの話を聞いてたらだんだんと指向性が見えてきたのよね」
「どんな指向性だ」
「全指向性」
フェーズドアレイレーダーか。
「なんだそりゃ?」
「国木田から聞いたのよね、鶴屋さんのこと。もっと学力に応じた学校に行けたのに県立を専願で受けた変わり者だって」
俺にはもう一人心当たりがあるんだがな。俺の目の前でたった今も喋ってるヤツとか。
「つまりね、どの方向であろうと指向するためには〝得点〟とかいうくだらないものに左右されちゃだめなわけ。左右されないためにはどうすればいいかなんてもう答えは出ているわよね。KS学院大だって見た目はあんなだけど実はSOS団的素地が存在してたという可能性もあるわけよ」
あの環境で今現在の所行を続ける気か。学校に何を着ていくか以前の問題になるぞ。
「だから得点は高ければ高いほどいいのよ。いい? 我が団は総力を挙げてこの方針で行くから。あたしはこれを『二年計画!』と名付けたわ。後は実行あるのみよ! そこのキョン、ボケっと聞いてない!」
鶴屋さんが原因か。いや、国木田が原因なのか?
「ちょっと待てハルヒ。二年計画ってことは俺たち二年を想定してるだろ。朝比奈さんの学年は三年だ。どうするんだよ?」
「そんなの簡単じゃない」
「どう簡単なんだ?」
「みくるちゃんっ」
「はいっ」
「あんた、浪人しなさい」
「ええーっ!」
「いい、浪人よ浪人。その見かけで素浪人ってのが人を引きつけるのよ。来年度になっても特別にSOS団部室への立ち入りを許可してあげるから」
そんなのお前が許可しても学校側が許可しないだろうが。だいたい浪人と素浪人では意味がかなり違うと思うのだがな。しかしハルヒの目は爛々と輝き実に大真面目だった。
「進路希望調査票の方はどうなるんだよ? なんて書くんだ?」
「そう言えばどこかこだわっているとこがある人はいる? いるんだったら今すぐ答えなさい」
誰も何も言わん。古泉、お前はどうなんだ?
俺は古泉の方に視線を移す。曲がりなりにも九組だ。俺の方はかなりナンチャッテ気味だがお前も志望は国公立のはずだよな?
ところが古泉はいつものようにニコニコ笑っているだけ。古泉のことだから卒業後もハルヒの後を追いかけていきそうだが、肝心のハルヒはどこの大学に行くつもりなのか。
「だったら決まりね。あたしたちはSOS団の志望大学をどこにするかを考えないと」
〝団〟が大学など志望するか! そりゃ俺たち個々人がどこを志望するかの話だろ。
「それはどこかに統一するってことか?」
「そうよ」
「そんなバカな話があるか。高校野球部だって部ごとどこかの大学野球部へ引っ越さないだろうが」
九組ごと光陽園に引っ越したという前例に心当たりはあるが。
「それは凡百の集団の場合よ。SOS団は違うのよ」
「だいたいどこの名前を書くんだよ?」
「どこでもいいけど、そうねせっかく実際に足を運んだんだから今はKS学院大とでも書いておけばいいんじゃない?」
〝とでも〟かよ。
かくしてなぜか全SOS団員の進路希望調査票にKS学院大の名が書き込まれる運びとなった。
SOS団にとっての志望大学(初代)に、晴れてKS学院大学が選ばれたってわけだ。向こうさんにとってはさぞ迷惑な話だろう。
結局俺は押し切られたのだ。いや、戦意を戦略的に喪失したと言っておこう。どこへ行くかは解らないが得点だけは高く獲っとけというハルヒの方針は本末転倒だが、ともかくとしてハルヒはどうやら〝受験勉強〟に本腰を入れ真面目に取り組むつもりらしい。
〝SOS団から落第生を出すのは恥〟というのはハルヒの常々の言だが、そのことば通りに勉強に取り組むなら俺にとって決して迷惑な話ではない。正直このSOS団と受験生が両立できるのか、昨年度のあれこれ、いや今年に入ってからもいろいろだが、かなり懐疑的になっていたのも事実だ。この場合負けるが勝ちは当たってるのさ。
とは言えなぁ。このままSOS予備校になってしまうのもなんとなく寂しいのだ。基本モードはSOS団であって欲しいのだ。
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