第12話【探索】

 俺はこの場所の既視感に内心狼狽していた。なにか俺はここを見たような記憶がある。


 土曜、午後。〝SOS団市内ぶらぶら歩きの巻〟。

 俺たちSOS団はハルヒを先頭にこれまで歩いて来なかった場所へと足を踏み入れていた。どうしてこれまでここを探索しなかったのだろう? それはそれで疑問であるが今回の不思議探索はこれまでにない異例中の異例回なのだった。

 通常、こうした探索ではSOS団をクジで二組に分けるというのが定番だった。ハルヒと別の組になった俺はハルヒの知らないところでSOS団のSOS団たる活動に巻き込まれ、あるいはミッションをこなしてきたのだ。

 だが今回に限り、ハルヒ団長は、団を分けることをしなかった。理由は一切言わなかったので全く不明。『今日はこれでいくから』、で終わり。まるで自分の目の届かないところで団員たちが勝手な行動をとっていることを既に見破っているかのようだ。


 ここはKS学院大学キャンパス内。

 芝生。時計台。あか抜けた男女。


 KS学院大。それは俺の住むこの広域地方での偏差値的分類なのだろうが『KKDR』と言われる私立大学群の一角である。且つ市内でもある。

 さて、ここを受けるとして俺の今の成績ではどうだろう? 箸にも棒にもかからないとは思いたくはないが全国模試において『A判定』をいただけるなど遠い遠い夢でもある。『B判定』もかなり怪しい。あの模試の判定というのはよほど疑り深いようにできていて石橋を叩いてひびを入れるほど手堅い判定を出したがる。少しでも不測の事態が起こりそうなら悪い方に判定する。

 模試で志望校として書いたらそういう判定が来る。KS学院大は俺にとってはそういう大学だ。

 もっとも俺の(そして親も)希望進学先はどこでもいいから国公立大なのだが。

 しかし口にすれば誰かが笑い出すので黙っておくに限る。SOS団員にはとっくに筒抜けになっているのはしょうがない。朝比奈さんとは事情は異なるのだろうがそもそも自身の進路など他人に吹聴するものではない。

 ちなみに中間テストを判断材料とした進路希望調査票にはこれまで通り一応国公立大学希望と書いておきたい。親の手前、な。しかし現実路線も併記するはめになるだろう。ちなみにその中にKS学院大は入ってはいない。『B判定』もかなり怪しいようじゃ現実路線とやらにはならないからな。あー書きたくねえ。


 しかし問題はこの既視感だ。思い出せ、思い出せ。四月中旬、俺は閉鎖空間のかの神人が藤原らを粉砕したその直後辺り——俺は一瞬だがここにいなかったか?


「ちょっと、キョン」

 ハルヒ団長がアヒル口で俺を問い詰めてきた。問い詰められる覚えはない。

「なんだよ」

「なにぼけっとしてんのよ」

「いや、勝手に入っていいのかと思ってな」

 適当にごまかした。

「いいに決まってるでしょ。大学なんだし」

「だいたいなんでこんなところに来ているんだ?」

「市内だからよ。それよりあんた、なに不思議そうな顔してたわけ?」

「そんなわけあるか」

「あんた、あたしを見くびってるでしょ? 隠していることがあったら今のうちに自供しておいた方がいいわよ。いつものあんたじゃないわ」

 相変わらずやけに勘が鋭い。それに面と向かって『隠す』と問い詰められると動揺する俺もいる。


「実はな、夢の中でここに来たような気がするんだ。なにかこう、見たことがあるような無いような」

「へぇ、こういうのもある意味不思議よね。なにかあるのかしら」

 ハルヒは一年以上繰り返し、なんらの成果も見いだせなかったSOS団不思議発見探索初の成果(?)に興味をかき立てられたような様子だった。


「それはこうは考えられないでしょうか? あなたがこの学校に実は憧憬を抱いていたということです」

 そう口を挟んだのは古泉だった。

「例えば見てください、あの時計台を。この学校を象徴するいわゆるランドマークです。もちろん受験情報誌等で誰もがどこかで見た記憶を持っているでしょう。この地域に住んでいれば尚更です。言わば既視感ですね。そういうのもあるんでしょう。僕はこの学校にポジティブなイメージを感じます」

 恐らくこれは助け船のつもりらしい。志望大学が夢にまで出てきたというストーリーだ。「ふうん」とハルヒ。

「いいわ。なにかこの場所に感じたことがあれば言って。有希どう?」

 ハルヒは長門に振っていた。

「別に」

 オイオイ、〝別に〟はないだろう。周囲の人間に聞かれたら気を悪くする。だいいち長門はいつも通り北高の制服など着てきている。北高からKS学院大に進学できたらそれはウチの学校的には成功の部類だというのに。

「みくるちゃんは?」

 だが朝比奈さんはハルヒの問いが耳に入っていなかったようだった。

「みくるちゃん」再びハルヒが朝比奈さんの名を呼ぶ。

「あっ、ハイ。とっても、とってもいい感じの学校だと思います」

 これは俺の勘だ。今の、今の朝比奈さんの反応はなにか不自然だった。なにか隠しておきたいことについて図星を突かれたような、心ここにあらずといった反応に見えた。

「キョンとみくるちゃんにはこの場所について思うところがあるみたいね」ハルヒが唐突にそう口にしたとき朝比奈さんの身体がびくっと動くのを俺は見逃さなかった。

 ハルヒは続けて遠慮なく言い放った。

「この場所が似合うのは古泉くんとみくるちゃんね。キョン、あんたはこの場所の異物よね」

 さすがにムカッとくるぜ。

「どういう意味だ? 俺だってこの後学業に真面目に打ち込めば全くの叶わぬ夢とは言えないポジションにいるつもりだ」

「誰が受験の話をしてるのよ?」

「大学といえば受験だろうが」

「あたしは雰囲気の話をしてるの。要するにあんたの着てる服。それあんたの一張羅でしょ? それ以外はそれ以下ってことよ。毎日同じ服着ていったら最悪の状況に陥るわよ。周囲がどんな服着てるか周り見て観察してみたら?」

 俺は確認のため一応周囲をぐるりと見てみる。だがな、気づいていたさ、それくらい。

「ここはあんたに似合わない。ここに来るようになったらあんた惨めな学生生活になるわよ。あたしが保証するわ」

 お前に保証などされたくない。

「じゃあお前は似合うのか?」

「そうね、SOS団の活動拠点としては相応しくないかもね」

 俺はとっさに長門、古泉、朝比奈さんの順に顔を見た。長門はいつもの無表情。古泉はいつものスマイル顔。朝比奈さんはやはりおろおろしたままの顔。誰一人表情に変化がない。

 要するにこの話の続きをするよう暗に俺に促してるってことか。誰も何も言わんもんな。だったら期待に応えてやる。

「ちょっと確認したいんだが、SOS団の活動拠点として相応しい場所と、俺に似合う場所は同じところなのか違うのか?」

 一瞬だけ長門の方を見る。長門も俺を見ていた。残念ながら古泉、朝比奈さんは確認できなかった。間髪入れずハルヒが答えたから。

「同じよ。そう、北高みたいなところね」

「高校と大学が同じ雰囲気のわけあるか」

「あるところにはあるわよ」

 やけに自信たっぷりにハルヒが言い切った。

「どこだ?」


 ハルヒが口にしたのは帝国時代からの残滓燦然と輝く大学名であり、聞いた俺が驚愕した。ハルヒが目指すところは何であれトップなのである。だからこいつはSOS団長なのだ。宇宙人や未来人や超能力者までもを率いる、どうしようもなく上り詰めた、俺たちの水先案内人なんである。


「なんかテレビで見かけたことがあるんだけどさ、いろんな物積んで出入り口を封鎖してたわよね。邪魔者は断固排除、敵の進入阻止。牙城の徹底封鎖。面白いと思わない? ああいうのって我がSOS団の活動拠点として相応しいわ」

 なに言ってやがる。

「あれは一般の学生にとっては迷惑行為以外のなにものでもなく、レポート提出を妨害された学生有志によってその迷惑な封鎖は解かれたんだぞ」

 だいいちそんなことをやられたらせっかく苦労して入った帝国時代からの残滓燦然と輝く大学から退学放逐という無慈悲な裁定を喰らうだけだ。俺には関係ないがね。

「なんか何着ていても関係なさそうな雰囲気だし」

「俺に似合うってのはそういう意味かよ」

「他にどんな意味があるっての?」

 似合う似合わないって言ったら普通学力だろうが。そうは思ったが口に出したくない。

「それに帝国なら帝国軍。SOS帝国軍になるのよ。この響きよ」

「どっから〝軍〟が出てきた?」と言ってハタと思い当たった。〝SOS帝国〟に。

 ザ・ディ・オブ・サジタリウス……スリーとかいったか。例のコンピ研が持ち込んできたオリジナルゲーム。

 便宜的に俺は片方を『コンピ研連合』、もう一方を『SOS帝国』と称した……

 まさかのまさか、だよな……

「帝国時代からの学校がそんなに好きならそこに行く途中にもう一つあるだろ。そっちはどうした?」

「だめよ。あたしたちと浅からぬ因縁のある土地の方にすべきでしょ。そうでしょ?」

 因縁ある土地って……な。だいたいこんな場所でこんな話をするのもアレだが現実を直視せねばならんだろう。

「おいハルヒ。お前も俺もついこの間の中間テストの成績がどうだったかくらい忘れちゃいないだろ。なにを言って……」

「全国模試で勝負してやるわよ。あぁあんたは受けなくていいわ。このままじゃあんたはあたしの学習指導を拒否るかもしれないし、これはあたしの勝負なのよ!」

 話が妙な方向へ進んできた。この会話は他三名も聞く耳を立てていることだろう。なんと考えているんだろうな。

 そんな中ハルヒだけがあの大不振の中間テストの結果もどこへやら、目を爛々と輝かせていた。

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