第10話【未来《みくる》】
「ねえ、ちょっとキョン」
或る休み時間、例によって俺はシャーペンで背中をつつかれる。俺は大真面目にハルヒの行う勉強指導を受けているのであり、こと勉強関係についてはとがめ立てされる筋合いはない、などと思ってしまったのは昨日の古泉の話のせいだろうか。
「なんだよ?」
めんどくさいが振り返る。
「なんかさ、みくるちゃんって怪しいのよね。なにか変なの」
俺の頭の中から一瞬で中間テストの五文字が蒸散してしまった。なんだって⁉
あのドジぶりからいつかきっとしくじると思っていたり、はたまたドジなように見えて一年以上自分の正体(未来人)をハルヒに気取られない実は優秀なエージェントだと思っていたりもした朝比奈さんが、なにかボロを出したってのか?
「……なぜ?」俺はやっとの思いでそれだけを口にした。
「高三よ、高三。未だに志望校が決まってないってなんなの? 推薦受けるつもりか一般入試かそれすら決まっていないなんてそんなの考えられる? そんな三年いるわけないでしょ」
「それは昨日の話の続きなのか?」
「それで問い詰めたら、いきなり泣き出しちゃって」
「オイ」
「バカキョン、なに言ってんのよ。泣いて済む問題だと思ってんの? SOS団から落第生を出したら恥よ恥」
「落第って、朝比奈さんは既に三年に進級してる」
「じゃ卒業できるの?」
「卒業の心配をするには季節がまだ早すぎる」
ハルヒは急に真顔になり腕組みをしてしまった。
「三月くらいにさ、みくるちゃんバタバタしてたでしょ? なーんかこの学校、県立のくせに変な感じに進学校気取りだから特別補講とか模擬試験とかで大忙しでさ」
「それで?」
「あたしさ、特別補講か模擬試験かそこまで調べてないのよね。もしかしてみくるちゃんて相当出来ないのかしら。推薦受けるために小論文の猛特訓でもしてたとか。その小論文もかなり怪しかったし」
ハルヒは上級生の朝比奈さんが四苦八苦している小論文にも口出ししていたっけな。しかしドジっ娘設定は確かにあったが勉強ができない設定など聞いたこともない。
「朝比奈さんは三年になったんだから、特別補講を受けていようがいまいが進級条件はクリアしたんだ。取り敢えず今はそれでいいじゃねえか」
「じゃあなんで志望する進学先が無いのよ! あたしが相談に乗ってやろうって言ってんのにみくるちゃんはしどろもどろになって目が泳いでいるのよ。あれは絶対になにか事情を隠している目だわ」
「無いんじゃなくて言いたくないだけだろう——」
きっとハルヒになど乗って欲しくは……待てよ、今ここで朝比奈さん自身の進学先をハルヒに明かすことは、ハルヒ自身に己の進学先を明かしてしまうことになり、これが例の禁則事項に触れるということなんだろうか?
「担任の教師でもないのに進路指導の押し売りは良くないぜ」取り敢えず無難なことを口にしておいた。
「なに言ってんの⁉ あたしはSOS団の団長なのよ」
「誰もお前にそんな権限付与していない」
「あたしも信じたくはないけどSOS団が原因で本来の志望をあきらめるなんてことになったらSOS団の恥よ恥。だから常々言ってるのよ落第生を出したらSOS団の恥だって」
しつこいくらい『恥』を連呼していたが、何かハルヒにしてはもの凄く真っ当なことを言ったような気がする。
「なによその顔。あたしさ、前々からみくるちゃんのこと変だって思ってたのよね。だって上級生なのに下級生のあたしの言いなりになりっぱなしっておかしくない? なんか不自然に従順すぎるのよね」
オイ! だがもうもはや突っ込む気も失せてきた。
前々から………? っていつからだ?
朝比奈さん、なんで俺たちの一学年上なんてやっているんです? 同学年だってできたでしょうに。いや敢えて言うなら俺たちの下級生だってできた。そうすればこんな問題は起きていないんですよ。
『進路』、つまり大学進学という別件の問題からSOS団が崩壊してしまいかねない。
SOS団はある意味不条理な団である。中心にいるハルヒが何も知らない。それで一年やって来た。ハルヒは知らないのだ。これまで俺がどんな事態に遭遇し、どうやって切り抜けてきたのかを。野球に勝ったり、夏休みを終わらせたり、映画でおかしくなりかけた現実を回復させたり、過去に行って戻って来てまた行って、さらにもう一度行ったり。自分で決めたことだから誰を恨もうとも思わないが、ハルヒ的に事実を知らないというのはどんなものかと、ふと思う。
『今から集合することは可能ですか? もちろん涼宮さんは抜きで』とはあの一万五千数百回も繰り返した夏休みに古泉から掛かってきた電話だが、夏休みの真夜中に友人同士、公園でタムろってみる、ってのも誉められた話じゃないが『面白いこと』には違いない。
参加したのは俺、古泉、長門、朝比奈さん。古泉の言ったことが全てを示している。〝もちろん涼宮さんは抜きで〟だ。それがSOS団。
だがひょんなところからその状態が崩れてしまいそうである。
もういっちょ〝だが〟と来るが、俺は敢えてそうした事について罪の意識は感じないことにする。そう思い込むんだ。むろん詳細な事件の概要など説明したことなどない。だが俺は言ったものさ。
『実は宇宙人も未来人も超能力者も、思いも寄らぬ身近にいるんだよ』と。
古泉、長門、朝比奈さんの正体についてはハルヒに既に明かしてある。第二回「SOS団市内ぶらぶら歩きの巻(未だに仮称)」、駅前喫茶店での真実の激白だ。
『あの長門有希は宇宙人だ。正確に言うと、統合ナントカ思念体……情報ナントカ思念体だったかな? まあそんな感じの宇宙人みたいな意識がどうかしたとかいうような存在の手先だ。そう、ヒューマノイドインターフェースだった』
『朝比奈さんはだな、割と簡単だ。あの人は未来人だ。未来から来ているんだから未来人で合ってるだろ』
『古泉くんは超能力者なのね? そう言うつもりなんでしょ』とハルヒに問われ、『まさしくそう言うつもりだった』等々と答えたもんさ。
そしたらハルヒは、
『ふざけんなっ!』の一言だった。このようにハルヒはせっかくの俺の真相激白を物の見事に信じなかった。
多少苦しいのは自覚している。だがあの時の俺よくやった、そう言いたい。これのおかげでどれほど精神的負担がやわらいでいることか。
「ハルヒ、朝比奈さんもいいが、俺の中間テストの方も頼むぜ」
せめてもの朝比奈さんへのアシストだ。
「へえー、あんたも二年になって少しは自覚が出てきたってわけね。いいわ」
「そうだな。進級だけは無事にしたいもんだ」
高二になってさらに難易度が上がるのは確実で万一ダブるような事態にならないとも限らない。
「今回も三学期期末のように頼むぜ」
「そんなのはダメ。あれじゃ本当の学力は身に付かないわ。一時しのぎにしかなんないもの。全国模試や本番でちょっとヒネった応用問題を出されたらあわわってなっちゃうわよ。ちゃんと理解した上で知識を積み重ねないと奴らの術中にまんまとハマるだけなの。まあ、安心してちょうだい。半年みっちりやったらあんたでも国木田レベルにしてあげるから」
半年か。
「解らんところを訊くから教えてくれるだけでいい。後は自分でなんとかするさ」
「なんとかなるんだったらとっくになってんじゃないの?」
「腹立たしいことをズバリと言ってくれるじゃないか。おう、その通りだとも」
「開き直ってどうすんのよ。この中間は調査票がかかっているんじゃなかったっけ?」
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