第8話【物語】
「『これは僕とキミの物語でもあるんだよ』ですか?」
これはお前が言うから仕方なく話している、この話しはこの場限りでくれぐれも口外無用だと、そう古泉に念押しして事情を話したら戻ってきた返事がこれだ。
佐々木が俺に言った言葉を聞いて古泉は露骨に嫌な顔をした。初めて見るような顔だった。わざわざ敢えて言ってやったというのにな。言わん方が良かったのか?
「これは佐々木のつけた後付の理由かもしれないが……」と俺は断りを入れ、
「佐々木が俺の家に来たあの日、事件のこと以外に、『他にもう一つ、別の理由があったんだ』って言ってたが、誓ってその日はその話しはしていない」
「むしろそちらの方こそ重大だと予感させますね」
話を止められる状況にないようだ。
佐々木いわく。
『二週間ほど前の話しになる。僕は告白された。同じ学校の男さ。僕に告白するなんて、なかなか物好きな人間もいるもんだといささか感動したり、呆れたりしたものさ。とっさに返答するほど僕にだって余裕もなかった。不意打ちを食らったようなものだったからね。だから、今も保留ということにしている』
同、佐々木いわく。
『つまり僕の恋愛相談にきたんだよ。メッセンジャーRNAにも満たない仕事一つのみで、僕が来るとでも思っていたのかい?』
同じく佐々木いわく。
『あの状況で相談事を持ち出しても困るだけだろう? それにやっぱり自分の問題なら自分で解決すべきだと直前で考え直したんだ。キミに余計なノイズを与えるのは得策ではなかっただろうしね』
俺は佐々木の言ったことをほぼ正確に古泉に伝えた。
「それは困りました。はっきり言って問題ですね。あなたは本当にSOS団を選んだのかと問い質したいくらいです」
「ちょっと待て、佐々木は俺に告白しに来たんじゃないぞ。誰かに告白されたから、その対処について相談をされただけだ」
「そうでしょうか? その話が真実だったとすると僕にはまるで、佐々木さんがあなたに〝止めるなら今、今ならまだ間に合う〟と言っているようにしか聞こえませんが」
「俺は止めてない」
「あなたは止めませんでしたが彼女が自主的に止めてしまったようですね。これは剣呑です」
「どこがだ」
「実は僕は詳しいことを知らないんです」
「知っているだろう」
「情報操作の中身です。ついでに教えていただけると幸いです」
俺はたぶん露骨に渋った顔をした。全ての情報を知った上で俺を詰問しているんじゃなかったのか?
「実は佐々木さんは危うい行動をとっている節がある」
「おい、古泉、何の目的で『機関』が佐々木をマークしてるんだ?」
「そんなことはしませんよ。だが佐々木さんはかの偽SOS団員との繋がりを断っていません」
「そうなのか?」
「僕が橘京子とコンタクトを取っているのをお忘れですか? 彼女は相変わらず佐々木さんの周囲をウロウロしています。僕としてはウロウロする理由なんて無いと思うのですが」
「それは不思議じゃない。佐々木は言ってた。橘京子については『気の置けない良い友達になれる』って言ってたな『唯一の救い』だとかなんとかな」
「橘京子の行動は佐々木さんとの接点を絶やさないための工作活動の一環だとは思いませんか?」
「橘京子を監視していたら佐々木に繋がったと言いたいわけか?」
「ええそうです」
「監視対象と番号・アドレスを交換するヤツがいるか」
「ここにいます」
「……」
「最初彼女がどう登場したかを思えば容易に監視対象から外せるわけがないじゃないですか。ただ橘京子については最初我々の前に姿を現した時の印象とずいぶん印象が変わっていますね。解りやすく表現するなら今の橘京子さんはあまりにも抜けすぎている。登場したときはもっと手強そうじゃありませんでしたか? この抜け具合、これが素なのか芝居なのか解りませんが佐々木さんとの接点を維持するためだとしたら彼女はなんといい仕事をしているのだと、そう思いますね」
「まだ佐々木を上に担ぐ偽SOS団結成があると思っているのか?」
「実はそのことなんですが」
「なんだ」
「橘京子—周防九曜のラインが未だに生きています」
「またアイツ性懲りもなく——」
「違います。今回は橘京子はフィクサーをしていません。周防九曜から橘京子へのアプローチです」
「逆?」
「ええ、それで橘京子から『どうしよう』と相談を受けました」
「それでなんと答えたんだ?」
「適切な距離をとって対応しろと、そう言っておきました」
「そんなんでいいのか?」
「いいもなにも、拒否する自由は無さそうですけどね。排除も不可能でしょうし」
変なのと組んだばっかりに腐れ縁の誕生か。難儀なことだな。
「ただ、懸念があるんですよ。橘京子が未だに佐々木さんの周りをウロウロしていて、尚かつ橘京子—周防九曜のラインが生きているということは、橘京子を挟んで間接的に周防九曜と佐々木さんが繋がっていると言えるんです」
「なんだそりゃ、友だちの友だちはテロリストか」
「それはある種の名言ですね。しかし少なくとも周防九曜と佐々木さんは直接接したことがある。互いに知見がありますよ」
「大丈夫だろ、佐々木なら。九曜や橘京子の誘惑なんかにに拐かされることのない、ちゃんと足を地球につけた常識人だ」
「それが過信でなければいいのですがね。僕としては佐々木さんには我々が関わっているもろもろの案件に今後一切関わることなく、普通に有名進学校の生徒として順調に階段を昇っていって欲しいと思っています」
——こういうのを佐々木が聞いたらなんて言うだろう?
「そう言えば藤原は? あいつがいないと偽SOS団全員集合にはならねえだろ。あいつも実はウロウロしていたりするのか?」
「彼の姿は一切見ません。多分もう二度と出てこれないでしょうね。我々の現在、彼にとっての過去に来ることができないというのが正解でしょう。彼のいた未来との時間線は途切れたようです。朝比奈さんたちが四年以上前に行けないように、『涼宮さんが新たな次元断層を生んだから』と朝比奈さん、もちろん僕らにとってお馴染みの朝比奈さんではないほうですが、が言っていました。確かこの話しをするのは二度目で、僕も同意見です」
「ちなみに僕は忘れてはいません。今朝あなたの身に起こったという情報操作の中身について教えていただけますか?」
今度はこっちかよ。
俺のβルートの出来事についても、今回の微少の情報操作でも、なんでか長門が古泉に与えた情報は限定的だったようだ。
俺は渋々、『起きてみたら佐々木の名前を失念していた』こと、同時に『中学時代の卒業アルバムも消えていた』ことを明かした。
明かしたついでに俺はやけのやけっぱちで古泉に言った。
「『機関』の情報力なら佐々木の名前も解るだろ?」と。
「さあて、涼宮さんがやったことですからね。我々がそれを裏切るような真似をするのはね」とのらりとかわされ、却って古泉はその程度で済ませているハルヒの無意識の理性を再び大いに褒め称えたのだった。そして、
「長門さんはそんなことは教えてくれないものでしてね」と付け加えた。
そうかい、俺は声に出さず言った。これはハルヒの情報操作である以上、長門ルートからも佐々木の名前は聞けそうにないってことだな。
SOS団全員が結束し難問に立ち向かうなんて雰囲気はねーな。
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