第4話【調査】

 俺が席に着くや俺の背中はシャーペンの先でつつかれていた。

「ねえ、キョン。国木田たちとなんの話しをしてたわけ?」

「お前がそんなバカ話に興味があるとはね」

「無いわよ。でも今の、バカ話に見えなかったのよね。なに? 国木田の顔? なにかを真剣に考えているっていうか」

 いったいハルヒは俺の話のどの辺から聞いていたんだ?

「あんたが人の顔を真剣にさせるようなこと言うなんて、どんなこと言ったのか気になるじゃない。正直に言いなさい」

 正直、俺は正直者にはなりたくない。『佐々木の名前忘れた』なんて、な。

「中間テストまであと十日、そのことだ」

「あんたまさかあたしを信じてないってわけ? 国木田の方がアテになるなんて思ってないわよね? 一年期末の点数、誰のおかげだと思ってる?」

 そりゃハルヒの口出しもあったことだしな。だが基本は努力した自分のおかげだろうが。が、まさかそれを言うわけにもいくまい。

「実はな、ハルヒ。あれは俺的にはそこそこ満足すべき数値だったが、客観的にはそうでもなかったらしい」

「当ったり前でしょ」

「いや、まあそりゃそうなんだが」 


 期末テストが赤点ライン低空飛行にならなかったのは、ひとえに臨時家庭教師となったハルヒが部室で一夜漬け法をを伝授してくれたおかげである。試験開始の数日前、テーブルに広げた教科書とノートをばらまきながら、ハルヒは言ったものだ。

〝追試や補習なんか許さないからね。SOS団の平常業務に支障をきたすようなヘマは許されないわ〟ってな。


「端的に言って学内のテストはどうにかなっても、学外……いや入試問題といった方がいいが、そっちの方が気になってくるわけだ」

「へえ、あんたでも気になるんだ」

 そりゃ気になるだろ。人をなんだと思ってやがる。

「確か中間の結果が出たら即座に『進路希望調査票』ってのを書いて出すんだったわよね。ははあ解った。それでしょ? あんた達が朝から陰気なオーラ発してたのは」

「進路希望調査票?」


 意表を突かれた。


「なに、まさか違うっての? じゃあなに話していたの?」

「いや、そうなんだ。進路なんだ。なんていうか今年の節分の頃岡部に呼び出されて進路指導された記憶の方が強烈で調査票のことは記憶にあったけど、実は気鬱過ぎて中身をよく見てなかった」

 俺の言い訳を嘘だと見破るかどうかどぎまぎしていたが、

「なんかさ、前に書いたやつは理系とか文系とか国立とか私立とか大まかすぎるくらい大ざっぱな、ただ希望を書くだけの調査票だったけど、今回のは違ってなんか『より詳しく書け』になってんのよね」そうハルヒは口にした。俺も心配性過ぎたようだ。

 だが別の意味で心配せねばならん。中間テストの直後に書いて出せというのは純粋に『希望』を書けばいいってもんじゃない。三ヶ月くらい前のように『国公立大学、どこでもいいから志望です』などとふざけたことを言えない雰囲気がある。

「進路かあ……」ハルヒが窓の外を眺めた。

「ねぇキョン、あたしの進路どこになると思う?」

「それは『受験』ということか?」

「そうよね」


 俺がきっかけ? ハルヒは長門の爪のアカを分けてもらったかのような低エネルギーモードで、物憂げな女子校生役を演じ始めていた。

 ハルヒのダウナー現象、いま再び。


 いや、それは俺も同じだ。佐々木の名前が記憶から飛んだことより考えるべき事があるだろうと、そうどこからか声が聞こえてくるようだ。

 五月だってのになんだか冷えやがる。冷えていると感じるのは俺の心情的なものが加算されているからかもしれず、その原因が『進路希望調査票』であることは疑いない。いよいよ——


 たった一年前の五月はこんなんじゃなかったろう——

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