第3話【同窓】

 国木田しかいないと思った。同じ中学、そして同じ北高生。佐々木を知っていて尚かつ俺の近くにいる人物。既にどう話を持ちかけるかは頭に描いてある。

 俺は教室に入るなり国木田の机へと向かう。既に着席し教科書の整頓をしている。

「国木田」

「やぁキョン。どうしたの? 今日は早いね」

 そりゃおかしな夢を見て、それで気になりすぎちまって早めに家を出ちまったからな。まてよ、古泉はそんな俺に時間を合わせたってのか……? いや、そんなことは今はいい。

「実は記憶力についてちょっと悩んでいてな。中間テストまであと十日くらいだし」

「そうだよね。もう二年だし、進路についてある程度目星をつけなきゃいけなくなるからね」

 ここでも〝進路〟か。まあいい。

「そうなんだ」と相づちを打っとく。

「それで勉強の相談かい? 僕より涼宮さんの方がキョンに合ってるような気がするけど」

「いや俺の記憶力の問題についてハルヒに相談しても仕方ない。どうも記憶力には個人差があるような気がしてしかたないんだ」

 国木田は不思議そうな顔をしている。えーと、ここからどう持ってきゃいいんだろうな。

「つまりだ、人間の記憶力はどこまで過去を記憶し続けられるんだろうな。例えば、その、二年だ。今、二年と言ったが、今から二年前は中学だよな」

「そりゃあそうだよね」

「なんというか中学時代の同級生の名字・名前、そして顔を全て正しく組み合わせて記憶できているか? 須藤とか中河とか岡本とか」

「キョン、不思議なことを言うなあ。まるで佐々木さんだね」

 言われて俺はドキリとする。そうなのだ。その話に持っていこうと企んでいた。読まれてたか⁉

「あれ……でも」と国木田は小首を傾げた。

「名字と顔は一致しても名前……名前の方にどんな字を書くかまでは……あやふやだなあ」

「だろ?」

「キョン、今の、みんなの前では言わないでくれよ。同窓会の話聞いてるだろ?」

「漢字で同級生のフルネームを書くようなシチュエーションは無いぜ」

「そうなんだけど、薄情者と思われるのはね、ちょっと」

「俺なんて呆けたと思われる方を危惧するが」

「まさかキョン、実は幹事で、そういう名前当てクイズみたいな余興を企んでいるんじゃないだろうね」

 いや、そんなことは考えちゃいないが、あっ、そうだ!

「じゃあクイズついでだがさっきお前が言ってた〝佐々木〟、名前はなんていう?」

「あぁ、佐々木さんね。佐々木……さ……。〝きよか〟? いや〝さやか〟だったかな? あれ、なんだか記憶が曖昧だな」

 そういう感じの名前だったろうか? 俺はこの時どんな表情をしているのか。自分で自分の顔は見られないからな。

「お前までそんな調子だとある意味安心するぜ」

「キョン、佐々木さんの名前なんだっけ?」

「答えは卒アルに——」と言い掛けたとき、

「オーッス、キョン、なんだぁ? なんの話だあ? 今、佐々木がどうとか聞こえてきたけど。そう、あれだ。お前の中学時代の——」などと腰を折ってきやがったのは谷口だ。

「谷口、君は中学時代の同級生の名字・名前、そして顔を全て正しく組み合わせて記憶できているかい?」

 国木田は俺が投げたのと同じ問いを谷口にしていた。

「女子ならな。前にも言ったろ? Aランクならフルネームで覚えてるってな」

 谷口が俺と同じ中学出身だったらきっと佐々木の名前もフルネームで覚えていただろう。それでコイツが佐々木の名前を忘れていたら事件発生がいよいよ間違いないって言えただろうな。

 しかしその谷口のつまらん返事から、いやそういうことじゃないんだと国木田との間でやりとりが始まっちまった。終わりそうもない。

 谷口、お前のせいで卒アルの件が中途半端になっただろうが。予鈴が鳴り始める。

「おっと、そろそろ席につかねーと」

 谷口に言われるでもなく俺もそうしなければと思う。ハルヒが教室に入ってきたのだ。

 ちょっと振り返ってみると、国木田はなおも佐々木の名前を思い出そうとしているのか真剣な表情で考え続けているように見えた。

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