1-8 霊能学園へ
アテナの涙も止まり、メロンパンも食べ終えたころ、研究所の方から金髪の男がこちらに向かって歩いてきた。あの神父の言っていた遣いの者だろうか。身長が高く、180センチを超えているだろう。細身ではあるが体格の良い、強面の20代半ばの男だった。腰には長めのチェーンが3,4本ぶら下がっている。そんな彼を見て持った第一印象は「チンピラ」であった。
「神河ケイトってのはお前か」
「は、はい。あの、遣いの方でしょうか」
「ああそうだ。研究所にいないと思ったらこんなところに……。探したぞ」
「ああ、ごめんなさい。ちょっといろいろありまして……」
「ふん。まあいい。俺は
「はい…… わかりました」
その十文字という男は、俺の返事を聞く前から歩き出したため、慌ててあとをついて行った。学園に着くまで無言と言うのも気まずい。何かしら話を聞いてみることにした。
「あの、十文字さん、でしたよね? 学園長から聞いてるって、俺、霊能学園の学園長に会ったことないんですけど――」
「はぁ!? お前知らないのか。とんだ世間知らずの坊主だな」
「ご、ごめんなさい……」
「ふん。まあ、記憶がないんじゃ仕方ねぇか。教えてやる。あの研究所の所長のことだよ」
「えっ! あの人、所長と学園長を兼任してるんですか!?」
「あの方はセイン・デル・クロリス学園長。霊能学園の学園長兼霊能都市特殊霊能研究所長、かつこの霊能都市の創設者にして、世界に守護霊説、霊能主義を広めたお方だ。世界中を飛び回っているうえに、反霊能主義者の襲撃に遭わぬよう、現在地は重要機密事項となっている。会えたのならお前は運がいい」
一瞬で全身の鳥肌が立った。そんなにすごい人だったのか。俺はとんでもない人に鑑定をしてもらったのかもしれない。
十文字さんは一歩が大きく歩くペースが速いためついて行くのに必死だったが、おかげで思ったより早く霊能学園についた。床も壁もすべて白で統一され、一点の汚れも見当たらない。さすが霊能都市の中心だけあって、学内もとてもきれいに整備されていて、まるで近未来の学校のようだった。
まず案内されたのは「実戦演習室」と書かれた部屋だ。実践ではなく実戦という字を見て背筋がぞっとする。自動ドアが開くと、中は真っ白な床と壁があるだけの大空間だった。部屋の中央には二人の人影が見える。俺は先に歩いていく十文字さんのあとから彼らに合流した。
「やあやあ~! 君が2か月遅れの新入生かな~? 霊治隊に後輩が入るなんて、いつぶりだろうねえツトム~?」
やけにテンションの高い女の子が俺の方を見上げていた。身長は俺の肩より低いくらい、短い髪を左右の耳の下で束ねている。背が高めの小学生と言われても疑われないであろう容姿だ。
「ツトメだ。何度も言わせるな。覚えられないなら名字で呼べ」
「も~、つれないなあ~。あ! あたしは
「ど、どうも……神河ケイトです。よろしくお願いします……」
「あはは! 緊張してるの~? かっわいい~! 大丈夫よ、お姉さん怖い人じゃないからね!」
「ええと……」
別に怖くて緊張しているのではない。それよりこの人、自分のことを「お姉さん」と言ったか。ということは俺より歳上なのだろうか。人は見かけによらないものだ。
「もうリリカさん、彼困ってるじゃないですか。もうちょっと気を使ってあげてくださいよ。ごめんね? リリカさんって可愛い後輩が好きだから、嬉しくてしかたないのよ」
次に俺に声をかけてきたのは、西城さんとは対照的に大人びた雰囲気の長髪の少女だった。
「俺、可愛いんですかね……」
「彼女の中ではそうみたいね。私は
「……? それって、つまり?」
「霊能学園へは、鑑定を受けて霊能者の素質があると認められた年に入学するの。だから同学年が同年代とは限らないのよ。先輩だと思ってかしこまらないで、気楽に接してちょうだい」
「そ、そうなんだ。じゃあ、よろしく、イェルさん」
「イェルでいいわ」
イェルの笑顔が眩しかった。十文字さんといい、先ほどの西城さんといい、クセのある人ばかりでどうしたものかと思っていたが、彼女のような人がいると心強い。ふと隣に目をやると、十文字さんが上着を脱いで西城さんに投げつけていた。
「挨拶は済んだか?そろそろ始めるぞ」
「あの、ここでは何をするんですか?」
「霊治隊の仕事では戦闘になることもある。まずお前の実力がどれほどのものか知りたい。俺と模擬戦だ」
「あぁ…… やっぱりそうなるんですね。部屋に案内されたときから予想はしてました……」
「安心しろ、殺しはせん。だが俺はお前に殺されるほどやわではないから、お前は全力で来い」
「でも俺、戦闘はど素人ですよ?」
「だから実力を見ると言っているんだ。今後の訓練の参考にするためにな。武器は好きなのを選べ。俺は素手でいい」
西城さんが持っていた大きなトランクケースを開けると、中には剣やら銃やら物騒なものが大量に入っていた。使ったことのないものばかりで、どうしたらいいかわからない。
「いや……好きなのと言われても、その――」
「槍がいいんじゃないか?」
「はあ!?」
トランクケースを覗き込みながらアテナが急に会話に入ってきて、思わず変な声が出てしまった。霊治隊の三人が驚いてこちらを向いた。彼らにはアテナが視えていないから、俺が突然奇声を上げたように見えたのだろう。
「ああ、いや、そのええと……」
「そうだ、お前は守護霊と話せるんだったな。気にせず続けろ」
「はい…… ちょっと待ってくださいね」
俺はアテナの方に向き直り、小声で話を続けた。
「おい、なんでそんなに乗り気なんだよ。本気で俺に戦えっていうのか?」
「あの胡散臭い神父の寄越した連中だと思うと、一泡吹かせてやりたい気分になってな。ここで実力を見せつけて、先輩方の度肝を抜いてやろう」
「簡単に言うなよ……。俺戦ったことなんてないんだぞ? 見せつけるほどの実力がない」
「大丈夫だ。ケイトには私が憑いている。戦女神の名に懸けて勝利を保証しよう」
「お前、楽しんでるだろ。女神様口調になってる」
「楽しんではいない。楽しみではあるがな」
アテナの表情は自信に満ち溢れている。その真っ直ぐな瞳を見ていると、これ以上反論することができなかった。
「ったく、わかったよ。槍でいいんだな?」
俺はトランクケースから、木製の柄に鉄の刃を取り付けただけの簡単なつくりの槍を取り出すと、ある程度距離をおいて十文字さんと向かい合った。十文字さんは背伸びをしたり、腕や脚を伸ばしたりと余裕な様子だ。対して俺は心臓の鼓動が速くなり、冷や汗と手の震えが止まらない。大丈夫、殺されはしないからと何度も心の中で唱えるが、体は思うように動かない。西城さんは、そんな俺にはお構いなしのようだった。
「じゃあ始めるよ~! よ~い! ど~ん!」
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