俺は言葉を失った。俺を霊能者だと思った住人たちがやったのだろうか。しかしあの中に顔見知りがいたわけではないし、家が特定されるとは考えにくい。神父は一呼吸おいたあと、再び話し始めた。

「誠に残念だが、君たちの家は全壊してしまったらしい。詳しい状況は分からないが、おそらくテロリストの仕業だ。周辺住民には被害はないようだが、そうなると相手の狙いは君たちということになる」

「そんな……。俺たち、これからどうすれば――」

アテナの方を見やると、彼女の顔が青ざめていた。体が小さく震え、何もない床のただ一点を見つめている。

「おい、どうした？　大丈夫か？」

「えっ？　あ、ああ、うん。大丈夫……」

「そうは見えないぞ。家でも俺を狙う奴がどうとか言ってたし、本当は何か思い当たることが――」

「本当に大丈夫。問題ない」

「そ、そうか？　ならいいんだが……。それで、これからどうする？」

しばらく沈黙が続いた。俺たちは帰る家がなくなっただけでなく、本当に何者かに狙われている可能性が出てきたのだ。解決策などすぐに見つかるはずもない。そこに神父はある提案を持ち掛けてきた。

「少年、鑑定を受けたからには霊能学園に入学する意志はあるのだな？」

「ええ、まあ。でもこの状況じゃ、とてもそんな余裕は――」

「学生寮がまだ空いている。そこを使うといい」

「えっ！　いいんですか？　俺、たった今学費も家賃も払えなくなったんですけど」

今まで俺と話していた神父だったが、急にアテナの方へ向き変わった。

「おこがましい話ではありますが、代わりに頼みを聞いてもらいたいのです。アテナ様のお力を見込んでの頼みです」

「……言ってみて」

アテナは真剣な眼差しを神父に向けていた。それを聞いて神父は話を続けた。

「主とともに霊能都市治安維持隊に加入し、この都市を守っていただきたい――」

突然そのようなことを言われて反応に困った。アテナの表情は変わらず、ただ黙って話を聞いている。

「アテナ様は『聖都の守護女神』の異名を持つ女神。人民や都市を守ることに関しては強大な力をお持ちでしょう。周囲の町でもそうですが、特に霊能学園ではここ数年でテロリストの襲撃や反霊能主義者の暴動が急激に増加しております。霊治隊は霊能都市内の精鋭部隊で構成された特殊部隊ゆえ、彼らと行動を共にすれば一人でいるよりはるかに安全です。この都市の治安維持に協力していただけるのであれば、あなたの主の無事は保証いたします」

「んん……。せっかくだけど、遠慮しとくわ」

少し間をおいてから、アテナは冷静にそう答えた。

「『聖都の守護女神』なんてのはずいぶん懐かしい響きね。私もすっかり忘れてたわ。でもそう呼ばれていたのは昔の話。今の私は神河ケイトの守護霊アテナ。顔も名前も知らない人たちも、住んでもいない都も守る義理はないし、自分の主は自分で守る。それが、守護霊たる私の存在理由だからね。話が済んだなら長居するつもりはないわ。行こう、ケイト」

アテナは踵を返し、出口に向かって歩き出した。俺は結構いい話だと思ったのだが、彼女は気に入らなかったらしい。俺は神父の提案を丁重に断ると、急いでアテナを追いかけた。行こうとはいってもどこへ行くつもりなのか……。

「失礼を承知で申し上げますが、」

神父は後ろ姿のアテナに突然話しかけ始めた。アテナは神父に背を向けたまま立ち止まった。

「あなた一人では、主を守れないでしょう？」

「……何が言いたい」

振り返り、神父を睨みつけるアテナの言葉には怒りがこもっていた。先ほどからこの二人の会話には全くついていけない。そんな俺にはお構いなしに話は続いた。

「2か月前の事件のことです。あなたは巻き込まれた主を救えなかった。それ以前の災厄からは、主だけはなんとか逃がすことができたようですが、あの時だけは――」

瞬きをする暇もないほど一瞬の出来事。アテナは数メートル離れていたはずの神父の目の前まで移動し、その首元に槍を突き立てていた。俺の家で一度だけ見せたあの美しい槍が、今にも神父の喉に食らいつこうとしている。

「それ以上言うでない。聖職者といえど容赦はせんぞ」

緊迫した空気の中、神父とアテナの睨みあいが続いた。アテナの放つ凄まじい殺気にも関わらず、神父は顔色一つ変える様子もない。

先に沈黙を破ったのは神父の方だった。

「あなたもわかっているでしょう。もはやあなた一人の力ではどうすることもできないことに。そしてあのような悲劇をもう繰り返したくない、主を失いたくないと思っているでしょう。私はあなたのお手伝いをしたいと申し上げているのです。決してあなたと敵対したいわけではありません。ここはどうか、協力していただけませんか」

「……わかった。あとのことは主に任せる」

持っていた槍は無数の光の粒子となり弾けて消えた。アテナは再び出口に向かって歩き出し、ついに部屋からも出て行ってしまった。すぐに追いかけようとしたが、あの怒り様ではまともに話などできない。少し時間を置いてから詳しく聞くことにしよう。俺は改めて神父と向き合った。

「君の守護霊に失礼な真似をしたことを詫びよう」

「いえ、そんな。こちらこそせっかくいいお話をいただいたのに断ろうとするなんて」

「とんでもない。言い方は悪いが、我々は君達を利用させてもらう立場にいるのだ。断られても文句は言えない。協力してもらえて嬉しいよ」

「そう、ですか」

「礼といってはなんだが、君の持つその力について私の見解を述べよう。参考にしてくれたまえ」

あの鑑定の間にそこまで分かったのか。あくまで仮説なのだろうが、自分の頭ではどれだけ考えてもわからないことだろうし、聞かせてもらえるというのは有り難い。

「おそらく君は、触れた霊体を実体化させることができるのだろう。先ほどアテナ様がそう長く実体を保てなかったのは触れていた時間の問題か、あるいは君の力の制御の問題か、といったところか。前者なら長く触れていれば長く実体を保てるということになる。だがもし後者なら、君の鍛錬次第では、守護霊を自由に実体化できるようになるだろう。そうなれば――」

神父の目つきが急に変わった。その表情はまるで新たな発見に胸を躍らせているようだ。

「この霊能都市に、革命が起こるかもしれん――」