第1章 入学編
1-1 出会い
――ごめんなさい……。私のせいでこんなことに。ごめんなさい、ごめんなさい……
瓦礫の下で瀕死状態となっていた俺は、微かに聞こえたその声で意識を取り戻した。
まぶたを持ち上げる力は残っておらず、顔ははっきり見えない。
綺麗な声の女性だが、誰の声かは分からない。
どうしてあなたは泣いている? どうしてあなたは、そんなに悲しい思いをしている?
泣かないでくれ。俺のために、そんなに泣かないでくれ……。
そしてまた、深い眠りにつくかのように意識を失った――
次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。何日も意識が戻らず、このまま目覚めないかもしれないと医師も諦めかけていたらしい。
あとから聞いた話だが、どうやら俺は、霊能都市内であるテロリスト同士の抗争の現場に偶然居合わせていたために、爆発に巻き込まれ、崩壊する建物の下敷きになってしまったらしい。それがどこまで本当なのかは定かではないが。
というのも、俺にはその事件以前の記憶がない。俺の記憶の初めにあるのは、誰かが泣きながら、何度も何度も俺に謝っていたことだ。
持ち物の中の身分証と、召集令状らしきものから次のことが分かった。
俺の名前は「
この施設では当時、霊能者である可能性がある者の鑑定を行っており、合格すれば霊能者が集い、勉学と鍛錬に励む「霊能学園」への入学が認められるというものだったらしい。当日に病院に搬送され、鑑定を受け損ねた俺は、もうこの学園に用はないのだが。
リハビリ期間含め約2か月の入院生活を終え、ようやく外に出ることができた。全身火傷、全身骨折、出血多量、内臓破裂、意識不明という絶望的な状況に陥ったにもかかわらず、わずか2か月で退院できたというのは、やはり最先端医療設備が集中している霊能都市のおかげだろう。
身分証には住所も書かれていたため、病院で地図を出してもらい、正面玄関から外に出た。日の光と風が心地よい。久しぶりの外の世界だ。
駅はどちらだろうかと辺りを見渡すと、すぐ近くの壁のかげから誰かが隠れてこちらを見ているのを見つけた。女性だった。全身を純白の布で包んだその姿は、現代の人がしているような服装ではなかった。古代ヨーロッパ人の彫刻が着ているような、シンプルな装い。キトン、とかいう衣装だったか。顔立ちはとても美しく凛とした雰囲気を漂わせ、金髪とも銀髪ともとれるような淡い色の髪が肩より少し下まで伸びていた。俺と同い年か、少し年上にも見えるが、俺の知り合いだろうか。
「あのー、どちら様でしょう?」
彼女は一瞬体をビクッとさせた後、後ろを確認しているが、もちろん後ろには誰もいない。
「いやいや、あなたですよ。俺の知り合いですか? ごめんなさい、実は俺、記憶がなくなってしまって――」
「あなた、私が視えるの!?」
突然のことで俺は言葉を失った。どういうことだ。普通彼女は視えないはずなのか。それとも俺は幻覚でもみているのか。
数え切れないほどの疑問が一瞬で頭の中を埋め尽くす。
「そ、そそそそんなはずない! だって今までいいいい一度も私に気がついたことなんてないのに、どど、どうなってるの!?」
彼女は明らかに動揺している。こちらも少なからず動揺はしていたが、とりあえず一旦落ち着かせないとまともに話もできない。
「ま、まあ落ち着いて、ね? よくわからないけど大丈夫だから、落ち着いて話を聞かせてもらえ――」
「ごめんなさいいいいい!」
そう言って彼女は走り去っていった。追いかけようとも思ったが、退院したてのこの体では到底追いつけない。そのまま彼女の姿が見えなくなるまで立ち尽くすことしかできなかった。
帰り道、俺は彼女のことしか考えられなかった。彼女は一体何者なんだ? 今まで一度もとはどういう意味だ? 俺が事件に巻き込まれる前から、俺と何らかの関わりがあるのか?
帰り道を覚えていないうえにそんなことばかり考えていたから、乗る電車を間違え道を間違え、我が家に着いた時にはすっかり深夜になっていた。どこにでもあるような小さめのアパート。俺はここで一人暮らしをしているらしい。
持ち物の中に鍵があったはずだ。俺はそれを使って玄関の鍵を開け、2か月ぶりの我が家に帰ってきた。とはいっても記憶がない。まるで他人の家に忍び込んでいる気分だ。壁伝いに暗い廊下を渡り、リビングに入った。部屋は真っ暗で何も見えない。照明のスイッチはどこだ。記憶がないというのは本当に不便だ。俺は壁に手を当て手探りでスイッチを探した。
……あった。幸いまだ電気は止められていなかったらしく、そのままスイッチを入れると、明かりが点いた。これでやっと見えるようにな――!?
先ほどの女性がいた。こちら向きに膝を抱えて床に座っていた。俯いていて顔はよく見えないが、間違いなくあのとき逃げていった女性だ。
……なんて考えている場合じゃない! 部屋を間違えた!? 彼女も顔を上げ、こちらに気づく!
「いやああああああああああああああああああああ!!」
「うわああ! ごごごごめんなさい! ま、まち、ま、間違えました! す、すぐに出ていきますから!」
「ま、待って! 違うの! ここはあなたの家であってるの!」
「……え?」
「そう、あなたの……家……なの……ここは……」
声が震えている。彼女は泣いていたのだ。しかも、おそらくかなり前から。ずっと。
「ごめんなさい、私、もう出ていくから――」
「待って」
窓の方に行こうとする彼女にそう言うと、彼女は立ち止まった。窓から出ていくつもりだったのだろうか。だがそんなことは後回しだ。
「俺のこと、知ってるんでしょう?」
「……知らないわ」
「そんなはずない!病院から出たときずっと俺を見ていたし、ここが俺の家だと知っていた。無関係ではないはずだ!」
「……」
「教えてもらえませんか?あなたのことと、俺のこと」
彼女はこちらに背を向けたまま膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って静かに泣いた。
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