第十七話 ~ 会って殴る ~
第十七話 ~ 会って殴る ~
ただただ、愕然としていた。全く同じ顔、全く同じ容姿、今思えば、確かに声も似ていた気がする。だが、これは一体どういうことなんだ。
誰もがその事実に戸惑う中、ゲオルギーだけが耳障りな笑い声を上げていた。そして、一頻り笑ったあと、興奮冷めやらぬ様子で言う。
「......っは!!!やっぱりあなただったのですね!!探しましたよ、オリジナル君!」
その発言に、
視線が
「おやおや、いたんですか、ニセモノ君?」
にたぁ、と笑みを漏らしながらゲオルギーが言う。
その言葉に、
「君は優秀だったよ!バイタルも正常、投薬による拒絶反応もない、まさに理想! ......クローンとしては、ね」
ゲオルギーが上擦った声で褒め称える。これだけの人数の中、ゲオルギーただ一人が声を発していた。
「クローンにはクローンの使い道がある。それはそれで役に立っていたんだ。ニセモノはニセモノだから価値があるんだよ?」
「......っ!! ふざけないで!!」
我慢ならない、と言った口調でアンリが声を上げた。立ち上がったアンリは、何故か目を腫らし、顔を赤くしていた。
それを見留めたゲオルギーがまたも歪んだ笑みを浮かべる。
「おやぁ? アンリ・ビショップリングでしたっけ?
そう言いながら、ゲオルギーが
だが、それだけでは終われなかった。一度爆発した感情は止まらない。
「そんな事どうだって良いわよ!
その発言に皆が目を丸くする。言われたゲオルギーも余りの声量にたじろいだ。
そんな事はお構い無しに、アンリは続ける。
「
アンリが口許を押さえて、膝から崩れ落ちる。感極まって、次の言葉が出なかった。そんなアンリに少なからず
アンリの声で静まり返った室内。アンリの嗚咽だけが響く。ゲオルギーも、こんな風に激情を見せられたのは初めてだったのか、一瞬呆気に取られてしまった。
それが、命取りだった。
「
『了解』
それを見た兵達が、ようやく我に帰って
ブリッジ全体が揺れ始め、突如床が抜ける。さすがに重力には逆らえず、崩壊し始めた中央から、皆が落ちていく。
「
そのまま落下していく
「......え?」
差しのべられた手に、
「
選択肢は無かった。この男にはまだ、聞かなければならないことがたくさんある。何も分かっていないのだ。何も知らないのだ。自分さえも。
「ごめん、アンリ」
アンリに聞こえるとは思えなかったが、自分の気がすまなかった。それだけ呟いて、
そのまま
「どうなってるの? これ」
「ただの張りぼてだ。何人かには気付かれていたようだがな」
軽く言いのける
「着いたぞ、乗り込め」
「......っ!! これって......!?」
重々しい扉が開き、出てきたのは、一体の
白塗りの機体は穢れなく、所々に入れられた淡い水色のラインと合わさって聖遺物のような神々しさを感じる。丸みと鋭さを兼ね備えた美しいフォルムだ。頭部から伸びる一本の刃のような角は鬼神を思わせる。そして、最大の特徴は天使のような翼を背中に持っていることだ。
その見事なまでに洗練された造型美に、
「ぐずぐずしている暇はないんだ。行くぞ」
そう言って
「A、L、I......C、I、A......アリ......シア?」
「そうだ。様々な国の、最新技術が詰まった機体だ」
「よし、行くぞ!」
白い尾を引きながら暗い宇宙空間を飛ぶアリシアの姿は、美しいの一言に尽きる。デブリを避けながら進む様は、まるで雷光だ。
アリシアのコックピットは二人用で、三人が入っても意外と窮屈な感じは無かった。恐らく主操縦と思われる方に
「アステラ連合王国と呼ばれる中立国が
キーボードに何かを打ち込みながら、
以前乗った
「まあ、最新鋭機と言ってもほとんどがエンジニアの趣味で出来た機体だからな、戦闘となるとどうなるのか......」
言いながら
「そう言えば、アンリ達って大丈夫なの?」
「あぁ、あの下にはふかふかのスポンジを敷き詰めてやった、だから傷を負うことは無いだろう」
と、後方のランプが点滅し、アラームが鳴った。モニターの隅に後方の映像が表示される。そこには機体が二つ映し出されていた。
「......っ!! ティルピッツ!?
「最悪だな、ビスマルクもいる」
FCCO-B01 Bismarck。ティルピッツの同型機だ。
同型機と言うだけあって、機体自体は比較的似ている。だが、
鮮やかな紅を発するティルピッツと異なり、ビスマルクは闇と同化するかのように漆黒だ。まるで、闇が動いているようにすら見える。
「ユーロ連合の智将、アンドレイ・ガイダル......か。厄介だな」
「極度の
『君は......
「ああ、そうだ」
アンドレイの問いに
『そうか、先程はすまなかった。礼を失した言動、謝らせてくれ』
そう言って、アンドレイがモニター越しに頭を下げた。その行動に、
父のように優しい人であることは感じていたが、これから戦おうとする相手に謝るとは思いもしなかった。
だが、
「俺は別に謝って欲しい訳ではないのだが?」
なぜここまで淡々とした物言いが出来るのかと、逆に感心する。挑発と取られてもおかしくないくらいだ。
だが、アンドレイは尚も頭を下げたまま、今度は質問を口にした。
『君は......幸せか?』
僅かに声が震えているように聞こえたのは、気のせいではないのだろう。顔を上げないまま、アンドレイは返答を待つ。
「幸せ......か、どうだろうな。考えたこともなかった。今までは生きることで精一杯だったからな」
言いながら、
「だが、今は幸せなのかもな」
その言葉に、アンドレイは何を思ったのだろう。何を意図した質問だったのだろう。ただ、ようやく上げた顔は、軍人のものに変わっていた。
『変な質問をして悪かったな。......お詫びと言うわけではないが、今降伏してくれれば身の安全くらいは保障してやれるが?』
アンドレイにとって、それは決まり文句みたいな物だったのだろう。だが、予想外に、予想から大きく外れて、
「ふむ、良いだろう」
『......?!』
「ゆ、
思わず、声が出た。それはそうだろう。敵の甘い言葉を鵜呑みにするような人間がいるなど、誰が思うだろうか。
「だが、もちろん条件付きだ」
この言葉にも、
そんな型破りな、大胆な言葉に、アンドレイは気に入ったのか、続きを促した。それを見た
「俺からの条件は、
肝が冷えた。これが交渉と言えるのだろうか。降伏を提案した側が、いつの間にか降伏をしろと言われているのだ。無茶苦茶だ。無茶苦茶だが、こんなことが出来る人間が他にいるのだろうか。
アンドレイが堪えきれずに笑い出す。先程作った軍人の顔はすっかり剥がれてしまっていた。
『......っは!! 予想以上にやんちゃだな、小僧!』
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
『ああ、そうしてくれたまえ!』
アンドレイは楽しそうに言う。それと同時に、ビスマルクの右手に黒い光が現れる。それは徐々に形を為し、大きなハンマーへと形成された。闇を切り取った様な漆黒のハンマーだ。
『行くぞ! 青年!』
言うが早いか、ビスマルクのブースターが点火する。それは、交渉の決裂と共に、戦闘の開始を告げるものだった。
「
「言われなくても分かってる。しっかり掴まっていろよ!」
ビスマルクに続き、
異様に柔らかいスポンジの上で、アンリはうちひしがれていた。頬を伝った雫の跡は、すっかり乾いてしまった。
「あーあ、フラれちゃった......」
気をまぎらわす為に呟いたのだが、どうやら失敗だったようだ。現実が押し潰してくる。唇を噛み締め、腕で眼をおさえ、拳にこれでもかと言うくらい力を込めて、破裂しそうな気持ちを必死で抑える。
周りでは、事態の収拾と、状況の把握で沢山の人がいろいろと言い合っていた。それはもううるさいくらいに。
けれど、逆にそれで良かったのかもしれない。誰も、私に気づかないくらい忙しそうにしてたから。
「アンリ!」
不意に、誰かがアンリの名前を呼んだ。緩慢な動作で頭を巡らせ、赤く腫れた目で呼ばれた方を見る。霞んでよく見えなかったが、悔しいくらいのイケメンオーラで誰かはすぐに分かった。
「とお...る」
「よかった、怪我は?」
聞かれた問いに、首を横に振って答える。
「心配、し過ぎ」
あれだけ叫んだ反動か、少し喉が痛かった。なんだか、胸も痛い。どこかで打ったのかな。
「そりゃするだろ......」
「そっか、ごめん......」
「謝るなって、俺が好きでやってんだから......ったく」
「フラれたな」
アンリの肩がびくっと跳ねる。デリカシーが無いにも程がある発言だ。
「実はさ、少し嬉しかったりした。あの時、
「......どういうこと?」
アンリが寝転がったまま、
「そ、そのさ。俺、アンリの事が......好きなんだ」
「ごめん、ムリ」
「はやっ!!」
違う、きっと自分と同じ、惨めな仲間が欲しかったんだ。そして、
「俺もフラれたな......はは」
強がって、透が笑って見せる。その笑顔が辛くて、アンリは体を起こして膝に顔を埋めた。
「じゃあさ、アンリは、誰が好きなんだ?」
「......」
「アンリは、どうしたいんだ?」
私が、したいこと......。
そんな事、言わなくても分かってるはずだ。私がしたいこと、したいことは......。
「......
「あはは、それでこそアンリだ」
アンリの肩を軽く叩いて、
「行くぞ! あいつを殴りに行くんだろ?」
「あ、うん」
「その......ごめん」
「だから、謝んなって、言ったろ? 好きでやってるって」
「うん、ありがとう......」
「ああ、準備してこい。許可は取っておくから」
もう
「イケメンに自己犠牲は似合わないぞ」
唐突に掛けられた言葉に、
「そう...ですね。自分には、荷が重すぎました」
感情に負けそうになるのを堪えているのは、アンリの為だろう。後ろから声をかけた
「少しは自分を大切にな」
「......はい」
それでも、
力無く笑うその顔は、ただただ、哀しかった。
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