第十六話 ~ 雪夜 ~
第十六話 ~
だが、今回ばかりは違った。
「どういうことですか!? あそこは中立地帯ですよ!?」
声を上げたのは
「あそこには、戦争を知らない人達がいるんですよ!? そこに攻め込もうって言うんですか!?」
戦争が嫌で、中立国家へと亡命する人は少なくない。
そんな人達の住む場所を戦地にするには、些か以上に気が引けた。
「上からの命令だ」
だが、
「失望しましたよ、
そう言い放ち、
「あそこに、
ブリッジを出ようとした足が止まる。
「
「出来れば、私情を抜きに任務を遂行して欲しかったのだがな。それと、別に攻め落とすつもりもない。そこは安心しろ」
「
元気な声でそう言って。
ふう、と溜め息を吐く
「だから初めから言っとけって言っただろう?」
「そうですね、言っておくべきでした」
「
今度の問いはアンリだ。この少女の普通の会話を聞くのは久しぶりかもしれない、等と
「
「あぁ、いや、なんでもない。実際に報告されたのは、
その話を聞き、アンリが僅かに目を伏せる。確定ではないのだ。あくまで憶測だった。
「だが、奴がいるなら
「......」
「......なんだ?」
アンリが驚いたような顔で
「あ、すみません。心配してくれていたんだな......て、思って」
「お前が心配を掛けるような顔をしているからだ。皆の士気に関わる。戦地で笑顔を見せろとは言わないが、もう少し元気でいてくれないとこちらが困る」
表情に変化は無かったが、いつもより饒舌になる。少し気恥ずかしくなったのだろう。そう思うと、親近感が湧いて、自然と顔が綻んだ。
「ありがとうございます、
「......気にするな」
自分で自分の頬を叩き、アンリは気を引き締め直した。
デパートから三人が出てくる。今日は太陽光の入りも良く、ショッピング日和だった。
前を歩く男女二人は次に行く店の話し合いをしていた。話し合いと言っても、少年の方が選び、少女がそれに頷くだけなのだが。それでも、二人は何処と無く楽し気だ。
一方、一、二歩遅れて歩く青年は、大層な荷物を抱えていた。真っ黒なサングラスは、もうこの青年のトレードマークになっている。表情を隠す意図も持ち合わせたそれは、しかし、笑みの形を作った口許までは隠せていなかった。文句など一つも言わずに、荷物を持っている。
「次、ここ行ってみない?」
「......うん。みずきがそう言うなら」
「
目的地に対する是非を問うつもりが、その手に持った荷物の量に驚き、ついついそちらを聞いてしまった。
「気にするな。言ってるだろ? 好きにして良いって」
だが、当の本人は毎回こんな感じだった。
「そう? なら良いけど......」
もちろん、
だが、
「そう言えば、なんで
「ん? 悪い、聞いてなかった」
インカムを耳から取り外し、改めて言うように
「あ、ごめん。えっと......
「言ってるじゃないか。お前に楽しんで貰いたいんだ、と」
「だから、なんで?」
「......その理由はまだ言えないな」
連れ去られて初めて聞いた時も同じ事を言われた事を思い出す。きっと、それなりの意図があるのだろうが、それは
「それで、状況は?」
『
「予想以上に早いな。規模的に見ても、こちらの居場所が割れたと考えた方が良さそうだな」
『それで間違いないかと、オイローパの姿も確認できましたし。このままでは挟み撃ちに会うかと』
「まだ不安要素は残るが、仕方無いか。
「了解」
短い返事を残して、
二人の会話はまだぎこちない。こんな二人を残す訳には、いかないだろう。
「
「......? なに?」
「荷物を置いてくる、さすがにこれ以上は持てない」
「だから、俺も持つって......」
「いいから、お前は
そう言って、
なんとなく、首を傾げる。随分と唐突な申し出だな、と思った。先程話していた相手と何か関係があるのだろうか......と、これもまた唐突だったが、頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
「
口に出してから、後悔する。もし答えがイエスなら、
けれど、
「
「......? どういう......こと?」
「分からなくても......いい」
伏せられた瞳が揺れるのを見て、それ以上追及するのをやめた。
自由をくれた、と言うのは、あのドームから連れ出したことなのだろうか。そう考えると、
いや、今もそうだ。今も、
けれど、空っぽにしたとはどういうことなのだろうか......。
余計な思考に入りかけて、
「......?」
胸騒ぎが止まらない。どくどくと、鼓動が大きくなる。
「みずき......?」
冷や汗を浮かべる
大丈夫、と言おうとしたが、それも憚られた。何かが、何かが起こる気がした。
直感の類いだ。確証はない。無いけれど、
「
言い掛けて、一際大きく揺れた。周囲の人々がパニックになる。今度は気のせいではない。
説明している余裕はないと思った。
この状況が、何だかとても懐かしく感じた。
コーラル・シーに戻ろうとしたが、やはり簡単ではなさそうだった。宇宙港に続く道は、ほとんど全てが封鎖されている。恐らく、
「くそっ!」
目の前にあるゲートまでは数十メートルだ。だが、その為に十人近くを相手にするのは無謀だった。自分にも
そんな
「こっち......」
「え?」
「ここ......」
「ここ?」
マンホールの蓋を明けると、下の方に光が見えた。水気も感じない。なるほど、ここから港に行けるわけだ。
ぐずぐずしている暇もない。迅速にマンホール内を進む。
降りてしまえば、中は意外と広く、人一人が余裕で走って行ける程だ。
ここまで来ると、銃撃戦をしている音が聞こえる。急がなければ。どうして? そんな事を考える余裕はなかった。
「
ブリッジに入るや否や、
「
目の前で人差し指を口に当てているのは、
だが、皆の視線は、銃口は、取り押さえられた
「
銃口を向けられている
「お久しぶり、だよねぇ?
粘着質な声を出すのは、ゲオルギーだ。こちらも、いつものように白衣を身に付けていた。
「覚えてるかなぁ? よく面倒を見て上げたものだけれど......。それとも、人違いだったかなぁ?」
「......」
ゲオルギーの問いに
ゲオルギーが喉の奥でクツクツと笑う。ふと、ゲオルギーが何か名案を思い付いたように顔を明るくした。
「せっかくの再会じゃないか。面と向かって話そうじゃないか」
ゲオルギーの言葉と共に、
それでも、何かに吸い寄せられるように、
「......っ!!!」
それに凍り付いたのは、
アンリも、
それを現実と受け止めてしまえば、自らが崩れると、本能的に感じ取っていた。
そこにいたのは、自分だった――――――
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