第十五話 ~ 自由なひととき ~

第十五話 ~ 自由なひととき ~


 瑞希みずき達が訪れたのは、商業用のスペースレジデンス。ある中立国家が所有、管理している宇宙居住区だ。どんな小細工をしているのかはわからないが、コーラル・シーは簡単な検査の後、着港を許可された。

 街は、商業都市らしく活気に溢れており、人の熱気に圧倒される。見上げれば、反射鏡を用いて取り込まれた太陽光が、地球と遜色ない強さで降り注いでいた。気候も、半袖で丁度いい気温や湿度で保たれている。

 瑞希みずき達は中心街に来ていた。別段着飾っているわけでもないが、流石に軍服では歩けないので、皆、普段着だ。瑞希みずきの服は、雪夜ゆきやから借りているものだ。しおりはグレーのワンピース、雪夜ゆきやは何故かアロハシャツにサングラス、叶愛かなえは艦で待機、といった感じだ。

 雪夜ゆきやしおりが並んで歩くのを、瑞希みずきは一歩引いたところで見ていた。

「......」

 正直、なにを考えているのか全く分からない。瑞希みずきが自分の衣服を確認する。だが、特に何か細工をしているようには見えない。もちろん、手枷なども何一つ付けられていない。舐められていると言うことなのだろうか。

 頭の中でいろんな思考が駆け巡る。そうしないと、別の事で頭が一杯になりそうだった。

「どうした?こんな街に来るのは初めてだろう?もっとはしゃげよ」

 雪夜ゆきやの口調は、あの時から全く変わらない。ということは、変わったのは瑞希みずきの印象だろうか。

「おっと、大丈夫か?」

 男の子が、雪夜ゆきやにぶつかって尻餅を着く。それを、雪夜ゆきやは介抱する。当たり前の光景なのだが、この男がやっているところを見ると、複雑な気分だ。

「あんま走るなよ」

「うん!兄ちゃん、ありがとう!」

 立ち上がった男の子が、雪夜ゆきやに手を振って走り去る。

「走ってるし...」

 自分の忠告が反映されていないことに若干溜め息を吐きながらも、雪夜ゆきやは手を振って男の子を見送る。

 この男は思った以上に優しい人間のようだった。普通の、ありふれた人間だ。誰かが困っていれば声を掛け、頼まれてもいないのに助けてしまう。そんな男だ。

 それとも、今までの行為の罪滅ぼしのつもりなのだろうか。

「......」

 瑞希みずきの頭では、疑うことも、信じることも、難しい。

「みずき......?」

「わっ!」

 思考に耽っていた瑞希みずきが、しおりに突然声を掛けられて驚く。いつの間にか、二人の間を歩いていたようだ。

「大丈夫?」

「え?あ...うん」

 しおりの問いに対する返答が素っ気なくなる。しかし、しおりはそれを気にした風もない。それが逆に瑞希みずきの胸を締め付けた。

「何か考え事か?」

「え......?」

 まさか雪夜ゆきやに心配されるとは思わず、呆けた返事になる。それが気恥ずかしくなって、顔を逸らす。

「別に......」

「そうか」

 雪夜ゆきやが心から安心したように言う。堪らず、瑞希みずきが聞き返した。

「なんでそんなに心配してくれるん......ですか?」

 なんとなく敬語が出た。自分でもおかしいと言うことは自覚しているから、雪夜ゆきやの微妙な表情に殺意が湧く。

「そうだな......お前が不自由だと、俺が困るから......かな」

「......?」

 雪夜ゆきやの発言の意味が取れず、瑞希みずきの頭の上で疑問符が舞う。

「とにかく、せっかく自由なんだ。楽しまないと損......だろ?」

 口許が笑みの形になる。どちらにしろ、その意図は分からないままだが、雪夜ゆきやの発言は一理ある。だが、瑞希みずきにはもう一つ、気掛かりなことがあった。

「俺が楽しんでいる間も、皆は戦っているんだよな......」

 アンリやとおるいつき達の事が、どうしても気になった。自分一人が楽しんでいいのかと、そう思うのだ。何より、自分達が追っていた人物が目の前にいるのだ、それを放っておいていいのか、分からなかった。

 それでも、瑞希みずきにそれを判断することは出来なかった。だって、しおりがあんなに穏やかな顔をしているのだから。

「ゆう......えんち......」

「......は?」

「遊園地に、行きたいです。行ったこと無いので......」

 顔を真っ赤にして、瑞希みずきが言う。昔、そんな話を母にした気がするのだ。それも、あんな施設の中にいた自分には、本物かただの幻想かの区別は付かないのだが。

「女子かお前は......」

 そう呟いて、雪夜ゆきやは歩みを速める。

「あ、ちょっ!」

 瑞希みずきの制止も虚しく、雪夜ゆきやはてくてくと進んでいく。やっぱりだめか、と瑞希みずきが少し項垂れる。それを見留め、雪夜ゆきやが足を止めて振り返った。

「どうした、行くんだろ?遊園地」

 雪夜ゆきやがわざと遊園地を誇張する。それに赤くなりながら、瑞希みずき雪夜ゆきやの後を追った。

 まずは雪夜ゆきやの真意を探る。遊園地はその言い訳だ。そう自分に言い聞かせ、己を正当化する。

 現実逃避なのは分かっている。分かっていたけど、その蜜は味わっておきたかったのだ。例えそれが、誰かの犠牲の上に成り立つものだと知っていても。


 紅峰あかみね隊は、G.C.O.ジーコ本部に召集されていた。G.C.O.ジーコの本部は、起動エレベータの一つ、『アーキュナイ』の末端にある施設だ。『グロリア』というのが、本部の名称である。

 その中の一室、ユーロ方面司令部室に、いつき一人が呼び出された。

紅峰あかみね少佐、この報告はどう言うことかな?」

 豪勢な椅子に座った男が、いつきから渡された書類を机の上に投げ棄てる。それを目の端で追いつつ、いつきは直立不動を貫いていた。

 男の名はルドガー・アーチボルト。言うなれば、いつきの直属の上司に当たるのだろう。

「申し訳ありません、アーチボルト司令」

 いつきが素直に謝罪の言葉を述べる。だが、それで許されるほど、優しい世界ではない。

「保護対象をみすみす敵に渡したとなっては、厳罰も免れんぞ?」

 ルドガーの目に鋭さが増す。白髪混じりの頭からは想像が付かないほどの覇気だ。深く刻まれた皺には、いつきとは比べ物にならない経験を感じる。

「それは覚悟の上です」

 しかしいたって冷静に、否、あえて冷静にと言った方が正しいだろうか、いつきはそう切り返した。

 ルドガーの眼光が一層鋭くなる。それでも、いつきはルドガーから目を離しはしなかった。

 やがて、ルドガーが根負けしたように溜め息を吐く。一度伏せた目を、再度斎いつきに向けたときには、眼光の鋭さは無くなっていた。逆に、愁いを帯びているように見える。

「あれから、随分変わったな......」

 その言葉に、いつきは応えない。それを分かっていたのだろう、ルドガーが遠くを見ながら口を開く。

「ここに初めて来た時は、死んだような目をしていたのにな」

「......」

 いつきは無言だった。表情も変えず、ルドガーを見続けていた。何かを考えていたのだろうか。それとも、何も考えないようにしていたのだろうか。

 再び、ルドガーが溜め息を吐く。

「こんなことを話している場合ではなかったな。すまない」

「いえ」

 ルドガーの詫びに、いつきが短く返す。

「実際、私は君を罰するつもりはない。それ以上に働いてもらっていることをこちらもよく知っている」

「ありがとうございます」

 ここで初めていつきがルドガーから目を離して頭を下げる。それに気まずい顔をしたのはルドガーだ。

「そう改まらなくていい。言っただろう、こちらも君がいてくれて助かっているのだ」

 そう言って、ルドガーは椅子に座り直す。そして、改めて本題を切り出した。

「この間の件、君はどう思った?」

 いつきが、僅かに反応を示す。『この間の件』というのは、大体予想が付く。だが、それを自らに尋ねる事にいつきは引っ掛かった。

 それを察したのか、ルドガーが補足を入れる。

「いやなに、私も彼に肩入れするつもりはないが、どう考えても矛盾していると思ってな」

「と、言いますと?」

「彼の目的は、彼女の奪還に相違無いだろう。だが、なぜあの子まで連れていく必要があったのかと思ってな」

 ルドガーの言葉に、いつきは一瞬眉根を寄せる。いつきには心当たりがあるのだ、雪夜ゆきやが、瑞希みずきを連れ去った心当たりが。

 だが、いつきはそれをルドガーには告げなかった。

「テロリストの心理は分かりかねます」

 代わりにそれだけを述べ、追及を拒絶する、ルドガーもそれ以上何も言わなかった。

 だが、二人の思考は一致していた。何が起きているのか、それは明白だった。

「ユーロ連合にも......いや、G.C.O.ジーコという組織にも、些か深すぎる闇が根付いているようだな」

 幾度目か分からぬ溜め息を点き、ルドガーは瞑目する。

 発展していく世界がもたらすものは、光だけではない。大きすぎる光は、それに対応するほどの影を作り出す。光に目を向ければ、その影には気付かない。そして、光に近付くほどに、影もまた、大きさを増すのだ。

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