第十三話 ~ 再会 ~

第十三話 ~ 再会 ~


 中は、まさに地獄絵図だった。真っ赤な液体が、表面張力によって綺麗な球体を象って浮遊する。人の形を保っている者は片手で数えられる程だ。殆どはその身を食い荒らされている。もちろん、動いている人間は誰一人いなかった。

 施設内には、小型だけでなくβベータ級などの比較的大きな個体までもが浸入していた。隔壁が正常に機能したため、すぐに地球へ向かうアレスはいなかったが、それも時間の問題だろう。アレス達は新たな餌を求めて、歩みを始めていた。

「どうする?」

 出雲いずもいつきに問い掛ける。その顔はいつになく険しい。モニターに映る映像を、皆、一様に痛ましい表情で見ていた。

「全て駆逐するしかないでしょう。外側の隔壁を閉じさせて下さい。入って殲滅します」

 いつきは、当然と言った口調で出雲いずもに返す。出雲いずももそれを肯定した。

「各員はCR.A.D.クラッドとスーツを着用した後、アレスを撃滅する。これ以上ここに負荷は掛けられない、よって、ANアームノイドは使用できない。気を引き締めろ、いいな?」

 いつきの号令がかかる。その声に合わせて、準備の出来た者からオイローパを降りる。瑞希みずきも、なけなしの拳銃と小刀を持って降りていく。

 実際にその目で見ると、凄惨と言わざるを得なかった。ヘルメット越しでも、その場に立ち込める臭気を感じた気がして、吐き気を催す。だが、そんな事をしている暇は無かった。

 ηイータ級の一体が、瑞希みずき達に気付いた。気持ちの悪い動きをしながら、泳ぐように近付いてくる。慌てて、拳銃を正面に構える。だが、瑞希みずきにとって宇宙空間、すなわち無重力下というのは初めての経験だった。

「わっ...わっ!」

 慣れない環境で、姿勢を保つのも困難だった。そんな状態で、照準なんて合わせられるはずがない。足手まといだと自覚した頃には、もうどうしようも出来なかった。

 ηイータ級の口が目の前を埋め尽くす。ひきつった悲鳴が漏れでるのを必死で堪え、拳銃をηイータ級のこめかみに当てがう。

 震える指に力を込め、引き金を引いた。無音の光がηイータ級を貫き、活動を強制的に止める。鼓動が耳元で鳴り響いているのに気付き、平常心を取り戻そうと周囲を見渡す。他の人も、瑞希みずき程ではないが、無重力という特殊な状況に戸惑った様子だ。

 そんな中、遥かに次元の越えた動きをする二つの人影があった。一つは我らが隊長、紅峰あかみねいつき。そしてもうひとつは。

『よぉ、紅峰あかみね!』

 随分と馴れ馴れしい男。ヘルメットから覗く顔はどこか幼さを持っているものの、快活な青年といったイメージだ。ツンツンとしているのであろう金髪は、ヘルメットに無理矢理押さえ付けられている。筋肉は無駄のない付き方をしており、戦闘を得意としていることがよく分かる。

 だが、何より目を惹くのは、手に持った黒い鎌状のCl-Asクレイスだ。それを使って、アレスの身体を容易く切り裂いていく。

「すごっ......」

 思わず、感嘆の声が出る。無重力という状況をフルに活かした三次的な動きは、目で追うことも難しい。

 しかし、それすらも凌駕する事実を、瑞希みずきは耳にすることになった。

『久しいな、ビショップリング』

『おう!一年ぶりだ!』

 今、なんと?ビショップリング?聞き覚えが......。

『お、お兄ちゃん!?』

 嫌な予感が的中した。乙女な可愛らしい絶叫に、青年が真っ先に振り向いた。

『アンリの声がしたぞ!?』

 キョロキョロとアンリを探しつつ、アレスの殲滅は止めない。シスコンのようだが、実力も本物だ。

 青年がアンリの位置を特定したらしく、そこへ急進する。アンリに避けられ、壁に激突するまではお約束らしい。

『リカルド兄さん!今は控えてください』

『さっきはお兄ちゃんて呼んでなかったぁ?』

 通信越しからでも、リカルドの笑みが窺える。本当に久しぶりの再会なのだろう、心なしかアンリの声も上擦っていた。

『ビショップリング......と呼ぶとまぎらわしいな』

『リカルドで良いって』

『ん、そうか。ならリカルド、何故ここにいる?S.O.F.I.A.ソフィアは全て駆り出されていると聞いたが......』

 聞き慣れない言葉に、瑞希みずきが首を傾げる。それに気付いたアンリが、そっと耳打ちしてくれた。正確にはプライベートチャンネルで教えてくれたのだが。

S.O.F.I.A.ソフィアって言うのは、軍からは独立した権限を持つ、十二人の特別な人達の総称なの。と言っても、基本的には皆G.C.O.ジーコに忠誠心を持っているから、命令を拒否してまで何かする人は少ないけどね』

「ふーん。アンリのお兄さんはすごい人なのか」

 それだけ?!という顔を見せるアンリを他所に、瑞希みずきいつき達の会話に耳を傾ける。

『お前達を迎えに来たんだよ。アンリには驚いたけどな』

『迎え?そんな話は聞いてないが......まあいい。それで、これは一体どういうことなんだ?』

 落ち着いた口調で二人は話すが、その間も次々とアレスを屠って行く。二人がいればアレスは全滅出来るんじゃないか、とすら思えるくらいだ。

『さあな、来てみたら艦隊が突っ込んでいた』

 二人が足を止める。目の前には巨躯を漂わせるβベータ級。四本の触手で器用に移動をしている。

 いつきとリカルドは顔を見合わせる。βベータ級による触手の一撃を左右に避け、壁を蹴って挟撃を試みる。

『なっ!?』

 しかし、それが成功することはなかった。

 二人の間を白い閃光が走ったかと思うと、βベータ級が左右に分割された。二人は仕方なくCl-Asクレイスを納め、着地する。そして、すぐさまβベータ級の背後を睨む。

 現れたのは黒を纏った男だ。

阿霜あそう雪夜ゆきや?!!』

 誰かの驚愕する声が聞こえる。雪夜ゆきやは、以前と変わらないバイザーをつけ、表情を隠していた。

雪夜ゆきや、大丈夫ですか?』

「ああ、完璧だ。すまないな、叶愛かなえ

『いえ』

 雪夜ゆきやの声で、はっとする。目の前に現れた男は、宇宙服やパイロットスーツと言った類いを来ていないのだ。

「外殻は閉じた。空気も充填している。会話もしづらいだろう?」

 雪夜ゆきやがヘルメットを外すように促す。相変わらず表情が読めないのが気に食わない。いや、そんな事はどうでもいい。それより、それよりもだ。

「なんだそれは」

 後ろから、イヴの声が響く。その口調には疑念や、憤りといった感情が籠っている。イヴが指すのは雪夜ゆきやの手に持った物の事だろう。

「これか?知っているだろう、Cl-Asクレイスだよ」

 雪夜ゆきやが手に持っているのは、白い大剣。白くて、白くて、ただ、ひたすらに白い。雪夜ゆきやの身長ほどもある、巨大な剣だ。


 瑞希みずきはあれを知っている。


―――なんだそれは。


 あの白い剣を知っている。


―――なんだそれは。


 そして、雪夜ゆきやの腕の中で眠る少女も。


―――なんだそれは。


 シッテイル。


―――ドウイウコトダ。


雪夜ゆきやと言ったな?貴様はなんだ?何者だ?」

 イヴの声が瑞希みずきの頭を素通りする。

「イヴローラ・アイネ・フィリップ・ローズクライン、だな?紅の始祖が、こんなところで何をしているんだ?」

 雪夜ゆきやの言葉に、イヴが眉を寄せる。他の数人も、それに反応して動揺する。だが、それも瑞希みずきの視界には入っていない。

「これを見せれば、少しは何か掴めるだろう」

 そう言って、雪夜ゆきやが大剣をイヴに向ける。

「なんのつもりだ?」

「まあ、見てろよ」

 雪夜ゆきやが言い終わると同時に、大剣を包む光が強まる。皆が目を細めてそれを見る。途端、一筋の光が煌めいた。

 それはイヴへと一直線に進み、寸でのところで紅い光の壁に阻まれる。だが、皆が戦慄したのは、その光ではなかった。

Cl-Asクレイスが......変形した......?」

 そう、先程まで大剣の形をしていた雪夜ゆきやCl-Asクレイスが、一瞬で銃へと変形したのだ。イヴの顔に、驚愕が浮かぶ。

 それも、瑞希みずきにとっては些事に過ぎなかった。

「ローズクライン、紅峰あかみね、貴様等には目新しくもな......」

 雪夜ゆきやがいいさして、身を引く。その首元を、光が通った。

 引き金を引くことに、今度は躊躇がなかった。その事に驚く余裕もなかった。周りの皆は、それに驚いていたようだけれど、それを気に留めることすらなかった。

 ただ、頭の中を赤い感情が支配した。真っ赤に燃え上がる炎が、思考を焼いた。


 なんでここじゃないんだ。

 なんでそこにいるんだ。

 なんでそいつなんだ。

 なんでそこなんだ。

 なんでおれじゃ。

 なんできみは。

 なんで......。


 全ての思考が燃やし尽くされ、目の前が黒に染まる。

 薄れ行く意識の中、破裂音が聞こえた。

 何もかもが白に反転した世界で、瑞希みずきの目に焼き付いていたのは―――


 雪夜ゆきやの腕で眠る、灰髪の少女の、幸せそうな寝顔だった。

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