第十二話 ~ 宇宙へ ~

第十二話 ~ 宇宙そらへ ~


 Lラグランジュ4にある宇宙居住区。スペースレジデンスと呼ばれるそれらの施設は、そのほとんどがL. A.P.C.E.ラプセルR.  の都市だ。ドーナツ状の物が幾つか重なり、一つの建造物として存在している。

 スペースレジデンスが電気、水、空気、食糧の全てを自給自足で賄う事が出来るようになったのは、L. A.P.C.E.ラプセルR.  が独立運動を始めた辺りだ。地球に頼る必要の無いように、様々な分野で技術革新が行われた。その技術は、Lラグランジュ2、Lラグランジュ1にあったスペースレジデンス群にも活用された。

 その点では、L. A.P.C.E.ラプセルR.  の独立も宇宙進出に大きく貢献したことになるだろう。

 そんなLラグランジュ4を遠目に、地球近縁宙域で火花が煌めいていた。

 対峙するのはL. A.P.C.E.ラプセルR.  国籍のANアームノイドが二十機、G.C.O.ジーコANアームノイドが二十五機だ。しかし、様子がおかしい。傍目から見て、どう考えても戦闘をしているように思えるG.C.O.ジーコANアームノイドは、たったの一機だ。

「うっとおしいなぁ、もう!!」

 その一機、紫のANアームノイドを操る青年が気だるげに唸る。 そのANアームノイドは、筋肉質な男に似た骨格で、どこか兵器らしい重厚な印象を持たせる。要所要所に展開された黒い装甲と、黒い鎌状のCl-Asクレイスが、このANアームノイドを死神のように見せていた。

 反面、青年の方は猫のような愛らしさがある。反抗的そうな切れ目は緑色で、綺麗な金髪は伸びるに任せている。雰囲気も何処と無く幼く、少年と言っても大差ない程だ。

 しかし、実力は折紙付きだった。

 青年のANアームノイドの一振りが、易々と一機を切り裂く。後方で爆炎を上げる機体には眼もくれず、青年は次の獲物に狙いを定める。

 だが、L. A.P.C.E.ラプセルR.  ANアームノイドも、簡単にやられるほど下手な訓練はしていない。次第に一体で相手をする青年の方が押され始める。

 連携が高く、よく統率が取れている。皆が至近弾で弾幕を張り、数機が青年を狙う。接近戦は不利と判断し、焦らずにじりじりと、だが確実に距離を詰めてくる。

 青年の方も被害こそ受けてないが、次第に動きを制限され始める。それでも、青年は一体で味方を庇うように闘う。

 それを見て、敵が一体しか戦闘に参加できないと判断したのだろう。L. A.P.C.E.ラプセルR.  ANアームノイドが青年のANアームノイドの前方で円弧状に隊列を組む。弾幕がより密になり、青年の逃げ場はほぼなくなった。しかし、青年に焦りはなかった。部下からの通信が入る。

『隊ちょ......』

「やれ」

『はっ』

 青年の一声を合図に、いつの間にか周囲を包囲していた青年の部下達が一斉に銃撃を始める。容赦は微塵もない。迷いすら欠片もない真っ直ぐな銃弾がL. A.P.C.E.ラプセルR.  の機体を文字通り蜂の巣にする。

「これは戦争だぞ?貴様らの頭の中はお花畑かよ」

 鉄屑へと変わった機体に吐き捨て、帰路に着こうと自機を反転させる。その時、再び部下から通信が入った。

『隊長、ビショップリング隊長』

「聞こえてるよ!何?追手?」

 青年の声は相変わらず気だるげだ。眼にかかる金髪を雑に掻き上げ、つまらなそうな顔をする。とても先程まで戦闘状態だったとは思えない表情だ。

『いえ、本部からの伝令です』

「はぁ!?意味分かんないだろ、S.O.F.I.A.ソフィアだぞ?俺!」

 部下の通信を聞いて、青年は更に不機嫌そうな顔をした。しかし、それも次の一言で吹き飛んだ。

『紅峰隊を出迎えろ、とのことですが......』

「紅峰......?紅峰ぇ!?行く行く!すぐ行くって速攻返せ!」

『は、はい!』

 青年は、戦闘中には一度も見せなかった笑みを浮かべた。

「ははっ!紅峰、懐かしい名だなぁ!」

 そう言って、青年は部下達が付いて来れていないことにも気付かないくらい興奮気味に、ANアームノイドを疾らせた。


 瑞希みずきが、オイローパの艦橋から空を見上げる。正確に言うと、見上げたのは空ではなく柱だったが。だが、末端が見えないのだから、必然、空を見上げる形となる。

 とおるから話は聞いていたが、やはりでかい。驚嘆の声も上げられなかった。

「すごいよな、人類が団結すれば、あんなのでもたったの二、三年で出来るんだぜ?」

 操舵輪を握る出雲いずもが、瑞希みずきに話し掛ける。僅かに皮肉が込められていたが、瑞希みずきは気付かない。

「あれって、アレスに攻められたりしないんですか?」

「ん?まあ、そうだな。一応、δデルタ級対策に対煌粒子砲被膜てのが張られてはいるけど、そもそもアレスは人型以外には滅多に興味を示さないからな」

「そうなんですか」

 出雲いずもの答えに気の抜けた返事が返ってくる。呆けた顔で柱を見上げる瑞希みずきを、出雲いずもはやれやれと言いたそうに眺めた。

 アルククインテが徐々に近付くにつれ、その大きさがより際立って見える。高さもそうだが、太さも馬鹿に出来ない。オイローパが軽く入ってしまう程だ。

 ふと、瑞希みずきの頭に今まで思い至らなかったのが不思議な程の疑問が浮かんだ。

「そう言えば、オイローパてどうするんですか?軌道エレベータには乗らないですよね?こいつ...」

 そう、単純な疑問。この鉄塊をどうするのか、だ。確かに、この柱から見れば小さいように思えるが、オイローパもなかなかの大型艦だ。何せ、17m以上もあるANアームノイドを何機も載せられるのだから。

 しかし、瑞希みずきの抱いた単純にして深刻な疑問は、出雲いずもの軽い言葉であっさりと解決する。

「どうするって、こいつで上がるんだよ。こいつがエレベータの箱になんの。軍事用のリニアカーもあるけどな」

「......あぁ、なるほど」

 考えてみたら、それはそうだ。こいつを運べないなら、こいつで運べばいいじゃない、ということだ。どこかで聞いたような言い方だが......。

「覚悟しろよ。5万kmを三十分で上がるんだ、相当の負荷がかかるぞ」

 わざと意地の悪い笑みを浮かべ、出雲いずも瑞希みずきの反応を楽しむ。瑞希みずきでもその苛酷さは想像に難くなかったらしく、顔が一瞬で蒼くなった。

「心配するな、慣性もある程度は中和できる。ANアームノイドに乗っていた時もそこまで感じなかったはずだ」

 出雲いずものいじりを見るに見かねて、いつきが補足を入れる。瑞希みずきも納得が行ったようで、ほっと胸を撫で下ろした。

 丁度その時、モニターが切り替わった。映し出されたのは軍の人間。詰まるところ、アルククインテの管理者のようなものだろう。

『貴艦はオイローパと見受けられますが、間違いないですか?』

「はい」

紅峰あかみね隊ですね。どうぞエレベータ内へ』

「ありがとうございます」

 実に簡素な確認を終え、アルククインテ内へと入る。中はメカメカしく、瑞希みずきのような男子は心をくすぐられる。壁面には、レールのようなものが何本も敷かれていた。その中の一本にオイローパが接する。

 急激に加速する艦内で、シートベルトの圧を僅かに感じながら、瑞希みずき達は母なる大地を飛び出した。


 アルククインテの末端では、いつも通りの雑務に皆が追われていた。データの整理、数多の実験、アレスの動向、どれも人類の未来に欠かせないものだ。

 それらに比べれば、接近してくる小さなデブリは、それこそ些事に過ぎなかった。大抵は自動で消滅させる。だが、今回は少しばかり違った。

 自動で対処出来ないと判断したシステムが、手動を提案するアラームを鳴らす。音はそれなりに大きいが、まあ、これも割とよくある話だ。だから、担当員もまたか、といった感じでモニターを覗き込む。これが違和感に変わったのはここからだった。

「ん?」

 モニターを見た担当員が首を傾げる。映っているのは、とてもデブリには見えない小綺麗な艦艇だ。

 だが、どこかの艦が着艦を求めるような通信は入ってない。それどころか、エンジンすら点火されていないように見える。

「エンジントラブルか?」

 そう思い、拡大してから内部の熱反応を確認する。そこで、違和感が異常事態へと発展した。

「なっ!!?」

「どうした?」

 担当員の大仰な反応に、隣の男が反応する。そして、その男もモニターを見るや絶句した。

「どういうことだ、これは!?」

 モニターに映ったもの、それが示すのは、艦内にこれでもかと敷き詰められたアレスだ。

 施設内に戦慄が走る。トップとおぼしき男の指示で、すぐに撃墜命令が出された。だが、それを嘲笑うように、死をもたらす箱は右へ左へと躱す。

「どういうことだ!?エンジンはついていないのだろう!?」

 理不尽を嘆く声はしかし、艦が施設にぶつかった爆音によって掻き消される。死の箱から、絶望が解き放たれた。


 艦内のモニターには、軌道エレベータにぶつかった艦艇、そこから沸き出るアレスが克明に映し出されていた。

「どういうことだ、これは!!」

 通信機に向かって怒号が飛ぶ。返ってくるのは無言。雪夜ゆきやは舌打ちをして通信を切る。

「どうしますか?」

 叶愛が感情に乏しい声で聞く。それでも、僅かに動揺しているのを雪夜ゆきやは感じとった。

「利用できるものは利用する。全面戦争なんかさせてたまるか」

「了解、進路反転させます」

 雪夜ゆきや達の乗っているステルス迷彩の施された艦が、素早い動作で反転する。幸いなことに、軌道エレベータはあれくらいの損傷で倒壊するほど柔な作りではない為、地上への被害は皆無だろう。

 だが、アレスは別だ。あれがそのまま軌道エレベータ内を通って、地球へ降下されては困る。雪夜ゆきや達はそれを阻止すべく、そして、この事態さえも利用すべく、エレベータへと向かった。

「ごめんな、栞」

「私は大丈夫だから」

 雪夜ゆきや達の目的もまた、一つだ。

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