第十一話 ~ 補給 ~
第十一話 ~ 補給 ~
ベッドには静かな寝息を立てるアンリがいる。もう着くのだから寝るなと言ったのだが、無駄だったようだ。
肩越しにアンリを見やる。無防備に眠るアンリの姿は、
『間もなく当艦は目的地に到着します。クルーはブリッジに集合してください』
不意を突かれ、
はぁ、と溜め息を吐いて、
「アンリ、起きて。集合だってよ」
「ん......あ、
「うん、おはよう」
寝惚けた声でアンリが挨拶する。キョロキョロ辺りを見回して、現状を確認しているようだ。自分の状況も欠かせない。ここで、アンリの顔から煙が吹き出した。
「なな、な、な、なんで
「いや、だって俺の部屋...」
「なんで私こんな格好!!?」
「ごめん、それは分かんない」
「
「してないよ!!てか、するか!!」
だが、おかげで目は覚めたようだ。すっと立ち上がって、服のしわを伸ばす。そしてそのまま、部屋を出ていった。若干以上に顔が怒っているように見えたが、気のせいと言うことにしよう。
「良かった、いつも通りだ」
あんなこと言って来た手前、少し心配していたが、杞憂だったようだ。いや、少女の告白を聞いて、本当に戸惑っているのは自分だというのを自覚したくないだけなのかもしれない。その思考すら避けている。
「早く着替えていかなきゃ」
考えを打ち止めて、義務へと身を投じる。考えなくてもいいということは、こんなにも楽なのだ。
そそくさと着替えを済ませ、
「お、遅くなりました!」
「す、すみません!」
別々のドアから
「お、来たな!よし、これで全員そろった」
多少のお咎めはあると思っていたが、
「今俺たちはここにいる」
「あれ?俺達ってここに向かってたんじゃないんですか?」
「そう、そうなんだが、ここは国境だ。当然、検査があるだろう?」
「あ、そっか」
「そう。だから検査ついでに補給も受けちまおうってことだ」
それは効率がいい、と得心いったように頷き掛けて、頭の上に疑問符が浮かんだ。
「あれ?でも、それじゃあ
「まあ、そうだな」
「それじゃ駄目じゃないですか!」
自分でもびっくりするくらい口調が強くなり、
「遅刻しておいて随分な物言いだな、織弦」
「うっ......」
恐らく、場の空気を少しでも和らげようという
「それは置いておいて、そもそも私達は、出発の段階で恐らく二日以上の遅れがある。それを踏まえれば、やつらは既に宇宙だろう」
そうだ、そもそも、
「まあでも、やつらの目的地にだいたいの検討はついている。安心しろ」
そう言って、
「この地点は、ジュネーブ基地がある。ユーロ連合と大西洋諸国連邦の国境沿いの基地だ。両国とも|G.C.O.≪世界連携機構≫加盟国なのだが、どうも仲は良くないようでな」
「さて、そろそろ着くな。各自は降りる準備を済ませておけ」
「ああ、そうだ。
「な、なんでですか!?」
「お前達まで降りたら、艦は誰が守るんだ?言っておくが、私は本部を信用しているわけではないんだ」
「では、私はどうしたらいい?」
「お前は来るな」
その一言でイヴを封殺し、
基地に着艦し、
さすがに、
「おかしい、ですよね?これ」
「ああ、そうだな」
堪らず口を開いた
しばらく歩くと、一つのドアに行き着いた。
ドアの奥は、薄暗い部屋だった。イマイチ判然としないが、恐らくモニターに囲まれた部屋だ。悪趣味な感じが漂う。
「くくっ、やっぱり来たね。」
部屋の中でくぐもった声が木霊する。その気味の悪さから、
部屋の奥、一番大きなモニターの前に、その男はいた。痩せ細った体に白衣を纏い、青白い肌を覗かせている。その様はまさしく、マッドサイエンティストと形容するに相応しいだろう。
「おやぁ?君、
男が
咄嗟の事に、うっかり首を縦に振ってしまった。それを見るや、男の顔が喜悦で歪む。
「あっはっはっはぁ!」
唐突に笑い出す男。もう
「まさか、本当にこっちにいるとは!いやぁ、よかったよかった。これも
珍しく、
「ドクター、そこら辺で宜しいですか?」
厳つい声。厳つい体躯。厳つい顔。ずっとそこにいたのか、白衣の男の横から屈強な男が現れた。
「おやおや、横槍が随分と早かったですねぇ」
「見るに耐えかねた。無礼を詫びよう」
見かけに依らず、ごつい男は言葉の随所に知性を感じさせる。それは、この男が高官であることを暗に示しているのだろう。
「ガイダル中将、ご無沙汰しています」
それを表すように
「ああ、そう改まるな。私はアンドレイ・ガイダル中将だ。そこのはゲオルギー・コルチャーク、軍のお抱え研究員だ」
そこ呼ばわりされた事に腹も立てず、ゲオルギーは、にへらと笑った。すごい人のようだが、とてもそうは見えない。
「すまないな、紅峰少佐。案内も寄越さず、こうした形での出迎えで。だが、随分と遅かったな、何かあったのか?」
「いえ、二、三度アレスとの戦闘を余儀無くされただけです」
「そうか、それは災難だったな。最近付近のアレスの行動が活発化している。つい先日も要塞都市が一つ堕とされた。十分に気を付けろよ」
「まあ、なんだ、無事を確認出来て良かった。無理な頼みと言うのは分かっているが、これからも頑張って欲しい」
ぶっきらぼうだが、暖かみのある声。父のような人だ。
「中将もお気をつけて」
「ああ。補給は適当にやって構わない」
「ありがとうございます」
......何か忘れている気がするが、他愛もないことだろう。
ばたん、とドアがしまる。真っ暗になってから、部屋の明かりをつけていないことに今更ながら気付いた。だが、点いていない方が都合が良い。
「いかがでしたか?彼は」
アンドレイは、隣で卑屈な笑い声を発するゲオルギーに問うた。顔は暗くて見えないが、ぐにゃりと笑みを浮かべたことを気配で察した。
「いい、いいですよ、あの子は!少々心配だったのですが、会ってみると驚きましたよ!あんなに真っ白だとは思わなかった!」
「それは良かった」
いつもの如く、高笑いを始めるゲオルギーを捨て置き、アンドレイは部屋を後にしようとした。しかし今回は、それをゲオルギーが止めた。
「それにしても、あの娘と知り合いだとは知りませんでしたよ......。そう言えば、彼女を彼の回収に指名したのもあなたでしたね?何か意図が?」
「一番確率が高かった。それだけですよ」
そう言い残して、アンドレイは部屋を出る。最後の一言はいつになく冷淡で、いつになく無表情だった。それは、ゲオルギーの興奮を高まらせるには十分以上の働きを見せた。
「あはは、ははははは、あーはっはっはぁ!!!......なんだ、あなたもだったんですね。教えて下されば良かったのに」
ゲオルギーは冷笑を浮かべ、喉の奥でくつくつと笑っていた。まるで、何かを悟ったように。
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