第十一話 ~ 補給 ~

第十一話 ~ 補給 ~


 瑞希みずきは碧色の勾玉を光にかざして見ていた。澪保みおにもらったものだ。誕生日祝いにもらったもの。結局、バタバタとして、誕生日どころではなかった。

 ベッドには静かな寝息を立てるアンリがいる。もう着くのだから寝るなと言ったのだが、無駄だったようだ。

 肩越しにアンリを見やる。無防備に眠るアンリの姿は、瑞希みずきの胸を高鳴らせるものがあった。ごくり、と瑞希みずきが生唾を飲み込む。それと同時にアナウンスが鳴った。

『間もなく当艦は目的地に到着します。クルーはブリッジに集合してください』

 不意を突かれ、瑞希みずきびくりと肩を震わせた。別に何かをしようとしていた訳ではないのだが、なんとなく罪悪感に襲われた。咄嗟に目を逸らす。しかし、先程のアナウンスではアンリは目を覚まさなかった。

 はぁ、と溜め息を吐いて、瑞希みずきはアンリの肩を揺する。触れることに一瞬躊躇したが、そんなこと考えている暇もない。

「アンリ、起きて。集合だってよ」

「ん......あ、瑞希みずき......。おはよう......」

「うん、おはよう」

 寝惚けた声でアンリが挨拶する。キョロキョロ辺りを見回して、現状を確認しているようだ。自分の状況も欠かせない。ここで、アンリの顔から煙が吹き出した。

「なな、な、な、なんで瑞希みずきがいるのよ!!?」

「いや、だって俺の部屋...」

「なんで私こんな格好!!?」

「ごめん、それは分かんない」

瑞希みずき!あんた何かしてないでしょうね!!」

「してないよ!!てか、するか!!」

 瑞希みずきの返答に、ほっとしつつもなぜか不満気のアンリ。理不尽に責め立てられ、怒りたいのは瑞希みずきの方である。

 だが、おかげで目は覚めたようだ。すっと立ち上がって、服のしわを伸ばす。そしてそのまま、部屋を出ていった。若干以上に顔が怒っているように見えたが、気のせいと言うことにしよう。

「良かった、いつも通りだ」

 あんなこと言って来た手前、少し心配していたが、杞憂だったようだ。いや、少女の告白を聞いて、本当に戸惑っているのは自分だというのを自覚したくないだけなのかもしれない。その思考すら避けている。

「早く着替えていかなきゃ」

 考えを打ち止めて、義務へと身を投じる。考えなくてもいいということは、こんなにも楽なのだ。

 そそくさと着替えを済ませ、瑞希みずきはブリッジへと急いだ。


「お、遅くなりました!」

「す、すみません!」

 別々のドアから瑞希みずきとアンリがほぼ同時にブリッジへと入る。うっかり顔が合ってしまって気まずさで顔を逸らす。アンリも同様だった。

「お、来たな!よし、これで全員そろった」

 多少のお咎めはあると思っていたが、出雲いずもは遅れたことには一切触れずにさっさと本題へと入り始めた。ドアの前で立ち尽くすのもおかしいので、瑞希みずき達も皆の近くへと寄った。

「今俺たちはここにいる」

 出雲いずもがそう言って指を指したのは、大きな大陸の西側、国境上だった。

「あれ?俺達ってここに向かってたんじゃないんですか?」

 瑞希みずきが黒点を指差す。アルククインテと書かれた地点が当初の目的地だったはずだ。

「そう、そうなんだが、ここは国境だ。当然、検査があるだろう?」

 出雲いずもの言葉に瑞希みずきが納得したように声を上げる。

「あ、そっか」

「そう。だから検査ついでに補給も受けちまおうってことだ」

 それは効率がいい、と得心いったように頷き掛けて、頭の上に疑問符が浮かんだ。

「あれ?でも、それじゃあ雪夜ゆきや達にどんどん離されません?」

「まあ、そうだな」

「それじゃ駄目じゃないですか!」

 自分でもびっくりするくらい口調が強くなり、瑞希みずきは気まずさで顔を伏せる。やれやれと言いたげな表情を見せる出雲いずもに代わって、いつきが話し始めた。

「遅刻しておいて随分な物言いだな、織弦」

「うっ......」

 恐らく、場の空気を少しでも和らげようといういつきなりの計らいだろう。瑞希みずきに対しては逆効果だったが。

「それは置いておいて、そもそも私達は、出発の段階で恐らく二日以上の遅れがある。それを踏まえれば、やつらは既に宇宙だろう」

 そうだ、そもそも、瑞希みずき雪夜ゆきやのテロから二日間も眠っていたのだ。すぐ後を追っていたと思っていた自分が恥ずかしくなる。

「まあでも、やつらの目的地にだいたいの検討はついている。安心しろ」

 そう言って、いつきは話を本題へと戻す。

「この地点は、ジュネーブ基地がある。ユーロ連合と大西洋諸国連邦の国境沿いの基地だ。両国とも|G.C.O.≪世界連携機構≫加盟国なのだが、どうも仲は良くないようでな」

 いつきが顔を曇らせる。瑞希みずきにもその理由は分かった。人間は、身内同士でも争っているのだ。

「さて、そろそろ着くな。各自は降りる準備を済ませておけ」

 いつきが気を取り直して、指示を出す。皆がそれに従って動き始めた。

「ああ、そうだ。明築あかつき隊は艦内待機、以上だ」

「な、なんでですか!?」

 とおるが不服を申し立てる。一瞬、いつきとおるに厳しい視線を送る。しかし、とおるからは以前のような敵意は見受けられない。皆無、という訳ではなかったけれど、とおるの発言が単純な疑問と分かり、いつきは正面に向き直った。

「お前達まで降りたら、艦は誰が守るんだ?言っておくが、私は本部を信用しているわけではないんだ」

 とおるも、正直本部を信用できる訳ではない。いつきの発言はもっともだった。

「では、私はどうしたらいい?」

 とおるが押し黙ると今度はイヴが付いて行くと言う。今度のいつきの視線に容赦は無かった。

「お前は来るな」

 その一言でイヴを封殺し、いつきは準備へと戻った。


 基地に着艦し、いつき瑞希みずき他数人を連れて艦を降りる。案内も無く、基地内も奇妙なほど静かだった。いつき達の足音だけが響く、異様な空間。

 さすがに、瑞希みずきも違和感を拭えなかった。

「おかしい、ですよね?これ」

「ああ、そうだな」

 堪らず口を開いた瑞希みずきに、出雲いずもがいつになく真面目な声音で返答をする。それだけで、異常事態だということが嫌でも分かる。

 いつきは基地の構造を把握しているのか、警戒しながらも機敏な足取りで奥へと進む。

 しばらく歩くと、一つのドアに行き着いた。いつきが躊躇いもなくドアを開ける。無用心だと思ったが、いつきには何か確証があったのだろう。

 ドアの奥は、薄暗い部屋だった。イマイチ判然としないが、恐らくモニターに囲まれた部屋だ。悪趣味な感じが漂う。

「くくっ、やっぱり来たね。」

 部屋の中でくぐもった声が木霊する。その気味の悪さから、瑞希みずきは背筋が寒くなるのを感じた。

 部屋の奥、一番大きなモニターの前に、その男はいた。痩せ細った体に白衣を纏い、青白い肌を覗かせている。その様はまさしく、マッドサイエンティストと形容するに相応しいだろう。

「おやぁ?君、織弦おりづる瑞希みずきクンだよね?」

 男が瑞希みずきを視界に留めて訊ねてくる。

咄嗟の事に、うっかり首を縦に振ってしまった。それを見るや、男の顔が喜悦で歪む。

「あっはっはっはぁ!」

 唐突に笑い出す男。もう瑞希みずきはさっきから驚かされるばかりだ。

「まさか、本当にこっちにいるとは!いやぁ、よかったよかった。これも紅峰あかみねクンのおかげだねぇ!!」

 珍しく、いつきが嫌悪感を示す。出雲いずもも顔がひきつっていた。それでも男が続けようとするのを、別の声が阻んだ。

「ドクター、そこら辺で宜しいですか?」

 厳つい声。厳つい体躯。厳つい顔。ずっとそこにいたのか、白衣の男の横から屈強な男が現れた。

「おやおや、横槍が随分と早かったですねぇ」

「見るに耐えかねた。無礼を詫びよう」

 見かけに依らず、ごつい男は言葉の随所に知性を感じさせる。それは、この男が高官であることを暗に示しているのだろう。

「ガイダル中将、ご無沙汰しています」

 それを表すようにいつきが深々と腰を折った。出雲いずもも礼をしている。それに倣って、瑞希みずきも礼をした。

「ああ、そう改まるな。私はアンドレイ・ガイダル中将だ。そこのはゲオルギー・コルチャーク、軍のお抱え研究員だ」

 そこ呼ばわりされた事に腹も立てず、ゲオルギーは、にへらと笑った。すごい人のようだが、とてもそうは見えない。

「すまないな、紅峰少佐。案内も寄越さず、こうした形での出迎えで。だが、随分と遅かったな、何かあったのか?」

「いえ、二、三度アレスとの戦闘を余儀無くされただけです」

「そうか、それは災難だったな。最近付近のアレスの行動が活発化している。つい先日も要塞都市が一つ堕とされた。十分に気を付けろよ」

 いつきが瞠目する。要塞都市、アレスの進撃を抑えるために造られた都市だ。そう簡単に堕とされるような場所ではない。アレスの猛攻が容易に想像できた。

「まあ、なんだ、無事を確認出来て良かった。無理な頼みと言うのは分かっているが、これからも頑張って欲しい」

 ぶっきらぼうだが、暖かみのある声。父のような人だ。瑞希みずきには、それが新鮮だった。

「中将もお気をつけて」

「ああ。補給は適当にやって構わない」

「ありがとうございます」

 いつきが再び腰を折る。アンドレイの好意を受け、部屋を出た。

 ......何か忘れている気がするが、他愛もないことだろう。


 ばたん、とドアがしまる。真っ暗になってから、部屋の明かりをつけていないことに今更ながら気付いた。だが、点いていない方が都合が良い。

「いかがでしたか?彼は」

 アンドレイは、隣で卑屈な笑い声を発するゲオルギーに問うた。顔は暗くて見えないが、ぐにゃりと笑みを浮かべたことを気配で察した。

「いい、いいですよ、あの子は!少々心配だったのですが、会ってみると驚きましたよ!あんなに真っ白だとは思わなかった!」

「それは良かった」

 いつもの如く、高笑いを始めるゲオルギーを捨て置き、アンドレイは部屋を後にしようとした。しかし今回は、それをゲオルギーが止めた。

「それにしても、あの娘と知り合いだとは知りませんでしたよ......。そう言えば、彼女を彼の回収に指名したのもあなたでしたね?何か意図が?」

「一番確率が高かった。それだけですよ」

 そう言い残して、アンドレイは部屋を出る。最後の一言はいつになく冷淡で、いつになく無表情だった。それは、ゲオルギーの興奮を高まらせるには十分以上の働きを見せた。

「あはは、ははははは、あーはっはっはぁ!!!......なんだ、あなたもだったんですね。教えて下されば良かったのに」

 ゲオルギーは冷笑を浮かべ、喉の奥でくつくつと笑っていた。まるで、何かを悟ったように。

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