第十話 ~ 決意 ~

第十話 ~ 決意 ~


 リリエラが機体に乗り込む。彼はパイロットスーツを嫌うため、いつも軍服で操縦をするという。

 モニターに起動画面が表示され、静かな音と共にエンジンが始動する。小刻みな振動を慈しむ様に身体で感じながら、眼を閉じる。

 頭をよぎるのは、戦いの日々。友が死に、仲間が死に、大切な人も死ぬ、そんな日々。不意に、笑いが込み上げてきた。どれだけ昔の事を考えているのか、と。

 もう喪う事が嫌で、時代に抗った。力を欲した。国も作った。だが、そんなことはどうでも良かったのかもしれない。この空虚な想いを何かで埋めたかった。それだけなのかもしれない。

 胸が高鳴る。気分が高揚する。

 発進許可のランプが点灯し、ハッチが開いた。眼を開くと、目前には有象無象の塊。存在に価値など無い、ただの失敗作だ。

「それでも、ちょっとした娯楽にはなるか」

 オイローパの下方には、リリエラの母艦「ノア」が、ピタリと付いていた。オイローパのハッチからアルトリウスが飛び降り、ノアに着艦した。

Cl-Asクレイス接続リンク開始」

 その言葉と共に、リリエラの手が淡く光る。それに共鳴するように、アルトリウスの背後に蒼い光が展開される。それは徐々に銃の形へと変化していく。一本、また一本と形を成す。

「形成終了」

 最終的に、アルトリウスの背後には大量の火器が並んだ。その数、百以上。魑魅魍魎ちみもうりょうを消し飛ばすには十分すぎる数だ。

 全ての砲塔が的に向けられる。

「失せろ」

 蒼い煌めきが疾る。それは瞬く間に目標に着弾し、全てを焼き払った。後に残る煙が、せめてもの手向けのように空へ立ち上る。

 リリエラが右手で顔を隠す。そこから零れ見える表情は愉悦に歪んでいた。

 しばらくそのままだったが、やがて、ゆっくりと顔を上げる。そして、オイローパへと通信を入れた。

「いかがだったかな?」

 先程までの表情が嘘のように爽やかな笑顔。平静を装っているわけではない。怖気すら感じる切り替えの早さだ。

 だが、皆が静まり返っているのはそれに対するものではない。先の戦闘の圧倒的強さだ。言葉を発することが出来なかった。

『では、私はこれで失礼するよ。死なないように気を付けたまえ』

 最後まで優雅さを忘れずに通信が切れた。誰かの息を飲む音が聞こえる。それほどまでに凄まじかった。

「......隊長と、どっちが強いんですか?」

「リリエラの方が圧倒的に強いな」

 瑞希みずきの問いに、いつきが平然と返す。それに対して、瑞希みずきは歯噛みした。

「あんなに強いのに!なんであの人は人間と戦っているんですか!?」

 瑞希みずきが語気を強める。それに、皆が賛同する。いつきは一つため息を吐いてから答えた。

「私に言われても困るがな」

「でも......!」

「だが、先に仕掛けたのは人間側だぞ?それでも過去を許せと乞うのか?助けを求めるのか?」

 いつきの厳しい言葉に、瑞希みずきは押し黙る。瑞希みずきCurse-PURカース・プルに対する差別的思考はない。だが、いつきの言葉でアンリが顔を伏せた事には気付いていた。

 これ以上の論争は誰も幸せにならない。そう思った。

「まあ、奴にはそんなことはどうでも良いのだろうがな」

「え?」

「いや、何でもない。すまなかったな、空気を悪くして。さてと、このまま行けば三十分後には着くだろう。皆、十分に休め、解散だ」

 そう言って、いつきは部屋へと戻る。その後ろにイヴが続いた。休め、と言われて、素直に休めるような気分では無かったが、とおるに促され、とりあえず自室へと戻った。


 部屋に入ってすぐに横になってみるも、どうも落ち着かなかった。先程のいつきの言葉が頭をぐるぐると回る。

「先に仕掛けたのは人間、か。確かにそうなのかも知れないけどさ......」

 瑞希みずきにはこの世界の事が、まだ何も知らないのだ。悩むだけ無駄だ。そんな事は分かっている。でも、悲しいじゃないか。悔しいじゃないか。解り合えるはずなのだ。イヴといつきのように人間とCurse-PURカース・プルだって。

「俺も人の事は言えないよな......」

 自分の事を思い返し、独り言を呟く。ふと、ドアをノックする音がした。

瑞希みずき、いる?入ってもいい?」

「アンリ?うん、いいけど......」

 そう返すと、ドアが開く。姿を見せたアンリはいつもの軍服から私服へと変わっていた。上はノースリーブに下は短パンで、涼しげな格好だ。シャワーでも浴びて来たのだろうか、その髪は若干湿っている。

「ど、どうしたの?」

 初めて見るアンリの服装にどきまぎしながら、瑞希みずきが訊ねる。アンリは瑞希みずきの隣に腰を降ろし、少し俯き気味に口を開いた。

瑞希みずきには、言っておこうと思って。隠すのは卑怯かな、て。聞いてくれる?」

「うん。俺も、聞きたい」

「そう、ありがとう」

 少し、間が空いた。気持ちの整理をしているのだろう。それだけ、アンリにとっては重大な事なのだ。やがて、アンリがぽつりぽつりと語り始めた。

「よくある話よ、本当に。私ね、設定とかじゃなくて、本当に裕福な家庭に生まれたの。父と母と兄と私と妹の五人家族。使用人が何人かいて、なに不自由ない、幸せな家だった」

 想い起こすのは、幸福な日々。だが、ふいにアンリの瞳に、切なさが宿った。

「でも、それは一瞬で消えた。父と母と、幼い妹が殺されたの。使用人の一人によってね。その人はCurse-PURカース・プルだった。ちょうど、L. A.P.C.E.ラプセルR.  が出来た頃だったわ。許せなかった、悔しかった、なんで私の家族なの?幸せで何がいけないの?ってね」

 切なさが怒りへと変わり、アンリの語気はどんどん強くなる。だが、瑞希みずきにはそれを黙って聞くことしかできなかった。しかし、アンリの語気が急に弱々しいものへと変わった。

「そりゃもう泣いたわよ。わんわん、わんわんね。で、ひとしきり泣き終わったら、今度はそれが憎しみに変わっちゃった。それも、家族を奪った人じゃなくて、Curse-PURカース・プル全体へのね。殺さなきゃって、また奪われる前に殺さなきゃって、兄を追いかけて、G.C.O.T.ジーコットにまで入っちゃった」

 アンリが悲しい笑みを浮かべる。瑞希みずきの方へと顔を向けないのは、自分を律するためだ。今、甘えてはいけない。そう自分に言い聞かせる。

「笑っちゃうでしょ?考えてみれば、自分がやってることは、自分がされたことと同じなのよ。隊長は知ってたんでしょうね、きっと。私の矛盾を。偽りの正義を」

 ふいに、アンリが顔を上げる。その顔は、切なく、そして、強さをもった笑顔だった。

「だから、もう、止める。もう、間違えない。私はもう、恨まない。隊長の言ってること、私だって甘いと思うけど、それでも、それができるなら、素敵じゃない?また、あの時みたいな幸せをさ、今度は瑞希みずき達と一緒に過ごしたいから」

 アンリの笑顔が胸に刺さる。この少女の強さを思い知る。自分は同じ事をやろうとしていると分かっていて、それでも止められなかった。

「何て顔してんのよ」

「強いな、アンリは」

「ほ、褒めたって何もしないわよ!?」

 急に褒められて、アンリの顔が赤くなる。だが、瑞希みずきはそれに気付くことは出来なかった。思考が空回りを続ける。

 やっていることの正当性を見出だせない人間は、こんなにも脆い。けれど、瑞希みずきは前に進むことを選んだ。理由は単純だ。会いたい。ただ、それだけなんだ。それが正しいのかなんて、瑞希みずきには分からないのだから。


 瑞希みずきの部屋の前で、立ち尽くす姿があった。特に用があったわけではないが、なんとなく来てみた。そうしたら、声が聞こえた。ここの部屋の主ではない、少女の声だった。

 興味本意で聞き耳を立てて、後悔した。アンリの本音を聞いて動揺したのは、瑞希みずきだけでは無かったのだ。この青年もまた、憎しみと葛藤しているのだから。

「......アンリのやつ、一人で大人ぶりやがって」

「お前も大人になれば良いだろう?何を思い詰めているかは知らないが、盗み聞きなんて子供のする事だ」

 独り言のつもりで発した言葉に思わぬ返答が来た。それも、青年にとっては最悪の相手だった。

紅峰あかみね......隊長」

明築あかつき、過去に囚われるのは愚かしい奴のする事だぞ」

 とおるいつきの言葉に歯噛みする。いちいち上から目線なのも気に食わない。だが、言っている事が間違っている訳ではない。それに、アンリの言葉を聞いた後だ、反論する事なんて出来る筈もない。なにより......。

「それに、お前に復讐なんて言葉は似合わない。自分を偽るな、そんなこと、ゆうも望んでない事くらい分かっているだろう?」

 なにより、いつきの言動は彼が尊敬してやまない人と同じものだった。

 いつきが背を向けて歩いていく。それでもまだ殺したいなら、それでも構わない。そう、去っていく背中は告げていた。

 だが、とおるいつきを殺す事は、もう出来なかった。いや、始めから出来なかったのかもしれない。それくらい、彼の心根は優しいのだ。

「くそっ!!」

 やり場のない憤りを壁にぶつけようとして、ギリギリで止める。そうして、力無く拳を降ろして、天井を仰いだ。

「やっぱり、あなたの恋人はすごい人ですね、ゆうさん......、敵いませんでしたよ」

 泣き出しそうな笑みを浮かべ、とおるはその場を離れた。

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