第八話 ~ 蒼 ~

第八話 ~蒼~


 艦内の大型モニターの隅に出撃準備をする少年の姿が映っている。勝手が分からないのだろう、マニュアルを片手に気難しい顔をしている。いつきはそんな姿を、艦長席から複雑な瞳で見ていた。

「そんな顔をするくらいなら、なんで行かせたんだ?」

 席の脇から、容姿に似つかわしくない声でイヴが問いかける。相変わらず赤いワンピースを着て、荘厳な態度をとっている。だが、やはりいつきも場違いな少女に対して特に注意等はしなかった。他の人も同じだ。

「お前が出た方が早いだろう?案外、過去の自分と重ねた、等というつまらぬ事情だったりな」

 この一言で、いつきが纏う雰囲気が変わる。動揺を見せまいと平静を装うが、イヴには通じなかった。

「同じ事を繰り返す、というのも悪くはない。今の私は、あくまで傍観者だからな」

 イヴが意地の悪い顔をする。すると、いままで無言だったいつきが口を開いた。

「私と同じ事を繰り返そうとすれば、私が止める。そうならないように、この艦に乗せたのだろう?」

 返答はなかった。だが、いつきは続ける。

「過去の自分と重ねたのは私だけではないだろう?自分の無力さを嘆いたのは、私だけではないと記憶しているが?」

 今度は、イヴの表情が変わる。明らかに嫌な表情を見せた。少女の姿によく似合う、少し泣き出しそうな顔だ。

「以前の言葉は撤回する」

「ん?」

「性格が変わったとばかり思っていたが、やはりお前はお前だった。なんというか、少し安心した」

「それはお互い様だ、私もほっとしている」

 二人の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。戦闘状態の為、誰もその事には気付いていないようだった。

 モニターに映る少年の乗っている機体がハッチへと運ばれる。その表情には決意が感じ取れた。いつきはいつもと変わらぬ凛々しい顔で、少年の初陣を見守った。


 自由落下の影響で内臓がぐちゃぐちゃになったような感覚に襲われる。天地が分からなくなり、身体も思うように動かない。けれど、頭だけはよく働いた。

(やばいやばいやばい!)

 A.G.S.アドミラル・グラーフ・シュペーは真っ逆さまに落下していく。そのまま地面に激突すると思われたその時、グラーフ・シュペーが自動で身体を捻って難なく地面に着地した。

「っっっ!!ぶはぁ!」

 衝撃で一瞬息が詰まる。アンリから聞いていたとはいえ、自動操縦の存在を一瞬疑ってしまった。安心感から、肺が空になるまで息を吐き出す。しかし、戦場はその余韻に浸ることを許さなかった。

「もうこんな近くに......」

 瑞希みずきの目の前にαアルファ級とβベータ級が弧状に並んでいる。数はαアルファ級が二体、βベータ級が一体、他はとおる達が相手をしていた。瑞希みずきは慌てて背部ユニットに搭載されている大剣、『アラド Ar 196』を構える。

 手が、足が、震えているのは自覚していた。恐怖心が無いと言えば嘘だ。でも、目的のために、覚悟は決めなければいけなかった。

「行くぞ!」

 瑞希みずきβベータ級に狙いを定めて走り出す。パイロットスーツによる脳波読み取りによって、機体は素人でもそれなりに動かせるようにはなっている。

 それに、透から対策は聞いていた。βベータ級は懐に飛び込めばなんとかなる......らしい。確証はないけど、選択の余地があるほど場馴れしているわけでもない。それ以外に取れる行動を知らなかった。

 αアルファ級が止めようとこちらへ飛び掛かってくる。それを運動最適化機能の恩恵を受けながらギリギリで躱す。多少ふらついたが、それも気にせず疾走する。βベータ級の触手が振り下ろされる。右へ躱す。今度は、足元を薙ぎ払うように触手が振られる。飛び越える。次は胴体に向け左から。片手を着きつつ身を低く――

(行ける......行ける!)

 そして、βベータ級の目の前まで来て、地面を踏み締める。勢いを殺さずにアラドを突き出した、が――

 ギィン――

「えっ!?」

 アラドの刃はβベータ級の煌めく半透明の装甲に阻まれた。先程まで、皮膚が剥き出しだったのに、だ。

 動きが止まったグラーフ・シュペーの横っ腹に触手がぶち当たる。

「うわぁぁ!」

 為す術無く吹き飛ばされ、機体が軋む。起き上がろうとするグラーフ・シュペーにαアルファ級が襲いかかる。

「くっ!」

 アラドArを横に振り払い、なんとか取り付かれることを免れる。幸いβベータ級の触手の届かないところまで飛ばされていた。立ち上がって、体勢を整える。

瑞希みずき、無事か?!』

 とおるから通信が入る。声音から焦りが見える。

「大丈夫、機体に損傷はないよ」

『もう少し耐えろ、すぐ向かう!』

「分かった」

 通信が切れ、瑞希みずきβベータ級に向き直る。目一杯考えたが、やはりさっきのやり方が一番効果的だ。まずはβベータ級を倒さなければ行けないことは瑞希みずきも分かっていた。

 アラドを構え直した。一度呼吸を整える。

「うおぉぉ!」

 再び瑞希みずきが走り出す。触手を避け、αアルファ級の追走を振り切って懐へ飛び込んだ。あとは装甲の展開前にアラドを貫くだけだ。グラーフ・シュペーがアラドを振りかぶる。そして、アラドを突き出そうとした時だった。

 目の前を紅い何かが通った。瞬間、βベータ級の体躯が真っ二つに裂かれる。その中央には紅い装甲をまとった黒い機体が立っていた。

「ティルピッツ......あ、紅峰あかみね隊長?!なんで?!」

 しかし、その問いに答えることもなく、ティルピッツはグラーフ・シュペーを蹴り飛ばした。衝撃で息が詰まる。大したことは無い程度のものだったが、瑞希みずきが動揺するには十分だった。

「な、何を!」

 言い掛けて、戦慄する。先程までいた場所に巨体な蒼い閃光が走った。それは、一瞬でβベータ級を消し飛ばす。絶句する瑞希みずきの耳朶をオープンチャンネルで発せられたいつきの声が叩く。

『随分な挨拶だな』

 瑞希みずきが閃光が放たれた方を見る。オイローパと同じような艦が浮いている。そのハッチに蒼い機体がいた。

 蒼い機体が艦から飛び降りる。その姿を見ながらいつきが憎々しげに吐き捨てた。

『リリエラ・ヴィスト・バートリオ......!』

 舞い降りる姿はまさに天使だった。


 現在、地球には赤道上に三本の柱が存在する。それぞれ「アーキュナイ」「アルククインテ」「アルクトリー」と名付けられたそれらは宇宙と地上を繋ぐ方舟だ。それを支柱に、衛生軌道上でリング状の透過太陽光発電システムが展開されている。

 しかし、これらは全てG.C.O.世界連携機構の独占物である。一部の中立国を除いて、加盟国以外の使用は認められていない。

「これが新たな火種になることくらい分かっていただろう」

 天を突く御柱を仰ぎ、雪夜ゆきやが嘆息する。雪夜ゆきや達が来ているのは、アフリカ大陸にある「アルククインテ」だ。そのため、いつものバイザーとマントから、サングラスに半袖のシャツという軽装に代わっている。対して、隣にいる叶愛かなえは全身黒のタイトスーツと、見ているこっちが暑くなりそうな服装だ。

 周辺の街はこの起動エレベータのお陰で、非常に発展している。そして、それ異常に警戒レベルも高い。と、言っても、警戒対象はアレスと国際指名手配者くらいだ。G.C.O.ジーコ加盟国の国籍証明書さえあれば、あとは空港程度のチェックで入れる。

「手配書には顔写真は付いてないし、余裕だな。叶愛かなえ、向こうの準備は?」

「はい、荷物検査の偽装は順調です。無事に通過した模様です」

「上手く行きすぎだな。監理局に警備の強化でも進言しとくか」

 そう嘯きながら、雪夜ゆきや達はエレベータの中へと入る。目的地は旧ISS国際宇宙ステーションである「シャイニング1」の更に先、衛生軌道上にあるの「ヴィクトリア」と呼ばれる施設だ。

 軍事用のリニアカーだと最短で約三十分という短時間で行くことが可能だが、民間用は約六時間かかる。それでも、宇宙に四分の一日で飛び出せるのだから、技術の進歩には驚かされる。因みに、「シャイニング1」までだと民間用でも約一時間で行くことが可能だ。

 手続きを済ませ、雪夜ゆきや達は普通に座席へと座った。機長のアナウンスが流れる。雪夜ゆきやの隣に座った少女が、恐怖からか雪夜ゆきやの手を握る。

「そう言えば、初めてだったな、宇宙に行くのは」

 少女は、無言で頷く。それを微笑ましく思いながら、少女を宥めるように雪夜ゆきやは言う。

「大丈夫、俺がいる。今度は、もう離れないから―――」

 少女は、その言葉に、安心感を覚える。懐かしいと感じる。


「―――だから、大丈夫だ。しおり


 灰髪の少女は、微笑んだ。

 加速による負荷を感じながら、雪夜ゆきや達は宇宙へと飛び出した。

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