第七話 ~ 新たな一歩 ~

第七話 ~ 新たな一歩 ~


 カスピ海に面した平野で砂塵を巻き上げて進む大群があった。アレスだ。数は200体程。向かう先は古びた港町だ。

 彼らの行動原理は栄養摂取のみ。それ以外に興味を示すことはほとんどない。そして、質の悪いことに補色対象とするのは四肢を備えた人型の生物だけだ。

 町からANアームノイドが迎撃に出る。機体はMPTW-06 Theodorテオドール Riedelリーデル。一昔前の物だが、高性能な機体だ。だが、出撃したANアームノイドは15機。戦力差は歴然だった。

 最初こそ遠距離からの重火器での攻撃で多少の被害を与える。だが、徐々に距離を詰められ、近接戦を強いられる。

「やられてたまるかぁぁあ!!」

 機体のコックピット内で兵士の一人が雄叫びをあげながら、力任せに武骨な大剣を振るう。それが功を奏したのか、一振りでαアルファ級三体の身体を裂く。

「やった!はは、どうだ!...は?」

 喜んだのも束の間、後続のアレスが襲い掛かる。全力で振りぬいた大剣は、すぐに二撃目を入れるにはいささか取り回しが悪かった。αアルファ級の二つの前足によって、腕をもがれる。βベータ級によって足をつぶされる。

 最後にはコックピットハッチが力任せにこじ開けられ、αアルファ級の不規則に並んだ歯が隙間から除く。

「た、大佐!たすけ......!」

 無線でテオドールから指令室へ通信を入れる。だが、それを受け取る相手ももう、既にいない。他の機体も似たような状況だった。

 臨時司令部として構えられた急造の基地は、小型のアレスによって壊滅させられていた。司令室は赤く染まり、屍には人ほどの大きさのアレスが群がっている。εイプシロン-classクラスと呼ばれる個体だ。目は一つで、肌は白く、動きは比較的緩慢だが、いかんせん数が多い。

「く、くるな!くるなぁあ!」

 廊下の隅でナイフ状のCl-Asクレイスを手に抵抗する男の姿があった。まだ年は若く、新品同然の軍服は真っ赤に染まっていた。

 男の後ろには、腹部を食い千切られた女が横たわっている。呼吸も弱く、もう助かる余地はなかった。

 男が力を振り絞って、接近してくるアレスの一体を蹴り飛ばす。恐怖心は持っているのか、周囲のアレスの動きが一瞬止まった。

 その隙に男は女を抱き寄せる。

「ごめんな、カタリーナ......」

 そう言って、男は手榴弾のピンを引き抜いた。

――一瞬のうちに蹂躙され尽くした町の数キロ地点。光学望遠の範囲ギリギリに浮遊する艦の姿があった。

「中将、報告します。テオドール・リーデル15機、αアルファ級21体、βベータ級7体、γガンマ級9体、δデルタ級2体の撃退を確認。理論限界値の20%程です。」

「ふむ、やはり急ごしらえの物だとこんなものか」

 部下の報告を聞き、中将と呼ばれた巨躯の男は複雑な表情を見せる。その言葉を、後ろから痩せこけた男が否定した。

「感情なんて人らしいものを兵器に載せるからですよ」

 痩せこけた男は下卑た笑みを浮かべる。巨躯の男が一瞥するが、痩せこけた男は特に気にした風も見せずに続ける。

「不満ですか?ですが、事実です。兵器に感情など、不必要なのですよ。現に、彼女は素晴らしい成果を見せてくれますよ。そのために彼女らに頑張ってもらっているのでしょう?」

 不潔な笑い声を上げる男を、しかし誰も、非難しようとはしなかった。事実だと、暗に肯定していた。大切なもののためには、犠牲は仕方ないことだと、皆が黙認していた。

 男の笑い声は尚も響く。


 オイローパの中、艦の中部に位置する鍛錬室。そこでとおる瑞希みずきに対して指導を試みていた。

瑞希みずき!もっとばっと動け!」

「こ、こう?」

「違う違う!もっとぎゅんとだ!」

「わけわかんないよ!」

 さっきからこの調子だ。瑞希みずきの筋はそこまで悪くないが、指導が悪い。はっきり言ってクズである。と、ここでアンリが鍛錬室に入ってきた。

「なにしてんの?ダンス?」

「んなわけあるか!指導してんだよ瑞希に!」

「ふーん」

 その言葉を聞いてアンリが懐疑そうな顔をする。瑞希みずきの方を見ると、訓練用の模擬刀を振っている。いや、振っていると言うより、振られていると言った方が良い感じだ。アンリは仰々しく溜め息をつく。

「はぁ、瑞希みずき、私が教えてあげるからこっち来て」

「え?あ、うん」

「はぁ?!俺が教えてるだろ?アンリは引っ込んでろよ!」

 とおるが強い口調でアンリの提案を拒絶する。オイローパに乗って以降、いや、紅峰あかみね隊と合流してからか、とおるはどうも虫の居所が悪いようだった。イケメンが台無しである。

 だが、アンリも啖呵を切られた位で退くような女々しい少女ではなかった。

「あんたの教え方が悪いからでしょ!?」

 上官をあんた呼ばわりするのはいささか以上に問題がありそうだが、その勢いにとおるは押し黙ってしまう。それを見留め、アンリは瑞希みずきの方へと反転し、にっこりと笑う。

「さ、始めましょう!」

「......はい」

 その笑顔に一抹の不安を抱えながらも、瑞希みずきは指導を受けることを余儀なくされた。

「と、その前に。これ、さっきたちばな副隊長に預かったんだった」

 はい、と渡されたのは黒いグローブだった。その形状に瑞希みずきは見覚えがある。

「これ、CR.A.D.クラッド?」

「そ、下士官用の安物だけど多分使えるはずだって」

「ふうん」

 高まる興奮を抑えて平静を装いつつ、瑞希みずきCR.A.D.クラッドを右手に装着する。若干小さく感じたが、そこまでの窮屈さはなかった。生地は伸縮性が高いようだ。

瑞希みずきCl-Asクレイスはどんなのかなー?」

 アンリが瑞希のCR.A.D.クラッドの水晶体から投影される映像を覗き込む。とおるも気になるようで、横目でこちらの様子を窺っていた、のだが......

「なに、これ?」

 そこに映し出されたのはNo Dateの文字だけだった。アンリととおるが顔を見合わせて首を傾げる。二人も初めて見る表記らしい。だが、瑞希みずきにはそんな事より、Cl-Asクレイスが使えないことによるショックの方が大きかった。

『コンディション・レッド発令!コンディション・レッド発令!各自、持ち場に着いてください』

 瑞希みずきの頭上でアラームが響く。何を言っているかは分からなかったが、何を言いたいかは分かった。瑞希みずきとおるの方を見ると、とおるもこちらに目をやった。

瑞希みずき、付いて来い」

「分かった!」

 艦内全体が急に慌ただしくなる。コンディション・レッド、つまり、緊急戦闘配備だ。アレスが近くにいることを意味する。

 瑞希みずきとおるに言われるがままにパイロットスーツに身を包み、言われるがままにANアームノイドへと乗り込んだ。

 シートに着くと、パイロットスーツとシートがコードで繋がれる。それを確認してから、起動ボタンを押す。前面のモニターにMPTW-03 Admiralアドミラル Grafグラーフ Speeシュペーと表示され、その後、カメラからの映像に移り変わった。

「えっと、これが前進でこれがジャンプ?これで右腕をあげて......」

 とおるに教わった操縦法を復唱しながら確認する。すると、モニターの隅にアンリの姿が映し出された。

『やっほー!』

「ア、アンリ?なんで?」

 てっきり、アンリもANアームノイドで出撃するのかと思っていた為、軍服のままの姿に驚く。

『この隊、ANアームノイド専属のオペレーターがいないみたいなの、だから、代わりにね。それで、どんな感じ?』

「どんなって......よく分かんない」

『まあ、そりゃそうよね。安心して、その機体、比較的新しいし、補助も付いてるから。あ、でも壊さないでよ!その機体、私のなんだから!』

「善処する!」

 ハッチまで運ばれ、瑞希みずきは発進準備に取り掛かる。マニュアルは叩き込んだ。動かし方も......実戦で覚えれば良い。

 モニターに戦況が表示される。アレスの数は27体、こっちの戦力はANアームノイド5機。だが、アレスはαアルファ級とβベータ級のみ。初陣には打ってつけだ。

「エンジン始動、電圧安定、神経コネクト良好、煌粒子こうりゅうし制御正常、システムに異常なし、アンリ!」

『はいはい。ハッチ解放、重力子制御異常なし、落下点クリア、システムオールグリーン、A.G.S.アドミラル・グラーフ・シュペー三番機、発進どうぞ』

 アンリのアナウンスを聞いて、息を大きく吐く。胸ポケットにしまってある栞に手を触れる。大丈夫、と自分に言い聞かせる。

 ランプが点灯し、緑色へと変わる。それを見留めて、瑞希みずきは操縦グリップを握りしめた。

織弦おりづる瑞希みずき、出撃します!」

 気合いをいれる為に大きな声でそう言って、瑞希みずきは新たな一歩を踏み出した。

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