第六話 ~ 止まらない歯車 ~

第六話 ~ 止まらない歯車 ~


 Curse-PURカース・プル。イヴはそう言った。瑞希みずきはその言葉に心当たりが無かったが、他の人達はそうではないようだった。

 イヴを見る目が明らかに変わる。嫌悪や憎悪等の負の感情が、幼い容姿の少女を取り巻く。とおるやアンリまでもが、警戒心を剥き出しにしてイヴを見ていた。

 だが、本人は気分を害した様子もない。ただ、面白くもないと言いた気に、仰々しく溜め息を吐く。

「お前達人間はいつも同じ反応だな、つまらん」

 顔を背け、イヴはいじけたように地面を弄りながらぶつぶつと呟き始める。あまりにも唐突な少女らしさを見せられ、先程まで明らかな敵意を向けていた者達も困惑した表情を浮かべる。

「どういうこと?」

 今がチャンスと言わんばかりに、瑞希みずきは隣に立っていたアンリに説明を求める。

 アンリも戸惑っていたようで、一瞬反応が遅れたが、答えてくれた。

「えっと、アレスの身体とか、ティルピッツの武器で水晶みたいなものがあったの覚えてる?」

「うん、うっすら光ってたやつでしょ?」

「そう、あれは煌粒子こうりゅうして呼ばれてる粒子の結晶体で、Crystalクリスタル ArmsアームズCl-Asクレイスて言うの」

 Cl-Asクレイスという単語には聞き覚えがあった。だが、どこで聞いたのか、思い出せない。

(確か、学校で......)

 そこまで回想して、ふいに吐き気が込み上げる。そこから先は霞がかったように曖昧だ。脳が思い出す事を拒絶している。

「どうしたの?」

 表情に出てたのか、アンリが小声で心配そうに尋ねる。いつき達はイヴについての議論が始まったようで、こちらの会話は気にしていないようだ。

「ごめん、大丈夫」

「それならいいけど」

 アンリは瑞希みずきの様子をいぶかしみながらも、説明を続ける。

「で、Cl-Asクレイスていうのは機械の補助がないと人間には造り出せないの」

 ほら、と言いつつアンリが手に着けたグローブを見せる。黒を基調として、手の甲に円形の水晶体がはめられていた。水晶体にはCR.A.D.クラッドの文字が彫られている。周りを見れば、全員同じものを着けていた。

CR.A.D.クラッドていうのはCrystalクリスタル Armsアームズ Deviceデバイスの略ね。で、これの補助がなくてもCl-Asクレイスを造れるのがアレスやCurse-PURカース・プルてわけ。私達はそいつらと戦っているの」

「なるほど......」

 納得しかけたところでいつきがそれを否定した。

「それは偏見ではないか?ビショップリング」

 イヴについての議論は決着が着いたようだ。いつの間にか、皆は各自の作業に戻っていた。

 いつきも、別に盗み聞きしていたわけではないのだろうが、聞き逃すことは出来なかったのだろう。

「偏見?」

 いつきの言葉に、アンリが顔をしかめる。

「そうだ、偏見だ」

 その物言いが頭に来たのか、アンリはいつきへと詰め寄った。

「事実じゃないですか!あなただって、L. A.P.C.E.ラプセルR.  Curse-PURカース・プルを殺してその地位になったんですよね?!何が違うんですか!」

 アンリが声を荒げる。よっぽどCurse-PURカース・プルに対していい感情を抱いていないのだろう。そして、それは自分だけじゃないと、いつきも同じだろうと、そう言いたいのだ。Curse-PURカース・プルを悪く言ってなにが悪いと、言いたいのだ。

 だが、いつきはそこで物怖じするような人間ではなかった。ただ、粛々と反論するだけだ。

「確かに、L. A.P.C.E.ラプセルR.  の軍と戦ったこともある。Curse-PURカース・プルを殺したこともある。だが、私達世界連携機構が敵と見なしているのはアレスだけだ。自分達と違うからと言って、Curse-PURカース・プルを滅ぼすべき敵と見なすのはお門違いではないか?そんなことでCurse-PURカース・プル国家のL. A.P.C.E.ラプセルR.  を滅ぼそうということにはならないはずだ。そこを履き違えるな」

 語気に強い想いを感じた。いつきはアンリの方を向いていたが、恐らく全員に伝えたかったのだろう。

 アンリも、いつきの言葉が間違っているとは言えず、ただ黙って俯くしかなかった。けれど、それが納得できるほど、Curse-PURカース・プルに対する憎悪は優しいものではなかった。

「綺麗事だけで、世界が変わるものか......!」

 アンリの本心はしかし、誰に聞かれることもなく、虚空へと消えた。


 わだかまりが全て解消された、というわけではない。それどころか、より一層深くなった気すらする。

 だが、時間はいつき達に交流を深める猶予を与えてくれなかった。

「さっきも言ったが、イヴは私のパートナーだ。必要不可欠な人材だ。仲良くなれとは言わないが、敵意は持たないで欲しい」

 いつきが念を押して言う。瑞希みずきがちらりとイヴの方へ目を向けると、不敵に微笑みながら手を振ってきた。思わず目を逸らす。

 それに気付かぬ振りをしつつ、いつきは皆への指示を続ける。

「準備に手間取って既に予定が押している。申し訳ないがゆっくりしている時間はない。すぐに出立する、いいな?」

「了解!」

 そこは軍人、例えわだかまりがあろうと返事は素晴らしかった。整備班は大きな荷物を持って、艦の後部から入っていく。

 いつき達は前の扉から入っていく。それに倣って、瑞希みずきも扉から入ろうとした。

EUROPEオイローパ......」

 今まで気付かなかったが、扉に艦名が彫られていることに気付く。不器用な字だったが、この艦に強い思い入れがあったのだろう。そう考えると顔が自然と綻んだ。

「よろしくな」

 なんとなくそう呟き、オイローパへと乗り込もうとして、呼び止められた。

「お兄ちゃん!」

「あ、澪保みお......忘れてた」

「忘れてたって、ひどくない!?さすがに!」

 兄の予想外の言葉に、澪保みおはショックを受ける。もちろん、本気ではないのだが、こういうやり取りが出来るというだけで、家族の有り難みを感じる。

澪保みおは行かないんだっけ?」

「うん、本当は軌道エレベータ?てところまで付いていかなきゃ行けなかったみたいなんだけど、予定が変わったんだって」

「そうなのか」

 やはり、別れというものは落ち込む。二度と会えないなんて事ではないのだろうが、悲しいものだ。

 そんな兄を見かねて、澪保みおが気丈に振る舞う。

「お、お兄ちゃん!これ!」

「なに?これ」

 澪保みおが手渡してきたのは、みどりの勾玉が通されたネックレスだった。

「ネックレス!ほら、明後日、誕生日でしょ?その前祝い!」

「あ......そっか、ありがとう」

 澪保みおは照れ臭そうに玄関まで戻っていく。瑞希みずきはもらったネックレスを着けて、オイローパの中へと入っていった。

 全員を収容し、オイローパが音もなく離陸する。ドームの割れ目から出ていく姿に澪保みおは見えなくなるまで手を振り続けた。

 手を振って、手を振って、地平線の彼方へと消える頃まで手を振って、澪保みおは碧の光となって、消えていった。


「何も言わなかったの?」

「言えるなら、言っていたさ」

 オイローパの中、個室へと繋がる通路の途中で、アンリととおるが話していた。二人は痛々しい表情を浮かべながら歩く。

「言った方が良いと思うか?」

「思う......けど、どう伝えれば良いのよ」

 言うことが憚れるように、アンリが顔を歪める。知れば、知った本人が傷付く事を二人は怖れていた。

ただの保護対象だった彼に、感情移入してしまった。実験用マウスに愛着が沸いてしまった。

そう、上層部から見限られた理由は明白なのだ。それでも、二人は彼を見捨てられず、要らぬ介入をしてしまった。

「どう伝えれっていうのよ、妹がただの人形だ、なんて......」

 もう、全ては動き出してしまった。

 楽しい記憶は一時の夢のように......


 艦内のブリーフィングルーム。出立から一夜が明けて、再び皆が集まった。

 と言っても、もともと紅峰あかみね隊のメンバーは少なく、整備班や明築あかつき隊を含めても50人程度だった。

「さてと、俺はたちばな出雲いずも紅峰あかみね隊副隊長だ。それぞれの紹介は......まあ、各自で仲良くなってくれ」

 気さくな雰囲気は軍人らしからぬ印象を与えた。出雲いずもの後ろのモニターに地図が表示される。

「今俺達がいるのはここ」

 出雲いずもがそう言いながら、指を差す。巨大な大陸の中間、色分けされた境界辺りだ。

「そして、これから向かうのはここだ」

 そう言って、左下に指を動かした。そこには黒い点がある。

「軌道エレベータ『アルククインテ』だ。恐らく、快適な空の旅、という訳には行かないだろうから、皆、準備は怠るなよ!」

 最後にそれらしい事を言いながら、出雲いずもは部屋を出ていく。それと同時に、部屋内は和気あいあいとした空気に変わった。内心、瑞希みずきもわくわくしていた。これからの旅を心待ちにしていた。

 何が起こるか、知る由もなかったから。

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