第六話 ~ 止まらない歯車 ~
第六話 ~ 止まらない歯車 ~
イヴを見る目が明らかに変わる。嫌悪や憎悪等の負の感情が、幼い容姿の少女を取り巻く。
だが、本人は気分を害した様子もない。ただ、面白くもないと言いた気に、仰々しく溜め息を吐く。
「お前達人間はいつも同じ反応だな、つまらん」
顔を背け、イヴはいじけたように地面を弄りながらぶつぶつと呟き始める。あまりにも唐突な少女らしさを見せられ、先程まで明らかな敵意を向けていた者達も困惑した表情を浮かべる。
「どういうこと?」
今がチャンスと言わんばかりに、
アンリも戸惑っていたようで、一瞬反応が遅れたが、答えてくれた。
「えっと、アレスの身体とか、ティルピッツの武器で水晶みたいなものがあったの覚えてる?」
「うん、うっすら光ってたやつでしょ?」
「そう、あれは
(確か、学校で......)
そこまで回想して、ふいに吐き気が込み上げる。そこから先は霞がかったように曖昧だ。脳が思い出す事を拒絶している。
「どうしたの?」
表情に出てたのか、アンリが小声で心配そうに尋ねる。
「ごめん、大丈夫」
「それならいいけど」
アンリは
「で、
ほら、と言いつつアンリが手に着けたグローブを見せる。黒を基調として、手の甲に円形の水晶体がはめられていた。水晶体には
「
「なるほど......」
納得しかけたところで
「それは偏見ではないか?ビショップリング」
イヴについての議論は決着が着いたようだ。いつの間にか、皆は各自の作業に戻っていた。
「偏見?」
「そうだ、偏見だ」
その物言いが頭に来たのか、アンリは
「事実じゃないですか!あなただって、
アンリが声を荒げる。よっぽど
だが、
「確かに、
語気に強い想いを感じた。
アンリも、
「綺麗事だけで、世界が変わるものか......!」
アンリの本心はしかし、誰に聞かれることもなく、虚空へと消えた。
わだかまりが全て解消された、というわけではない。それどころか、より一層深くなった気すらする。
だが、時間は
「さっきも言ったが、イヴは私のパートナーだ。必要不可欠な人材だ。仲良くなれとは言わないが、敵意は持たないで欲しい」
それに気付かぬ振りをしつつ、
「準備に手間取って既に予定が押している。申し訳ないがゆっくりしている時間はない。すぐに出立する、いいな?」
「了解!」
そこは軍人、例えわだかまりがあろうと返事は素晴らしかった。整備班は大きな荷物を持って、艦の後部から入っていく。
「
今まで気付かなかったが、扉に艦名が彫られていることに気付く。不器用な字だったが、この艦に強い思い入れがあったのだろう。そう考えると顔が自然と綻んだ。
「よろしくな」
なんとなくそう呟き、オイローパへと乗り込もうとして、呼び止められた。
「お兄ちゃん!」
「あ、
「忘れてたって、ひどくない!?さすがに!」
兄の予想外の言葉に、
「
「うん、本当は軌道エレベータ?てところまで付いていかなきゃ行けなかったみたいなんだけど、予定が変わったんだって」
「そうなのか」
やはり、別れというものは落ち込む。二度と会えないなんて事ではないのだろうが、悲しいものだ。
そんな兄を見かねて、
「お、お兄ちゃん!これ!」
「なに?これ」
「ネックレス!ほら、明後日、誕生日でしょ?その前祝い!」
「あ......そっか、ありがとう」
全員を収容し、オイローパが音もなく離陸する。ドームの割れ目から出ていく姿に
手を振って、手を振って、地平線の彼方へと消える頃まで手を振って、
「何も言わなかったの?」
「言えるなら、言っていたさ」
オイローパの中、個室へと繋がる通路の途中で、アンリと
「言った方が良いと思うか?」
「思う......けど、どう伝えれば良いのよ」
言うことが憚れるように、アンリが顔を歪める。知れば、知った本人が傷付く事を二人は怖れていた。
ただの保護対象だった彼に、感情移入してしまった。実験用マウスに愛着が沸いてしまった。
そう、上層部から見限られた理由は明白なのだ。それでも、二人は彼を見捨てられず、要らぬ介入をしてしまった。
「どう伝えれっていうのよ、妹がただの人形だ、なんて......」
もう、全ては動き出してしまった。
楽しい記憶は一時の夢のように......
艦内のブリーフィングルーム。出立から一夜が明けて、再び皆が集まった。
と言っても、もともと
「さてと、俺は
気さくな雰囲気は軍人らしからぬ印象を与えた。
「今俺達がいるのはここ」
「そして、これから向かうのはここだ」
そう言って、左下に指を動かした。そこには黒い点がある。
「軌道エレベータ『アルククインテ』だ。恐らく、快適な空の旅、という訳には行かないだろうから、皆、準備は怠るなよ!」
最後にそれらしい事を言いながら、
何が起こるか、知る由もなかったから。
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