第四話 ~ 紅い怪物 ~

第四話 ~ 紅い怪物 ~


 崩壊する空の向こうには気味の悪い光が蠢いていた。奇妙なほど色鮮やかな光は、生理的な気持ち悪さを感じる。どう考えても、地球上の生物ではなかった。

「アレス、て......?それに、なんで空が......」

「アレスは.........人類の、敵だ」

 瑞希みずきの質問にとおるは半分しか答えなかった。重々しく呟いた声は、何かを隠そうとするように震えていた。

 沈黙が部屋を包むと思ったとき、勢いよく扉が開き、アンリが息を切らして部屋に入ってきた。

とおる!」

「......分かってる、ANアームノイドで待機してろ、すぐ行く」

「......了解」

 とおるはアンリの方へは視線をやらずに、答える。握った拳が白くなっているのにとおるは気付いていなかった。

 とおるが溜め息を吐き、瑞希みずきへと向き直る。

瑞希みずき、悪い。付いて来てくれるか?」

 その質問の解答に瑞希みずきの選択肢はなかった。


 眼前の光景に、短い言葉を絞り出すのが精一杯だった。

「これが......」

「そう、Armnoidアームノイド通称AN、人型駆動戦術兵器と呼ばれる物よ」

 目の前に立つ巨神達に圧倒される瑞希みずき。それらは、兵器じみた重みを感じさせる鈍い光を放っていた。

「これは量産機のMPTW-03 A.G.S.アドミラル・グラーフ・シュペーよ」

 呆然と立ち尽くす瑞希みずきにアンリの声は届いていなかった。だが、それも仕方ないだろう。自分の家に地下があり、そこに軍事兵器があったことに驚かない人はいないだろう。

 現に瑞希みずきも、とおるに連れて来られ、アンリに説明を受け、頭が爆発しそうだったのだ。

「アレスにもいろいろあって、それに合わせてANアームノイドも......て、ちょっと瑞希みずき聞いてる?あんたが教えて欲しいって言ったんでしょ?」

「そうだけど......聞きたいのは別のことなんだけどな......」

 アンリは恐らく自分のであろうANアームノイドを整備しながら、瑞希みずきANアームノイドの説明をしていた。そのおかけで、瑞希みずきの呟きはアンリに聞こえなかったようだ。

 この数日でいろいろなことが起こった。自分がそれに深く関わっていることもなんとなく察した。だが、それだけだ。皆は何かを隠すように、知られることを怯えるように、瑞希みずきに真実を告げることを避けていた。

「はぁ......」

 嘆息する瑞希みずきの後方では、とおるが他の人達と小難しい話をしている。最初は違和感しかなかった戦闘服も、今では板についている。

 瑞希みずきだけが蚊帳の外にいるような気がして、少し寂しくなった。

 不意に冷たい感触を首筋に感じ、瑞希みずきは文字どおり飛び上がった。

「うわ!......て、なんだ澪保みおか」

「なんだ、てなによ......折角お茶持ってきたのに......」

「あ、ありがとう、貰うよ」

 澪保みおは不満そうな顔をしつつも、瑞希みずきにお茶の入ったコップを渡す。コップを受け取った瑞希みずきは、すぐにお茶を胃の中へ流し込んだ。ひんやりとした感覚が混乱した脳に染みる。......おいしい。

「あ、あの、アンリさんも飲みますか?」

「......私はいいわ、ごめんね」

「あ、いや、いいですよ、謝らなくて!失礼しました!」

 なぜかアンリに謝罪し、その後、澪保みおは地下室を一周しながら、お茶を配って回った。 アンリはその様子をしばらく見つめてから、「良い子ね、澪保みおちゃん」と、瑞希みずきに言って、再び作業へと戻った。


「今出せるのは何機だ?」

「六機が限界かと......」

「アレスの規模は?」

「推定1000体以上と思われます。うち、δデルタ級を確認済みです」

 とおるが部下の報告に顔をしかめる。圧倒的に戦力が足りない。そもそも、ここがアレスによって攻められること事態が想定外なのだ。

阿霜あそう雪夜ゆきや......とんでもない置き土産を残してくやがって......!」

 とおるが歯噛みする。だが、今いない人に怒りをぶつけたところで、事態は解決しない。軍人として、私怨を持ち込む訳にはいかないことを、とおるは理解している。

「どうしますか?」

δデルタ級の動きに警戒しつつ、入ってくるアレスを遠距離から狙撃していくしかないだろう」

 そう結論付け、とおるが指示を出そうとしたとき、部下の一人が声をあげた。

「隊長!」

「どうした!?」

「外からの通信なのですが、恐らく救援が来たとの連絡が......」

「本当か!?」

 部下の言葉にとおるの顔が明るくなる。だが、次に部下の発した言葉に、とおるの表情は一変した。

「現在戦闘中の機体は機体番号FCCO-B02......ティルピッツと思われます!」

「......っ!ティルピッツ......だと?!」

 明らかな怨嗟を込めて、とおるが唸った。それを見ながら、瑞希みずきはこれから起こりそうな面倒事を想像するしか出来なかった。


 コックピットの中で、いつきはハッチが開くのを静かに待っていた。パイロットスーツに身を包み、自分の呼吸だけを数えていた。不意に、コール音が鳴る。

いつき、本当にいいのか?』

 画面の向こうで出雲いずもが心配そうな声を出す。モニター越しでも、本当に自分の身を案じてくれているのが分かった。大人びた顔には兄のような安心感がある。その表情に何度助けられたか、心の中で感謝しながらいつきは安心させようと笑みを浮かべる。

「私は大丈夫です。私より、この建造物内の人をお願いします」

 精一杯の笑顔を見せたつもりだった。しかしその表情は出雲から見れば、いや、誰から見ても痛々しく、無理をしているのは明白だった。

 だが、出雲いずもはそれ以上斎いつきを引き留めようとはしなかった。それがいつきにとって、過去の罪滅ぼしになっているのを知っていたから。

『...分かった。でも、無理はするなよ』

「分かってます。では、行ってきます」

 その言葉と共に、目の前のハッチが開く。光が射し込み、いつきの搭乗する機体の全貌が明らかになる。

 黒をベースに黄色いラインの入った機体は、重厚さよりも先に美しさに目を惹かれる。人間のようにシャープな造型も機動性能よりもデザイン性を意識しているように思える。肩にはこの機体の型式番号『FCCO-B02 Tirpitzティルピッツ』の文字が煌めいていた。

 だが、なんといっても特徴的なのは、機体の至るところに備えられた、紅い光を放つ水晶のような装甲だ。その装甲は、目下に群がるアレスの身体にも同じようについていた。

 ハッチが開ききり、ティルピッツが一歩を踏み出す。そして、そのままアレスの大群の中へと落下していった。

Cradクラッド起動――」

 言葉と共にいつきのグローブが光り出す。

煌粒子こうりゅうし安定、BCブラッディー・クリスタルジェネレータ異常なし」

 いつきの言葉に連動するように落下するティルピッツの右手も光り始める。

「システムオールグリーン、形成開始」

 その言葉を合図に、紅い光が輝きを強め、そして霧散する。その後、ティルピッツの手には紅い結晶でできた日本刀のような剣だけが残った。

「『村正むらまさ』の形成終了、戦闘に入る」

 静かに呟き、いつきは紅く煌めく刀を構えた。モニターに目をやると、そこにはアレスの規模が表示されていた。

 αアルファ-classクラス 630 βベータ-classクラス 370 δデルタ-classクラス 10 Totalトータル 1010

 その戦力差に顔色ひとつ変えず、いつきは落下地点の軍勢へと目を移した。そして、着地の直前に村正むらまさを軽く振るう。

 金属を擦り合わせたような断末魔が空気を割って響いた。手足が六本の人型アレス、αアルファ級はいとも簡単に身体を分割された。モニターに映るその様を、感情を押し殺した瞳で眺める。

 仲間を殺され、アレス達がいきり立つ。ナメクジのような体躯のβベータ級が四本の触手を鞭のように打つ。いつきはそれを造作もなく躱し、頭部を割った。そこが弱点なのか、頭部を失ったβベータ級が力なく倒れる。

 尚も群がってくるαアルファ級、βベータ級を捨て置き、ティルピッツが地を蹴る。その瞬間、先程までティルピッツのいた場所に、多方向からビームのようなものが照射された。

 いつきがモニターを拡大する。映し出されたのは、六本の足が放射状に並び、その上に大砲のようなものが乗っかったδデルタ級の姿だった。

 遠距離からの攻撃は厄介だが、対処法さえ知っていればそれほど強い敵ではない。

 そう言っているかのようにいつきはティルピッツをδデルタ級の一体へと高速で接近させ、砲塔部を叩き切る。そして、瞬時にそのδデルタ級を利用して宙返りをした。直後、先程と同じ閃光が走る。だが、標的を失ったそれらは、互いに交錯し、互いを焼いた。

 アレスにも感情があるのか、一瞬たじろいだように見えた。だが、いつきにとってそんな事はどうでもよかった。

 迅速に、正確に、安全に。それを体現するかのように、1010体ものアレスは瞬時に無力化された。

 アレスの屍の上に立つティルピッツは、窮地から救ってくれた救世主でも、破壊の象徴たる死神でも無く、ひたすらに孤高の戦士にしか見えなかった。

 ティルピッツの全身を覆う紅い装甲と手に持っていた刀が消失する。

 いつきはコックピットから出て、空を仰いだ。少女が背負った罪は、まだ癒えない。


 一瞬の事だった。遠方からでも分かる破格ぶり。通信を受けて直ぐに地上に上がったはずだったが、その時にはもうほとんど終わっていた。

「紅い......怪物......」

 風に紛れて誰かが呟く。その驚異的なまでの強さは、怪物と呼ぶに相応しいのかもしれない。だが、瑞希みずきはそう思わなかった。

 夕焼けに佇む機体はただ儚く、そして、ただ美しいものだったから。

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