第二話 ~ 白い光 ~

第二話 ~ 白い光 ~


「ねえねえ、しおりちゃんが前住んでたところってどんなとこ?」


「その髪と目って生まれつき? 珍しいよね、灰色なんて!」


 人だかりの中心。そこには確かに、あの少女がいた。灰色の髪に灰色の瞳。どこか近寄りがたい雰囲気をまとった少女が。


 その少女を、陰から覗くように見る少年の影があった。


「......気になるなら、いけばいいのに」


「だから、別に気になってなんかないって言ってるだろ」


「どうだか」


「お、アンリ、嫉妬か?」


 とおるが横の少女に向かってニカっと笑う。少女は長い金髪を揺らし、明らかにうろたえる。


「ち、違うわよ! なんで私が瑞希みずきなんかに!」


「うわー、テンプレすぎて逆にひくな、これは」


「ひくな!」


 このテンプレすぎるツンデレ、略してテンデレ(笑)な少女はアンリ・ビショップリング。いいとこのお嬢様らしい。少しつり上がった大きな金の眼に、白い肌、華奢な手足、端正な顔立ちは、男子のみならず、女子からの人気も高いようだ。

 しかし、本人はお嬢様という立場が気に入っているわけではないようだ。その結果、気品のかけらもない言動をとる少女へと成長してしまったわけである。


「で、彼女は誰なの?」


「やっぱ嫉妬じゃん」


 とおるの言葉にアンリが殺気立つ。その目力でとおるの顔がひきつる。しかし、今度は冷静さを保って瑞希みずきへの質問を続けた。


「......っ、し、知り合いなの?」


「俺にもわからない、会ったのは初めて......だと思う」


「......はぁ、なによそれ? どうも煮え切らないわね」


 瑞希みずきの発言にアンリがため息をつく。そして、仕方ないわね、と呟くと、瑞希みずきの腕をつかんで人だかりを分け入った。


「ちょっとごめんね、さざなみさん。この人が話があるって」


「え、いや、俺はそんなこと」


 笑ってごまかしながら、瑞希がその場から離れようとする。しかし、瑞希みずきの裾をしおりが掴んだせいで、逃亡は失敗に終わった。


「聞きたいことが......あるの......」


「俺に......?」


 尋ねる瑞希みずきしおりが頷く。瑞希みずきは一度困惑の表情を浮かべるも、話を聞くことにした、その時だった。轟音と共に校舎が揺れる。ズン、とお腹に響くような音がし、次いで衝撃が足元を揺らした。


「な......っ!」


「きゃあ!!」


 困惑と恐怖の入り交じった悲鳴が耳をつんざく。幸い建物の倒壊はなく、皆軽傷を負う程度で済んだ。


「いったい何が......」


 状況の整理がつかない中、キンと校内放送のスイッチが入る音がした。


『初めまして、俺は阿霜あそう雪夜ゆきや。たった今、この校舎は俺達が占拠した』


 荒唐無稽、誰もがそう思った。しかし、現実はそんな事を考える時間すら与えてくれなかった。


「動くな!」


 重装備の集団が教室へと乗り込んできた。男達は廊下側の壁を背に並び、逃げ道を塞ぐ。彼等が持っている銃が向けられているのは自分達。意味が分からなかった。だが、放送はなおも続く。


『俺達の目的はただひとつ、さざなみしおりを保護することだ。大人しくしてくれれば、こちらから危害を加えるつもりはない』


 雪夜ゆきやの一言に瑞希みずきが凍り付く。思わずしおりの方を振り返ると、彼女は口を硬く引き結び、顔を伏せていた。


「そ、そんなことできるわけないじゃない!」


「そうだそうだ! お前達テロリストが約束を守るわけないだろ!」


 理不尽な要求に生徒達が声を荒げる。皆の声に励まされ、心強く感じた。そんな矢先だった。


「黙れ、人形共が!!!」


 正直、まだどこかで楽観視していた。自分達は学生で、狙われる理由なんて持ってなくて、だから大丈夫だと。現実がこんなに残酷だったなんて知らなかったから。


 銃声が轟いた。瑞希みずきの目の前で、友達が次々と鉛玉に貫かれ、肉塊へと無惨にも変わっていく。


「や、やめろ......」


 その呟きはあまりにも小さく、自分の弱さを表しているかのように幾重にも重なる発砲音に掻き消される。


「やめろ......」


 隣でまた一人、頭の半分を消し飛ばされて倒れる。見ているしか、出来なかった。


『ゼス、止めろと言っているだろ』


「う、うるさい! 任務は目標の保護だ! それ以外は殲滅でも構わないだろ!」


 インカムを通して雪夜ゆきやとゼスと呼ばれた男が言い争っている。その最中でも、一人、また一人と友人が倒れていく。何も出来ない自分が悔しくて、無力な自分が許せなくて、自分の弱さを自覚したとき、瑞希みずきの中で何かが壊れた。


「やめろおぉぉぉおお!」


 怒号と共に瑞希みずきの手から光が放たれ、銃撃をしていた男達が一瞬怯む。その間に瑞希みずきは光る手を隣の少女、しおりの前にかざした。しおりの顔が苦痛で歪む。しおりから出た白い光が瑞希みずきの手を中心に帯状に伸び、何かを形づくる。


「これは......!」


 光が弾け、現れたのは、瑞希みずきの身長を越える長大な剣だった。その剣は水晶のように美しく透き通り、淡く白い光を放っていた。いつの間にか、静寂が辺りを包み、教室内で立っているのはもう瑞希みずきしかいなかった。


 虚ろな目のまま、瑞希みずきは正面の男へと視点を合わせる。それに言い知れぬ恐怖を感じたゼスが、我に返る。


「あれは、Cr-Asクレイスか?! そんな、バカな! くそっ、下がれ、退却だ!」


 ゼスが慌てて指示を出す。無様に背中を晒すゼスを氷のような視線が射抜く。瑞希みずきは輝く大剣を振りかぶり、そして、軽やかに振り抜いた。



雪夜ゆきや、ゼス達の通信が途絶えました」


「聞けばわかる。......だめだな、部下の統制も出来ないとは」


「本部の連中がバカなだけです。雪夜ゆきやに非はないと思います」


「それでも、部下を失ったのは事実だからな」


 先程、雪夜ゆきやと名乗った男は、バイザーで顔を覆い、黒のコートを着ている。夕焼け色の髪をした少女――夕凪ゆうなぎ叶愛かなえからの報告に嘆息し、次の行動を思案する。


叶愛かなえ、全員戻らせろ。......俺が行く」


「了解」


 それだけを伝え、モニターに映る少年に視線をやる。モニターの少年は、血溜まりの中で呆然と立ち竦んでいた。雪夜ゆきやがバイザーの奥の目を細める。


「俺の考えすぎか、もしくは......」


 そう独り言ち、雪夜は瑞希たちのいる部屋へと向かった。



 視界は、真っ赤に染まっていた。

 後ろには理不尽にも凶弾に倒れた友人が、前にはなぜか身体を分割された名も知らぬ人たちが、何の違いもなく、平等に、赤い湖にその身を埋めていた。


 しばらく呆然としていた瑞希みずきだったが、はっと我に返り、青い顔で周囲を見回す。おびただしい肉塊の中に灰髪の少女を見留め、慌てて駆け寄った。


しおり!!」


 瑞希みずきしおりを抱き上げる。意識はないものの規則正しくしおりの胸が上下しているのが分かった。瑞希みずきは安堵からその場にずるずるとへたりこむ。


「よかった......」


 瑞希みずきがほっと胸を撫で下ろす。その時だった。


 カツン――


 廊下から足音が聞こえた。瑞希みずきの体がびくりと震える。無意識に手に力が入る。緩慢な動作で廊下をにらみ、飛び出そうなほど脈打つ心臓を押さえ込む。


 徐々に足音が近づき、そして、男が一人現れた。


「初めまして、阿霜あそう雪夜ゆきやだ。織弦おりづる瑞希みずきだな?」


「......っ!」


「すまないが、今お前に用はない。大人しくしていてくれ」


 愕然とする瑞希みずきをバイザー越しの目が射ぬく。その視線には殺意だけでなく、哀れみや憂いも帯びているように感じた。

 だが、一瞥しただけで雪夜ゆきや瑞希みずきから視線を外し、しおりへと歩を進める。

 畏縮する体を叱咤して、瑞希みずきしおりの前に立ち塞がった。


「何がしたいんだよ! なんで......こんな!」


 瑞希みずきの行動に、雪夜ゆきやが足を止める。


「用はないと言ったが?」


「お前になくても、俺にはあるんだよ! なんで皆を......それに、なんでしおりを狙うんだ!」


 バイザーのせいで表情が読めない。だが、雪夜ゆきやは敢えて分かりやすく息をついた。


「何もしていない......何も、していないからだ」


「何...だよ、それ......?」


「お前に言ってもわからないさ」


 そう言って雪夜ゆきやはホルスターから抜いた拳銃を瑞希みずきに向け、引き金に指をかける。


「ひっ......」


 瑞希みずきがひきつった息を漏らす。


「単刀直入に言う。その子を返せ。お前といるのは危険だ」


「何を今更......!」


「それもそうか......」


 雪夜ゆきやが人差し指に力を込める。瑞希みずきは恐怖で震えが止まらず、呼吸も上手く出来ない。目も、大きく見開いたまま、動かすことが出来なかった。

 けれども、しおりを守らなくてはと言う強迫観念染みた思いが瑞希みずきの胸中を渦巻く。


 そして―――

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