第一話 ~ あなたは ~
第一話 ~ あなたは ~
ジリリリリリリ――――――
けたたましい音が鳴り響く。自らがセットしたはずのアラーム音に半ば逆切れしつつ、
窓の向こうから、陽気な朝日の光と共に、小鳥達が戯れる光景が目に飛び込んでくる。
(なんか、変な夢を見てたような...)
鏡に映る顔は、まあ、どこにでもいるような顔だ。大して特徴もない。少しだけ優しげな雰囲気と、少しだけ中性的な顔付きなだけ。大衆に混ざれば、探すのに苦労することは間違いないだろう。
今は、目の下の隈とボサボサの頭が、それをほんの少しだけ改善している。いや、改悪だろうか。
ふいに、一階から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「お兄ちゃん、起きたー?
「わかったー、すぐ行く!」
友人の来訪の早さに焦りながらバタバタと着替える。部屋を出る頃には、もう夢のことはすっかりと忘れてしまっていた。
一階へ降りると、妹と友人が談笑しながら待っていた。
「あ、おはよーお兄ちゃん。ごはん、準備してるから早く食べて」
「
「うん、おはよう、
そのくせ、性格も非情にいいため、人見知りの
三人が、仲良く同じテーブルにつく。最近の
大して意味のない会話をして、盛り上がる。その間も
「さてと、
「そうですね」
「なんで
食器を片付けながら、
よくある日常の一コマ。飽きすら来そうなこの光景に、部屋の隅から無機質な視線が注がれていた。
巨大なモニターに
「調子はどうですかね?」
白衣の男の後ろから巨躯の男が声をかける。それを見留めた白衣の男が大袈裟な声を上げる。身振りまで大袈裟だ。手を大きく広げ、体全体で思いを表現していた。
「これはこれは! あなたがこんなじめじめしたところにわざわざ足を運ぶとは思いませんでしたよ」
「御託はいい、被検体に異常はないですな?」
白衣の男の言葉を流し、巨躯の男が催促する。白衣の男は意に介した様子もなくモニターに向き直り、メガネを直してから口を開いた。
「大丈夫ですよ、計算上では今日を逃す意味は皆無です。今日、世界は新たな歴史を刻むのですよ!!」
「それは楽しみです。期待しておきましょう」
感極まる白衣の男をよそに、男は薄暗い部屋を後にした。
「しかし、偉いよね、
「えー、そんなことないですよ。というより、兄があんなのなので、しっかりせざるを得なかったというか...」
「悪かったな、あんなので...」
家を出てから10分ほど、三人は森の中の小道を進んでいた。整備はされているものの、電灯は少なく、朝でも少し薄暗い道だ。
「...ん?」
ふと、
「どうした?
「今、向こうを女の子が通ったような...」
「誰もいないぞ?」
「でも、確かに...」
「きっと気のせいだよ、お兄ちゃん。早くしないと、遅刻しちゃうよ」
「うわっ!」
「ごめん、先行ってて!」
荷物を受け取った反動でよろける
「ちょ、ちょっと! お兄ちゃん!?」
「すぐ戻るから!」
体制を立て直した
「ったく、こっちの身にもなれよ...」
口の中だけでそう呟きながら、
「......」
一人残された
ただ、ひたすらと――――――
「歌......?」
森を少し進むと歌が聞こえてきた。讃美歌のような歌。鈴の音のような美しい声。
しばらく進むと、急に視界が開けた。目に飛び込んできたのは、朝の日差しと古びた建物。どうやら教会のようだった。壁や屋根を草でおおわれ、長年使っていないのがよく分かった。しかし、歌声は教会の中から聞こえているようだった。
つたの絡みついたドアを引き、
「......っ!」
思わず、息を呑んだ。教会内は、まるで、外とは別世界のように美しかった。
神秘的な空気を孕んだ教会内。ステンドグラスから差し込む光は、きれいに並べられた椅子に座る、一人の少女を照らし出す。少女は、灰色の髪を両肩の位置で緩く結び、儚げな雰囲気をまとっていた。
「......だれ?」
「え? あ、いや! その......」
少女が
しかし、突然声をかけられたことに狼狽える
「お、驚かせるつもりはなくて! ......ただ、君の歌が聞こえたから。君が......一人に見えたから」
「......」
「それ...しお...り? 何も......書かれてないみたいだけど......」
「これは......わたし。何もない......空っぽなわたし」
少女の淡いピンクに色づいた、薄い唇が小さく動く。詞のように言葉を紡ぎ、少女は、真っ白な栞を
「私の名前は、
「あ、俺は
「そう......」
目を伏せる
「みずき、あなたはどんな人?」
「.........え?」
栞を受け取ろうとしていた
「それは......どういう......」
「あなたも、わたしと同じ、空っぽ」
思考が、止まる。
「みずき、あなたは......」
流れが......とまる。
「だれ?」
――――――セカイガ、トマッタ。
「......お......い。み......き」
聞きなれた声が耳を打つ。
「う......ん、とお......る?」
「
異様に重たい瞼を開き、目の前に映る人物を視認する。
「俺......なにを?」
「こっちが聞きたいって、何してたんだよ、こんなところで」
ふと、右手に違和感を覚えてそこに目をやる。そこには真っ白の何も書かれていない栞が握られていた。それを見留め、
「夢じゃ、なかった......」
栞を胸の位置で抱く。何も言えなかった自分に憤りを覚えた。何を言えばよかったのか、今でも分からない。やっと会えた、そう思ったんだ。
けれど、もう会うことはないだろうと、気持ちを切り替えることにした。朝の夢と同じように、時間が全てを忘れさせてくれる。
「行こう、
「ん、あぁ。まあ確かにぎりぎりだが、大丈夫なのか?」
気を遣って手を貸そうとしてくれる
実際は自分も何があったかよく分かっていないけれど、自分より辛そうな表情を浮かべる
「大丈夫だって、ほんとに急がないと」
「まあ、そこまで言うなら止めないけど」
「心配しすぎだって、行くよ」
そう言って、
「結局遅刻したし......」
あれから全力疾走したが、その甲斐なく、結局、
机に突っ伏す
「おい、
「今来たばっかなんだから聞いてるわけないだろ......」
「お、それもそうか。まあ、これみてみろよ」
そう言って男子がペン状の端末を渡す。空中に投影された画像は
「な? かわいいだろ」
「そ、そんな......!? 本当に......?」
そこに写っていたのは、ついさっき忘れようとした少女の、儚げな顔だった。
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