第13話 恐竜の世界


 「あれは俺の知っている恐竜じゃない…」


隠れた岩場から僅かに身を乗り出し、前方に存在している三頭の巨大生物を見る。

俺もそうだが一般的には恐竜はトカゲや亀に代表される爬虫類の大型なもののイメージがある。

しかし今、俺の目の前に居る生物はどうだろう…全体のシルエット自体は恐竜のそれなのだが、カラフルなフワフワの羽毛を纏っていて、これでは先程の始祖鳥とまではいかないがどちらかと言うと鳥類寄りの生物なのではと思わずにはいられない。

さっきの鳴き声も怪鳥と呼ぶ方がしっくりくる。

まあそもそもの恐竜の「ガオー!!」的な鳴き声というのも人間が勝手に決めたイメージであり、ヒーロー物や怪獣映画の影響も大きいんだけどね。


「つっ君…怖い…」


俺に抱き着いているあやめちゃんが尋常では無い程震えている。

それはそうだろう、岩で遮られているとは言え、僅か数十メートル先に巨大な生物が闊歩しているのだから。

彼女を安心させるために俺は少し強めに腕に力を籠め抱きしめた。

そしてふと俺はある事を思い出す。


「ああ、そうか…!!」


「何?何か分かったのかい九十九?」


チャイムが俺の顔を覗き込む。


「最近の恐竜の研究結果に実は恐竜は爬虫類より鳥に近かったのではないか…鳴き声も鳥に近く、体表は羽根が生えていたのではという研究結果が出たとかどうとかテレビでやっていたのを思い出した…と言う事は目の前に居るあの恐竜擬きこそが本当の恐竜の姿をしているのかも知れないな」


「九十九殿…今はそれどころではありませぬぞ…この状況をどう切り抜けるかを考えなければなりませぬ」


「ああ…そうだな済まん…」


無頼ダーの言う通りだ…十数メートル先には恐竜たちがいて、こちらは息を潜めて隠れている状況だ…こんな知識をひけらかしている場合ではない。

つい自分の知識を披露したがるのが俺の悪い癖だ…これで何人のクラスメイトを引かせたことか。

反省はそこそこに、更に恐竜たちの観察を続ける…しかし何故かあいつらは先程走って今の場所に到着してからは大きく動こうとはしなかった…各々がキョロキョロと辺りを見回すのみ。

もしかして俺たちに気付いてここに来たのではないのか?

それなら奴らが去るまでここに隠れていればやり過ごせるかもしれない…。

俺がそんな事を考えていると赤い羽毛の一頭が何かを見つけたかのように歩き始めた…赤羽あかばね(便宜上これからそう呼ぶ)の視線の先には先程無頼ダーの手裏剣を受けた始祖鳥がいた…ツバサを不自然に広げて地面に這いつくばりもがいている。

もしかして手裏剣によって深手を負い、地面に降りたはいいが飛び立てなくなったのでは?


「なるほど、奴らはあの手負いの始祖鳥を喰らう為にここに来たんだな」


「喰らう?その『しそちょう』って言うのはあいつらの仲間ではないのかい?」


「あ~そうか、チャイムにはまだ分からないか…恐竜に限らず肉食の野生動物っていうのは別の生物を狩り、それを喰らって自らの生命を繋ぐんだよ…」


「そう…なんだ…」


『弱肉強食』…俺達人間は教育によってそれを知識として持っているが、つい数日まで食事という概念すら知らなかった精霊のチャイムにこれが理解できないのは無理ないのかもしれない…少しショックを受けている様だ。

しかしマズいぞ…赤羽の進路は俺たちの居る岩場の横を必ず通る…。


「みんな…物音を立てるなよ?」


「うん…」


「分かったよ…」


「承知…」


小声で皆に釘を刺し、より一層息を殺した。

それが功を奏してか恐竜擬き達は俺たちのいる場所に気付かずに通り過ぎ、案の定地面でのたうち回る始祖鳥の所へと向かったではないか。

そして寄って集って獲物に噛り付く…悲痛な鳴き声を上げる始祖鳥…さすがにこれはむご過ぎて聞くに堪えない。

俺はあやめちゃんの耳を塞いだ…彼女には聞かせたくなかったのだ。

やがて始祖鳥の声は聞えなくなった…赤羽たちの足元には夥しい羽根と地面を濡らす血液、そして骨が散らばるだけだった。


「今の内に逃げよう…」


俺があやめちゃんの手を引きその場を離れようとしたその時…あやめちゃんが地面から突き出た小さな岩お突起に足を取られて転んでしまった。


「あっ…痛い!!」


「あやめちゃん大丈夫か!?」


慌てて彼女を起こすと、ぶつけた膝小僧に薄っすらと血がにじんでいる。

しかしこの時の俺たちの声を恐竜たちが聞きつけてしまった様で三頭が一斉にこちらに向き直った。


「クエエエエエエツ!!!」


赤羽がこちらを威嚇する様に口先を向け、大きな口を開けけたたましく吠える。

空気が振動し耳がキーンとなった。

やがて奴らはこちらに向かって徐に脚を動かし始めた。


「しまった…!!あやめちゃん!!俺におぶされ!!チャイムも来い!!」

「うん!!」


俺は彼女の返事を待たず、半ば強引に背負い上げ一目散に走り、チャイムもそれに続いて飛行する。

これはマズい…相当にマズイ…

奴らの身体の大きさからくる歩幅と俊敏性は簡単に俺たちに追い付ける。

そうなれば俺たちの運命はあの始祖鳥と同じ末路を辿るだろう。

案の定、地響きを立てて加速して来た赤羽はあっという間に俺の背後に迫っていたではないか。


「うわあああっ!!」

「きゃあああっ!!」


顎の可動域限界まで開かれた赤羽の牙が俺とあやめちゃんに迫る!!

万事休す…。


「九十九殿----!!!」


金属同士がぶつかった様な甲高い音が鳴り響く…恐る恐る振り向くとなんと無頼ダーが飛び掛かり、忍者刀で赤羽の鼻先に斬りかかっているではないか。


「グエエエエッ…!!」


赤羽が物凄く痛そうに頭をブンブンと振りまわす。

鼻先の刀傷からはおびただしい血液が吹き出ていた。


「ここは拙者が食い止めるが故、九十九殿はお逃げくだされ!!」


「済まん!!恩に着るよ!!」


俺たちの背後に着地し忍者刀を構える無頼ダー…俺は振り向かずにその場を立ち去る。

彼一人をこの場に残すのは心が痛むが、俺たちがここにいる事がかえって無頼ダーの足を引っ張る事になる。

後ろ髪引かれる思いで俺はひた走る。

無頼ダーの繰り出す数々の技により赤羽はこれ以上俺たちを追って来れず、足止めを喰らっている。

しかし安心するのはまだ早い…その戦いをすり抜け他の2頭…青羽と黄羽が俺たちを追って来たのだ。


「九十九殿----気を付けられよ!!」


無頼ダーが叫ぶ声が聞こえる…しかし彼は赤羽1頭を相手するのが手一杯の様で、こちらに駆け付ける事が出来ない。

青羽と黄羽はまるで徒競走でもしているかのように抜きつ抜かれつし、俺たちを追ってくる。


「くっそーーーーーー!!!」


走る走る!!気道が張り付いたような感覚が襲い、呼吸が苦しくなる。

これ以上早く走りを維持するのはもう限界だ…足も重くなり確実にスピードが落ちていく。


「クワアアアアッ!!」


突き出した青羽の口先があやめちゃんのリュックサックを引っ掛けた。


「きゃあああっ!!」

「あやめちゃん!!」


間一髪…あと5センチ奥まで届いていたらあやめちゃんが大変な事になっていた。

破れたリュックサックからチョコレートやキャンディなどのお菓子や食料、アウトドアで火を起こす為に重宝する先端の長い着火の道具「ハッカマン」が地面にばら撒かれた…これらはこの世界を探索する上でもしも野営する事になった時の為に持って来た備えだった。

しかし貴重な物だが拾っている余裕は無い…命に変えられる物など無いのだから。


『九十九サン…ご無事デスカ?』


足の裏から炎を噴射しながらイエポンが上空から俺たちと青羽の間に割って入る形で降り立った。

辺りに砂埃が舞う。


「クエエエエエエツ!!」


向かって来た青羽の前足をイエポンが両手で受け止め、力比べが始まった。

お互いの力が拮抗しているのかお互いそこから足から根を生やしたかのように微動だにしなかった。

イエポンの全高が3メートル強なのに対して青羽は5メートルを悠に超える。

力比べが長引けばこちらが不利になるのは明らかだ。

だがイエポンもスーパーロボットだ…そう易々とやられはしないだろう。

しかし青羽がイエポンの肩口に噛み付いてきた…両腕が塞がっている彼に防ぐ手立てはない。


『ココハ私が食い止めマス…九十九サン達は早くゲートへ…』

「くっ…済まん!!」


踵を返し走り出す。

くそっ…まただ…また仲間を犠牲にしないとまともに逃げることも出来ないのか…!!俺は…なんて無力なんだ!!

自分自身への情けない感情を胸に抱いたまま再び逃げ出すしかなかった。

背中越しにイエポンと青羽の格闘する音が聞こえる…しかしその音が突然、一際大きくなった。

走りながら顔を横に向け後方を確認すると、イエポンと青羽の戦いに黄羽までもが加わっていた。

二対一…これではさすがのイエポンでも防ぎきれない。

しかし俺はイエポンに対してある違和感を覚えた。


「イエポン!!何故武器を使わない!?アニメでは色々使っていただろう!!」


そう、イエポンには腕を変形させて武器に出来る機能に加え、ビームやミサイルを打つことも出来るのだ。

それなのにそれらの武器を使わない理由は?


『それは出来まセン…この世界の生物を我々別世界から来た存在ガ安易に命を奪っては後でドンナ変化が起こるか分かりまセンから…』


「あっ…」


そうか…!!イエポンに言われて初めて気付いたが、この世界において俺たちは言わば部外者…本来は存在してはいけない者…それがこちらの生物の命を奪ったり、物を持ち出したりすれば、この世界にどんな変革をもたらすのか想像もできない…。

イエポンがそこまで考えていたとは…改めて俺自身の想像力の無さを実感してしまった。

両腕を広げ2頭の恐竜を押し留めていたイエポンであったが、とうとう力負けしてしまい後方へと押し倒されてしまった。

激しい地響きが辺りを揺らす…勿論俺たちが居る所にもだ。

一時的に揺れが収まった…安堵のため息を吐いたのもつかの間、イエポンの倒れた所から地面にひびが入りこちら目がけて地を這う大蛇の様に進んで来たではないか。


「まずい!!」


そう言うか言わずの間に地割れは俺たちの足元まで突き進み足元の地面を破壊してしまった。


「うわあああっ!!!」

「きゃあああっ!!!」


砕け散る岩盤もろとも地面に空いた穴に落下する俺とあやめちゃん。


(くそっ…このままではあやめちゃんを傷つけてしまう…)


俺は空中で体勢を入れ替え、あやめちゃんを抱きしめる様に落下していく。

その際、俺の身体が下になるように身体を必死に捩った。

やがて背中に大きな衝撃が響く…地面にもろに背中から衝突したのだ。


「がはぁっ…!!」


「つっ君…つっ君!!しっかりして!!」


あやめちゃんがその小さな手で俺の胸を何度も揺する。

良かった…何とかあやめちゃんだけでも無事で…。

地面に大の字になった状態で上に視線を移す…どうやら十メートル程落下したらしい。

やがて上空から舞い降りたチャイムも心配そうに俺の顔を覗き込む。


「九十九!!大丈夫かい!?」


「ああ…何とか生きてるよ…」


苦しい…息が出来ない…だが少し休めば回復する事だろう…しかしそんな俺の希望的観測をあざ笑うかのように最悪の事態が起こる…なんと黄羽が上の崖から転げ落ちてきたのだ。

前転でゴロゴロと転げる黄羽…ただ俺達が居る下の地面への着地時に頭を強く打ったらしく脳震盪を起こし痙攣している。


「なに~!?馬鹿な!!」


不幸中の幸いで黄羽は気絶しているが目覚めるまでにそう長くは掛からないだろう…早くここから移動しなくては…そう思うのだが身体が激痛によりいう事を聞いてくれない。


「つっ君早く起きて!!怪獣が起きちゃう!!」

「ほら九十九!!早く逃げるんだよ!!」

「無理言うな…ゴホッ!!ゴホッ!!」


俺も落下してから数分と経っていないのもあり、まだ動けるまでには回復していない。

おまけに助けも見込めない…このままではやられる…!!

俺は残る力を振り絞り何とか上体を起こし腕を使って後ずさった。


「グルッ…?」


マズい…黄羽が目を覚ました…予想よりはるかに速い。


「グエエエエッ!!!」


黄羽も態勢を立て直しこちらへと向かって来た。

まだ本調子ではないらしく頭を傾けよたよたしている。


「ふざけるな!!こんな所でやられてたまるか!!」


必死に後ずさっていると指先に何か細長く固い物が引っ掛かるのを感じた。

視線を向けるとそれは骨だった…しかも複数本ある。


「これは…」


さらに視野を広げると俺の後ろには恐竜一体分の白骨化した骨格が原型を留めたまま半分地面に埋まった形で横たわっているではないか。

見た所この骨の主も肉食恐竜だ…きっと博物館の学芸員や研究者なら垂涎ものの骨格標本だろう。

そしてそのあと信じられない事が起った…俺が触れた部分から骨が淡く光り出し全身に拡がっていったのだ。


「おい…まさかこれは…」


光が全身に行きわたると、なんと骨格標本の恐竜がむっくりと起き上がったのだった。

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精霊指定都市 美作美琴 @mikoto

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