第12話 予期せぬ事態


 『それでは行きマス…しっかり捕まっていてくだサイ』


俺たちはイエポンに抱えられ異世界へと繋がる空間の歪みに向かって進んで行く。

空間の歪みは少し高い位置にあるのでイエポンの足の裏や背中にあるジェット噴射口から出る推進力によって飛行して通り抜けるしかなかった。

これからも次々と精霊界で更に別の異世界へと繋がる空間の歪みが見つかるだろうから、この辺はイエポンに頼らなくても通り抜け出来る様に何か対策を考えなければならないかもしれない。

まあそれは今向かっている異世界の調査を終えて戻って来てからでも問題ないだろう。

そんな事を考えている内に目の前には極彩色に蠢く空間の歪みが迫っていた。

さすがに間近まで来ると不気味さが際立ち、少し怖気づきそうになる。

やがて空間の歪みに飛び込む…そうすると今度は俺たちの回り全てを多色のペンキを適当に混ぜてかき混ぜた様な不気味な色彩の渦が包み込み、ずっと見続けていると気分が悪くなりそうだった。

後ろを振り向くと今しがた抜けてきた精霊界に繋がる空間の穴が見る見る小さくなっていき、やがて見えなくなっていった。


「つっ君…私、何だか怖い…」


「大丈夫だよあやめちゃん…俺が付いているじゃないか…」


微かに震えるあやめちゃんの肩に腕を回し抱きしめる。

どうやら彼女も俺同様、不安を感じている様だ。

俺だって今いる空間のトンネルここやこの先にある異世界が本当に安全なのかなんて確証はない…正直怖い。

本来ならこんな危険が伴う行動にあやめちゃんを同行させるべきではないのかもしれない。

しかし俺たちに躊躇している余裕は無い、あやめちゃんを人間界に返す為の少しでも多くの情報と経験を集めなければならないのだから。


「九十九殿…そろそろこの面妖な空間を抜ける様ですぞ…」


俺の肩の上の無頼ダー零が指差す前方に視線を移すと確かに小さくではあるが光が見える。

それは近付くにつれドンドンと大きくなりやがて眼がくらむほど眩くなり俺は目を覆った。


「うっ…ここは…?」


徐々に目が慣れて視力が回復すると、まず俺の目に飛び込んで来た光景は何とも殺風景なものだった。

俺たちはイエポンに下ろしてもらい地面に立った。


「何だいここ…雑草と岩ばかりじゃないか…」


実につまらなさそうに落胆した声で感想を漏らすチャイム。

確かに折角初めて精霊界以外の異世界に来たというのに少し残念な気もする。

彼女が雑草と称したそれは幾多にも分れた枝を中心にギザギザの葉が伸びている特徴からシダ植物の仲間ではないかと思われる。

ざっと見回しただけだが本当にその植物と岩しか見当たらない…それに心なしか蒸し暑い。

ジワジワと汗が滲み出し着ているシャツが身体に張り付く。

ここまでは先にこちらの様子を見てくれた精霊たちの情報通りと言う所か。


「あれ?ところで無頼ダーはどこ行った?」


先程まで俺の肩の上に居たはずの無頼ダーが見当たらない…一体どこに行ってしまったのか?


「拙者ならここに…」


声の方へ振り向くとそこには無頼ダーが立っていた…それも俺の身長より高い。


「お前…!!どうしてそんな大きさに!?」


「さあ…拙者にも皆目見当が付きませぬ…」


俺は驚きの余り声が裏返ってしまった。

無頼ダーも首を傾げている所を見ると本人にも原因は分からないらしい。

まさか作品内の設定の身長にまで大きくなったのか?

しかし何故?


「いや、本物のヒーローが居てくれている様で心強いよ」


うん、これはどちらかと言うと歓迎すべき変化だろう…等身大の方が何かあった時に助けになってくれるだろう…異世界で起こる事をいちいち深刻に受け止めていては身が持たない…俺はこの事を前向きに捉えることにした。


「さて…これからどうする?闇雲に散策しても埒が明かないと思うんだが…」


俺たちはここに観光に来たわけではない、調査に来たのだ。

しかものんびりと調査するのは危険だと考えている。

何故ならいつ不測の事態が起きるか分からないからだ。

今いるこの異世界に求める条件は更にここから新たな異世界へと繋がる空間の歪みを見付ける事だ。

あわよくば直接人間界に繋がってくれれば言う事は無いが、そんなに簡単に事が運ぶとは俺も思っちゃいない。

もしここで収穫が得られなかった場合は精霊界に戻ってやり直し、あちらからまた新たな異世界にアプローチを掛けなければならない。

だから俺が一番恐れているのは通り抜けてきた空間の歪みが閉じてしまう事。

それはすなわち退路を断たれる事であり、最悪、死を意味する。

今はしっかりと開いたままになっている空間の歪みだがいつ閉じてしまうか分からない…迅速な行動が求められる。


「僕がひとっ飛びして上空から探りを入れようか?」


「ああそうだな…頼めるかチャイム?」


「ガッテン承知の助!!」


一体どこで覚えてきたのか、おかしな返事をして空高く舞い上がるチャイム。

すると何かが高速でチャイムに近付き、そのまま彼女を捕らえて行ってしまったではないか。


「いや~~~~!!助けて~~~!!」


「チャイムちゃん!!」


目の前で起こったチャイムの危機にあやめちゃんが声を上げる。


「あっ…あれは…!?」


俺は息を呑んだ…あの赤から黄、青へと徐々にグラデーションが掛かった先端に爪の生えた羽根…

チャイムを咥えている嘴は歯が並んでいるように見える。

爬虫類と鳥類の中間の様なその姿…あれは始祖鳥!!

恐竜図鑑でしか見た事が無い絶滅してしまった生物…まさかこの目で目撃する事になろうとは…。

あの派手なカラーリングは想像上の物の筈だが、目の前に居るそれは幼い頃俺が見た図鑑のイラストに酷似していた。

おっと…感動している場合ではなかった…早くチャイムをあの始祖鳥から助けなければ。

デジャヴュを感じながら俺は地面の石を拾おうとしたが如何せんカラスの時とは違い始祖鳥は中々の大きさだ…俺が小石を当てたところで奴が怯むとは思えない。


「無頼ダー!!あの鳥を何とか出来ないか!?このままではチャイムが…!!」


「ウム…任されよ…ハッ!!」


言うが早いか無頼ダーは懐から手裏剣を取り出すと数発同時に始祖鳥に向かって投げつけた。


「グエエエエッ!!」


その内の2,3発が翼に刺さり始祖鳥は悲鳴を上げた…その拍子にチャイムを嘴から離してしまった。


「やるな無頼ダー!!流石だぜ!!」


「何のこれしき」


俺は歓喜の声を上げる。

早速彼の大きくなった身体が役に立ってくれた…これは頼もしい。

解放されたチャイムは真っ逆さまに落下したが、自身の羽根を羽ばたかせ空中で体勢を立て直し俺の方へと一目散に飛んで来たではないか。


「大丈夫か!?」


「あ~~~…死ぬかと思った…」


俺の腕の中で目を回し息を荒げるチャイム…あやめちゃんも心配そうにのぞき込む…幸い怪我は無かったようだ。

しかし空中に外敵が居るとなると迂闊にチャイムを飛ばせての情報収集が出来ないではないか…何か別の手を考えなければ…。

仕方なく俺たちは徒歩で散策する事となった。

しかし行けども行けども似た様な景色が続く…これでは簡単に迷子になってしまいそうだ…幸い、イエポンが空間の歪みの位置と俺たちが居る位置の情報を電子頭脳を使ったGPS的なもので把握してくれているのでそうなる心配はない。


『九十九サン、皆サン、止まって下サイ…』


「うん?どうしたイエポン、何かあったのか?」


不意にイエポンが俺たちに止まるように言ってきた。


『この先に生体反応がありマス…それもかなり大型の…』


「何だって!?」


始祖鳥以来の大型生物…俺の脳裏に嫌な予感が過った。

始祖鳥が居たと言う事はが居たとしてもおかしくないからだ。


『しかも複数体、こちらに高速で向かって来マス』


イエポンの言葉が終わった直後、小刻みに地面が揺れ、それは確実に大きくなっていった…これは間違いなく巨大な何かが地上を移動している証拠だ。

しかもこちらに向かって…。


「まずい…隠れろ!!」


何が来るのかは分からないが一先ず身を隠す事にする。

丁度おあつらえ向きの大きな岩があったのでみんなでその陰に潜んだ。

イエポンは身体が大きかったせいで難儀したが、何とか隠れる事が出来た。


「キエエエエッ!!」


隠れた岩から顔を半分だけ出して片目で様子を窺う。

正面にある岩場の陰から耳をつんざく鳥の様な鳴き声を上げながら現れたのは二足歩行の大型生物が三頭…あれは恐竜図鑑などでは肉食恐竜に分類されるものに姿が似ていたが、先程の始祖鳥と違い酷似はしていなかった。


「何だあの生き物は…?」


俗に言うティラノサウルスのシルエットをしているが全身が赤や緑や青の羽毛に包まれており、俺の恐竜の概念…トカゲなどの爬虫類のザラザラと乾いた皮膚のものとは違う未知の生物がそこには居たのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る