第11話 いざ異世界へ


 精霊界に戻って来て五日が経った。


あやめちゃんが昼寝をしている間、俺は地べたにあぐらをかきイエポンと共に今日も異世界アンテナの上に浮かんでいる極彩色の球体を眺めている。

今日も…と言ってもここ精霊界で過ごしている時間を、持ち込んだ時計の針の動きと照らし合わせて人間界の時間経過を当てはめているだけなので、実際はどれだけの期間ここに居るのかは分からない。

だからさっき言った五日という日にちもそれを基準にしている。


チャイムの衰弱は思った以上に深刻だった。

スポーツドリンクを与えた直後に一度意識を取り戻したがその後、昏睡状態になったまま未だに目を覚まさない。

チャイムに相談してから行動を起こそうと思っていたがこのままでは埒が明かない。

こうなったら俺が独自で行動を起こした方が良さそうだ。

そう思い発ち重い腰を上げていると、リーリスが俺に向かって飛んで来た。


「またここへ来てたんだ九十九君…」


「まあね…あの空間の歪みが目を離している隙に閉じてしまわないか見ていたんだ」


だが実際、本当に閉じ始めたとしても俺には何も出来ないんだけどな。


「ところで九十九君…一つ聞いてもいいかな?」


「何だ?そんな改まって…」


どこか元気がない…いつものリーリスらしくない違和感があった。


「あの光の球は別の世界に繋がっているかもしれないんだよね?ここに入れば異世界に行ける?」


「そうだな…いやそうなんだと思う…」


実は確認した訳では無いので確証はない…だが俺の直感が何故かそうだと告げている…何故かは分からないが…。


「それで…別の世界に行く意味って何なのかな…?アヤメを人間界に返すなら人間界に戻る方法を探せばいいんじゃないの…?」


「リーリス…?」


「私、怖いの…人間界と精霊界…二つの世界が繋がっただけで色々な事があった…

こっちに戻って来た時に皆が倒れていたのを見た時は胸が締め付けられた気がしたわ…そしてまた新しい世界に行く事になったら一体どんな大変な事が起きて辛い思いをする事になるんだろうって…勿論楽しい事もいっぱいあったよ?そうじゃなきゃ九十九君とも出会えなかったわけだし…」


そんな事を考えていたのか…そうかそれで…こんな不安気なリーリスを見た事が無かったのだ。

ここは彼女を安心させる意味でも俺の考えを話しておいた方が良いだろう。


「まあ聞いてくれ…俺とあやめちゃんがこの精霊界に迷い込んだのは花畑の近くにある空間の歪みなのはおまえも知ってるよな?」


「…うん」


「あれは俺にとっては出入り口なんだけど、あやめちゃんにとっては入り口専用なんだよ」


「えっ?」


「つまりだ…チャイムはこの新しい別の世界に行ける空間の歪みを使ってそちらからあやめちゃんが通れる人間界への入り口を探そうって言う計画なんだと思う…

ただ最初の世界にその入り口があるとは限らない…更に別の異世界へと移動しなければならないかもしれないし延々とそれが続くかもしれない…リーリスが言ったように辛い思いもするだろう…危ない目に遭うかもしれない…ただやってみる価値はあると俺は思ってる…

これは八年前、あやめちゃんをここに置き去りにした俺の彼女への罪滅ぼしでもあるんだ…」


「…九十九君…」


リーリスが口元を押さえハッとした表情になった。


「…その通りだよ九十九…流石僕のパートナーだけの事はあるね…」


俺とリーリスが慌てて振り返る…久し振りの聞きなれた声の主はチャイムだ。

ゆっくりでフラフラだが確実にこちらへ向かって飛んで来ている。


「チャイム!?」


「おいおい!!大丈夫なのか!?」


「僕は五日も寝てたんだろ?もう休養は十分だよ」


チャイムは右腕を曲げてガッツポーズを取る。

取り敢えず彼女が飛べるまでに回復した事に俺は胸を撫で下ろす。


「しかし九十九には全部お見通しとはね…折角君が帰って来たら驚かせてやろうと思っていたのに…ちぇっ」


目を細め口を尖がらす。


「俺を出し抜こうなんて百年早いぜ!!」


こうやって冗談を言い合える事の何と幸せな事か…もうこの間の様な命に関わる事件は真っ平ご免だ。


「リーリス…」


チャイムはリーリスの側に近寄りギュッと抱きしめた。

いきなりの事で驚くと同時に顔を赤らめる。


「ちょっと…チャイム!?」


「君は本当に優しい子だ…みんなに辛い思いをしてほしくないんだね?

でも僕は九十九とあやめが大好きで、力になろうって決めたんだよ…

他のみんなだってそう…それに九十九には命を救ってもらった恩もある…

だから君も手伝ってくれないか…君も九十九の事大好きだろう?

同じ花から生まれた君の半身である僕には隠し事は出来ないよ?」


意地悪な笑みを浮かべたチャイムにそう言われてリーリスが茹であがった様に真っ赤になる。


「なっ…好きって…それはお友達だし当たり前じゃない…」


「本当に~?それだけ~?」


「もうっ!!いい加減にしなさい!!」


リーリスは憤慨してチャイムを追いかけ回す。

実に微笑ましい光景である…こんないい子たちだ、俺たちの都合であまり危険な目には遭わせたくないものだ。




「なあチャイム…お前はこの空間の歪みをどう見る?

果たして入って大丈夫なものなんだろうか…?」


「確かにただ見上げているだけでは安全なのか危険なのかは分からないね…ただ調べる手段は一応考えてあるんだけど…」


『九十九さん…コレデス』


イエポンの巨体がぬっと現れる…肩から伸びるクレーンの先には鳥籠の様な物がぶら下がっており中には光の球の精霊たちが三匹入っていた。


「これは…?」


「イエポンにクレーンを伸ばしてもらってこの籠をあの空間の歪みに入れるんだよ…そして中に居る彼らに向うの状態がどうなっているか見て来てもらうんだ」


「成程…確かにこれは中々のアイデアだが何とも非人道的な気がするな…

もし向う側が危険だったら彼らはどうなる?」


「これは彼らの意思でもあるんだ…九十九とあやめの助けになりたいと思っているのはフィギュアライズした僕らだけじゃないんだよ…」


「そりゃ有り難いと思うがしかしだな…」


彼らを危険に晒したくない…そう思った矢先にこれだ…光の精霊は人の形をしていなくてしゃべれないというだけで根本的にはチャイムたちと同等の存在なんだぞ?

それを簡単に受け入れられる訳が無い。


(大丈夫…僕たちに任せて)


一瞬、声が聞こえた気がした…チャイムやリーリスの声では無い…もしや今のは籠の中の精霊か?何はともあれ俺は心の中で礼を言った…すると心なしか彼らが嬉しそうに身体を点滅させたような気がした…もしかして伝わったのかな?

イエポンがグングン肩のクレーンを伸ばす…籠とクレーンの先端は空間の歪みに飲み込まれ消えていく…横から見ると宙の途中でクレーンが途切れているという奇妙な光景が展開している。


「頼むぞ精霊たち…無事に戻って来てくれ…」


俺は拳を握りしめ彼らの無事を祈る事しか出来ない。

数分後、クレーンがゆっくりと引き戻される…籠の中の精霊は…無事だ。

安堵のあまり深いため息が漏れた。


「フムフム…うんうん…なるほど~」


籠から出た精霊たちはチャイムの元に行き耳元で何かささやいている…らしい。

それを全て聞き終わったチャイムが俺の所にやって来た。


「向うの詳細が分かったよ…ちゃんと空気はあるし、気温は少し高いみたいだけど

特に問題はないみたい…ただこの短時間に見た限りだと岩がゴロゴロしてて、ここと違って植物が殆んど無いらしいけど…」


「岩がゴロゴロ…植物が少ない…砂漠か何かかな?」


「砂漠ってあの、辺り一面砂でいっぱいの?図書館から借りた図鑑で見たヤツだよね」


「ああそうだ…ただあの図鑑の写真みたいなサラサラの砂だけの砂漠は逆に珍しいんだぜ?」


「へぇ~」


チャイムは以前に人間界に来た時に勉強した事をしっかり覚えていた様だ。

大した物だと感心していると…


「もう…二人だけで楽しそうに話をしないでよ~」


「悪い…つい…」


リーリスがご機嫌斜めで割り込んで来た。

まあそれは自分の知らない事で盛り上がられては楽しくないものな…迂闊だった。

ところであちらの異世界には未知の動物や知的生命体はいないのだろうか…いやそんな物が居ても居なくても行ってみる価値はある…いや、行かなければならない…何せ目的はあやめちゃんが人間界に行ける空間の歪みの確認なのだから。


「安全が確認できた所で今回の探索に同行するメンバーを考えようか…あやめは当然連れていかなければならないよ?彼女が通れる歪みを探す訳だから」


「うん分かってる、そう言う事なら俺はイエポンと無頼ダーゼロにも同行してもらいたい…俺の勘だが何か嫌な予感がするんだよな…」


「なるほどね、それは堅実な判断だと思うよ…あと僕も行くからね?」


「おい、病み上がりで大丈夫なのか?さっきフラフラと飛んでいたのを俺は知っているんだぞ?」


なるべくならチャイムには無理してもらいたくないんだが…。


「大丈夫だって、無理はしないから連れて行ってよ…こんな楽しそうな事、参加しない手はないだろう?」


「何だ…結局それかよ…」


「へへ~ん!!」


チャイムの好奇心には恐れ入る。

そう言う訳で準備を整えた俺たちは…俺、あやめちゃん、チャイム、イエポン、無頼ダー零の五人で初めての異世界探索へと赴く事になったのだった。

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