第9話 今ここにある危機


 「おい!!大丈夫か!?」


精霊界に入ってすぐにある始めの集落…

イエポンが練習を兼ねて建てた最初の小さな村で

チャイム、『アイドルライフ!』の五人、無頼ブライダーゼロが倒れていた。

オレは彼らの元に駆け寄り膝ま付き様子を窺う。


「…うん…うん…分かったわ…ありがとう」


リーリスが光の球の精霊たちに事情を聴いている。

…と言っても言語のやり取りでは無く、一種のテレパシーの様な物だ。


「何か分かったか?」


「うん…聞いた話によるとみんなは今から三日前くらいに少しづつ動けなくなって…今日には立ち上がる事も出来なくなったそうよ!」


あの明るい性格のリーリスの顔が曇る。

でも…今『三日前』って言わなかったか?


「待ってくれ、オレが人間界に戻っていたのは一日だけだぞ…

三日前とはどう言う事なんだ?!」


「それは…」


彼女も返答に困っている様子。

それはそうだ…リーリスは一晩オレと一緒に居たのだから。

この不測の事態につい声を荒げてしまった。


「…それについては…拙者がお話しよう…」


倒れていた内の一人…無頼ブライダーゼロが辛そうに上体を起こし始めた。


「…!!動いて大丈夫なのか!?」


「…伊達にはやってござらん…心配ご無用…!!」


小さいなりをしているがカッコいいじゃないか。


「…九十九殿がここを去って今日戻って来るまでに…ここは十日の日が経っているでござる…」


「何だって!!!?」


これは驚かずにはいられない…。

確かに昨日…オレにとってのだが…精霊界に時間経過が生まれたのは確認している。

しかしオレが一日…正確には18時間程だが人間界に行っていた間に精霊界では10日が経過していたとは…。

これはこれで大変な事だが、オレにはもう一つ気掛かりな事がある…。


「じゃあお前たちが倒れているのもその事が関係しているのか?」


「断言は出来ないが無関係では無いと拙者は考えている…

日に日に身体が重くなり遂には立っていられなくなったのだ…

精霊体でいた時には経験が無いことゆえどうすることも出来なんだ…」


彼の証言を聞いてオレは昨晩自分で立てた仮説が間違ってなかった事を確信した。

倒れている彼らは実体を動かすためのエネルギー切れを起こしている。

要するに腹が減って動けなくなっているのだ。

それなら対処は簡単だ。

オレはここに来る途中コンビニで買って来たスポーツドリンクを袋から取り出す。

ここまで衰弱しているならまずは身体に吸収されやすいこれが最適だと判断したからだ。

そして外したキャップに少量だけ中身を注ぎスポイトで吸い上げる。

スポイトはミニサイズの彼らに効率よく液体を飲ませるにはどうするか考えた結果用意してきた物だ。

ゆくゆくは彼ら用の食器も作らないといけないな。


「ほら口を開けろ」


左手でゼロの背中を支え右手のスポイトを口元に寄せる。

するとゼロは昆虫によく見られる複雑な構造の口を上下左右に開き始めた。

ちょっとグロテスクだったが今はそんな事を言っている場合では無い。

開いた口にスポイトの先端からスポーツドリンクの雫が吸い込まれていく。


「…かたじけない…何だか楽になった気がする…」


「辛いだろうが少しづつこれを飲んでくれ、ある程度回復したら固形の食料を食べさせるからな」


こうして次々とフィギュアライズ達にスポーツドリンクを与え休息させていったのだがその中でもチャイムが最も重症であった。


「チャイム!…チャイム聞こえるか?」


「…つ…く…も…」


虚ろな瞳で弱々しくうわ言でオレを呼ぶ。

見ていてとても痛々しい。

しかし何故チャイムだけがここまで消耗しているんだ…?

だが原因はすぐに思い当たった。

それはチャイムが一番最初にフィギュアライズした上に実体で過ごした期間が長いからに他ならない。

当然それだけ他のフィギュアライズより多くエネルギーを消耗している訳で、尚且つ今まで『食事』と言うエネルギーを補給していない。

そう、彼女には『食事』の習慣と言うか概念そのものが無かったのだから…。

しかしこれはオレの落ち度でもある…。

もっと早くこの事に気付いていればこんな事にはならなかったかもしれないのに…。


「待ってろ!今スポーツドリンクを飲ませてやるからな!」


他の子達にやったようにスポイトを口元に近付けるがチャイムは衰弱のせいで口を開ける事が出来ず飲む事が出来ない。


「頼む!!これを飲んでくれないとお前は…!!」


何て事だ…オレが自分の生活を優先したばかりにこんな事になるなんて…

精霊界に時間が生まれた事で何が起きるかなんて全く予想できなくなっていたのだ…迂闊にここを離れるべきではなかった…

後悔先に立たずとはこの事だ…!!


「九十九君!!私にそれを飲ませて!!」


狼狽するオレに声を掛けて来たのはリーリスだ。

オレが動揺してもたつくのを見かねて彼女は自分でスポイトの先端に口を当てがい中身を吸い込んだ。


「…何をする気だ?」


リーリスは口にスポーツドリンクを含んだまま横たわるチャイムの側に膝まづくとそのままキスをしたではないか!!


「…んぐ…んぐ…んぐ…」


二人の口もとから液体が漏れ出す。

そうか…リーリスは口移しでチャイムにスポーツドリンクを飲ませているのか!!

身体のサイズが違うオレでは出来ない発想だ。


「…ぷはぁ~」


チャイムから口を離すと大きく息を吐くリーリス。


「…あれ…?僕は…」


暫くしてチャイムが気が付く。

良かった…どうやら峠は越えた様だ…。

今回はリーリスに助けられたな…もし彼女がいなかったら今頃は…

彼女には感謝してもし足りない。


「心配したぜ…チャイム」


少し目頭が熱くなっているのを感じる。


「…あっ…九十九…来てたのか…

あっ!!そうだ九十九!!早くあやめの所へ行ってあげなよ!!」


「何!?あやめちゃんに何かあったのか!?」


不覚にもあやめちゃんの事をチャイムに言われるまで失念してしまっていた。

皆が倒れていた事に動揺していたとは言え肝心のあやめちゃんを忘れてしまうとは…オレは何て薄情なのだろう。


「それであやめちゃんは何処に?」


キョロキョロと周りを見回すが彼女の姿は見えない。


「あやめならあの小屋の中に居るよ…ほら、早く行ってあげて」


横になったままのチャイムが指差す先には周りの建物と比べて一際大きい一軒の木造家屋がある。

他の建物がミニチュアサイズなのに対してその小屋は明らかに人間が暮らしていけるだけの規模があった。

きっとイエポンがあやめちゃんの為に立ててくれた物だろう。


「分かった…ちょっと行って来る」


まだチャイムたちの事は心配であったがオレは駆け足でその小屋に向かった。


「あやめちゃん!!居るかい!?」


多少乱暴気味に小屋の扉を開く。

中にはチャイムの言った通りあやめちゃんがいた。

ただ妙なのはオレが結構な大声で小屋に入って来たのにも関わらず

あやめちゃんはこちらに背を向け部屋の奥で壁に向かい体育座りをしたまま反応が無いのだ。


「…大丈夫か?あやめちゃん?」


以前チャイムがあやめちゃんは精霊化していると言っていた…

もしや…あやめちゃんもチャイムたちの様にエネルギーを消耗しているのか?

いや…それは当てはまらないはずだ。

今は逆に彼女の方が実体のない存在なのだ。

不思議とオレは触れる事が出来るのだが…。

考えていても仕方ない…オレはあやめちゃんの肩に手を掛けた。

…だがやっぱり反応が無い…。


「…どうしたって言うんだよあやめちゃん!!」


オレは多少焦ってしまっていた。

しかしこれは完全に間違った対応だった事をすぐにオレは思い知る事になる。


「…どうして……てくれないの……」


「…えっ?」


背中越しにあやめちゃんが何かを小声でつぶやく。

聞き取れなかったオレが聞き返すと急に彼女が振り返える。


「つっ君のバカーーーーー!!!

どうしてすぐに会いに来てくれないの!?

十日も来てくれないなんて…!!

私…怖くて寂しくて…うううっ…うわああああああんんんん!!!」


堰を切ったようにあやめちゃんが大音量で泣き出す。

滝の様な涙が頬を伝う。

オレはどうしていいか分からずただ慌てふためくだけだ。

しまったな…オレはあやめちゃんの気持ちを全く察してやれていなかった。

すぐ戻る的な事を言っておきながら、その気が無かったとはいえ十日も待たせてしまった…さぞ不安だった事だろう。

一体何なんだオレは…さっきの精霊たちの件もそうだがあやめちゃんにまで辛い思いをさせて…オレは激しく自己嫌悪した。


「バカバカバカーーーー!!」


オレの胸に飛び込み両の拳で胸を叩き続けるあやめちゃん。

オレはその仕打ちを黙って受け続けるしかなかった。

暫くしてあやめちゃんの足から力が抜けバランスを崩した。

慌てて胸に抱き寄せる。

どうやら急激に感情が昂った事と精神的疲労、オレと会えた安心感などが重なって気が抜けてしまった様だ。


「ごめん…ごめんなあやめちゃん…」


「…うん…」


そのままあやめちゃんは目を閉じ安らかな寝息を立て始めた。




「ごめんなさい…私達の力が及ばないばっかりに…あやめちゃんに寂しい思いをさせたわ…」


リーリスに運ばれ『アイドルライフ!』のリーダー茜がオレとあやめちゃんが居る小屋まで来てくれた。

今は眠っているあやめちゃんの枕元に降り立つ。

だがまだ体調は回復していないらしく足元がおぼつかない。


「はじめはあやめちゃんも私達『シルフィー』の歌とダンスで気を紛らわせてくれていたんだけど…二日目あたりから泣き出すようになっちゃって…その上私達が倒れちゃったでしょう…?可愛そうなことをしたわ…」


茜があやめちゃんの髪を愛おしそうになでる。


「…いや…お前たちは悪くないよ…悪いのは全部オレさ…」


「九十九君…」


そうさ…だからオレはあやめちゃんをこの世界から救出するまで人間界に戻らない…そう決心した。

じゃないとみんなに迷惑を掛けてしまったこのオレの気が済まない。

オレの学校の出席日数なんてこの際もうどうでもいい。

そうと決まれば行動あるのみ!!


「そう言えばイエポンはどうしてるんだ?あれから世界に変化は起ったのか?」


「あっ…そうそう!!イエポンが九十九君が戻ったら自分の所に来る様に言ってたわ!!

彼はこの小屋を出てずっと左側に行ったところにあるエリアに居るから

すぐに行ってあげて!!」


「分かった…じゃあお前たちはあやめちゃんを見ててやってくれ」


「うん!!任せて!!」


二人にあやめちゃんを託し今度はオレはイエポンの元へと急ぐ。

だがイエポンが茜達に伝言をしてまでオレに見せたい物とは何なのだろうか…

はやる気持ちを胸にオレは道をひた走った。

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