第2話 『精霊界』


 「本当か? …アンタがあやめちゃんより前にこの花畑に居るって言うのは…」


 オレは光の球に問いかける。


 この状況を打破できるなら精霊でも妖怪でも悪魔でも誰だっていい…そんな事構う物か。


「つっ君どいて!! 妖精さんを捕まえるよ!!」


 オレの後ろからあやめちゃんがすっ飛んで来て虫取り網をその光の球に振り下ろす。

 見事すっぽりと網の中に収まり地面に押さえつけられる光の球。


「いや~これは参ったね…でもね、僕にはこう言う物は通用しないよ?」


 そのままスーッと網をすり抜け再び空中にフワフワと浮き始める。


「あっ!! ズルい!!」


「あやめちゃん!! ちょっとゴメン…オレはコイツに話があるんだ!! 少しその辺で遊んでてくれないかな?」


「何よ!! 子ども扱いしちゃって!! 私の方がつっ君より誕生日が早いのよ!?」


 プンプンと口を尖らせるあやめちゃん。

 誕生日が早いと言っても僅かひと月ほどだ。

 今となっては完全に年齢は逆転してしまっているけどな…。

 彼女はふてくされて少し離れた所へ行ってしゃがみ込んでしまった。


「自己紹介がまだだったな…オレの名は最上九十九だ、

 それじゃあまずアンタの名前を教えてくれ…ずっとアンタじゃ何か悪いだろ?」


「う~ん…実は僕ら『精霊』には名前と言う概念が無いんだよ…

 だから僕には名前が無い…

 僕らは相手から感じ取れる存在そのものでお互いを判別できるからね、精霊同士なら本来なら会話すら必要としていないんだ」


 何とも理解しがたい話しだ。

 それだと他者とのコミュニケーションが限定されるのではないか…そしてコイツは自分の事を『精霊』と言った。

 そこは特に驚かない、オレはどちらかと言うとオカルト肯定派だからな。

 やっぱり居たのかとささやかな喜びすら感じる。


「時に九十九君、君の体に巻き付いてる物は何だい?」


 どうやら光の球はオレのショルダーバッグが気になる様子。


「ああこれかい? これは…」


 オレはバッグを肩から外し、芝生の上に中身を出して光の球に見せる。


 袋に入ったわさびマヨ味のポテトチップ。

 ペットボトルに入った『おいしそうな水』。

 方角を知るためのコンパス。

 この町の地図。

 ハンカチとポケットティッシュ…。


「へ~!! 何だか不思議な物がいっぱいあるね!!

 人間界の物は殆ど見た事が無いから新鮮な感動があるよ!!」


 光の球は興味津々と言った様子で生き生きと光輝いていた。


「じゃあこれは何だい? この小さい人間を模した物が写った箱…」


 バッグの中にはもう一つある物が入っていた。

 派手なパッケージの手の平サイズの小箱だ。


「これは食玩と呼ばれる物で…おまけの玩具の方がメインで申し訳程度にガムやラムネ等のお菓子が入っている物だよ」


 身も蓋も無い説明をしてしまったな…。


「へ~そうなんだ!! …よく解らないけど…」


 解らないか…まあそれもそうだ。

 精霊に玩具やお菓子の概念を理解できないだろうからな…。

 箱を開けて中身を出してみると一体のフィギュアが姿を現す。


「あ!! チャイムちゃん!!」


 おっと、喜びのあまり思わず声に出してしまったぜ…。

 チャイムちゃんは、この食玩シリーズの中ではレア中のレアなのだ。


 『チャイムちゃん』とは、あるアニメの美少女キャラクターで、ハイレグワンピース水着の様なコスチュームを着た耳の先が尖っている妖精だ。

 背中の羽根は蝶の様な形をしており透明パーツでとても美しい。


「一部の人間は精霊をこういう姿でイメージしてるんだよ」


 少なくとも嘘は言ってないと思う…多分…。


「そうなのか…じゃあ僕がこの人形に憑依してみてもいいかい?

 そうしたら実際に動いたり飛んだり出来ると思うよ?」


「え? そりゃま~実際に動いてるチャイムちゃんをこの目で見られたら

面白いだろうけど…」


「よし!! じゃあ試してみようか」


 何だかこの光の球ノリノリである。


 スゥっと光の球がチャイムちゃんフィギュアに吸い込まれる…。


「う~~ん…!!」


 グーンと後ろに伸びをしてチャイムちゃんが動き出す。

 そして背中の羽根を羽ばたかせフワーっと浮き上がりオレの目の前まで飛んできた。


「どうだい?」


 チャイムちゃんイン光の球が頭の後ろに両腕を回しセクシーポーズを取る。


「ああ…!! こいつは凄いな!!」


 ちょっと…いや物凄く感動してしまったぞ!!

 動くチャイムちゃんを三次元で拝めたのは世界でオレだけであろう…。


「この体、気に入っちゃったな~

 そうだ!! 今から僕の事は『チャイム』って呼んでよ!!

 僕に名前が有った方が君としては都合がいいんだろう?」


 そう言うとクルクルと回りながら自由自在にそこら中を飛び回る。


「ああいいぜ!! 中身が男性メンタルなのが気になるけど…」


「わあっ!!」


 いきなりチャイムの悲鳴が上がる。


「取ったど~!!」


 またしてもあやめちゃんに虫取り網で捕獲されたチャイムであった。

 今は実体を得てしまったから脱出は不可能だ。


「やれやれ…」


 オレは肩をすくめかぶりを振った。

 あやめちゃんは昔からやんちゃだったっけ…。

 いやそれは正しくない…。

 今もだ。


「はいはい!! まだ大事な話の途中だからあっち行ってようね~」


 オレはあやめちゃんの体を脇の下から両手で持ち上げ少し離れた所に下ろす。


「だって一人で遊んでてもつまんないんだもん!!」


 あやめちゃんは実に不満げだ。


「そうだ!!それじゃあみんなにあやめの遊び相手をしていてもらおう…

 じゃないと話が全く進まないからね…」


 虫取り網から這い出たチャイムがそう言った。


「みんな…? ここにはまだ精霊がいるのか?」


「そうだよ、僕の仲間たちがね、君がここに来た時にはすでにここに居たよ」


 フワッと上空に飛び立ち両手で天を仰ぐチャイム。

 すると花畑にある花という花から一斉に色とりどりの光の球が飛び立ち

 辺り一面が幻想的な光に包まれる。

 この世の物とは思えぬ美しさ…いや実際ここはこの世では無いのでは…。


「わああああ!!! 凄い!! 凄い!! 綺麗…」


 あやめちゃんは大喜びだ。

 瞳が星で一杯になったかのようにキラキラしている。


 光の球の達は自由自在に動き回り始めた。

 まるで捕まえてごらんと言わんばかりに…。

 それら向かってしきりに虫取り網を振り回すあやめちゃん。


「まるで光るケセランパサランの群れだな…」


 オレも思わずこの光景に引き込まれそうになった。


「ほら、あやめが彼らに気を取られている隙に…」


「おっと!! そうだった…」


 チャイムにそう言われてふと我に返る…。


 まず最初の質問だ。


「そもそもこの花畑は何なんだ?」


「僕たち精霊の領域…簡単にいうならズバリ『精霊界』だね…

 ごく稀に『人間界』とつながる事が有って人間が迷い込む事もそんなに珍しい事じゃないんだ…

 そして君たち人間が言う所の『時間』という概念が無い場所さ…

 だから僕ら精霊は歳も取らないし食事を摂らなくても死ぬ事は無いしね」


「…だからここに迷い込んだあやめちゃんは神隠しにあった時のままの姿なのか…」


 ん…? ちょっと待て…!!


「それじゃあ…今のあやめちゃんは…」


「うん、彼女はすでに精霊になっているよ」


 あっさりと言ってのけるチャイム。


「なっ…なっ…そ…んな!?」


 動揺で言葉が上手く発せられない…最悪の予想が的中してしまった…

 ガックリと芝生に手をつく。


「死んだのとは…違う…のか…?」


 何とか声を絞り出して聞いてみる。


 チラッとあやめちゃんの方に目をやると…とても楽しそうに精霊たちを追いかけ回していた。

 本人に精霊になってしまった自覚はあるのだろうか…


「そうだね…むしろ死なない存在になったんだよ

 時間経過で滅んでしまう器としての肉体から解放された彼女は、ず~っとあの存在のままで居続けるんだ」


「………」


 もはや言葉が出ない…。


 まさかこんな事になっていようとは…。


 でもそれって…!!


「ならオレもここに居ると精霊になってしまうのか?!」


 チャイムの返答次第でオレも絶望のどん底へ突き落されるだろう…。

 しかし確かめずにはいられない…。


「う~ん…それがね~九十九からは全く精霊化の兆候が見られないんだよね~大抵『精霊界』に迷い込んだ人間は精霊化するかそのまま消滅するかなのに君は人間で在り続けている…一体君は何者だい?」


 小首を傾げるチャイム。


「…こっちが知りたいよ…」


 良かったのか悪かったのか…どっちだろう…正直分からない…。


 いや…落ち着け…オレ!!

 混乱している場合か!!


 とにかくここから、『精霊界』から『人間界』へ戻る方法を探さなきゃ…

 オレはあやめちゃんを連れてここから出るんだ!!


 絶対に!!

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