第1話 『幽霊』
「この公園に来るのは『あの日』以来か…」
『あの日』とは勿論、あやめちゃんが『神隠し』に遭った『あの日』だ。
あの事件以来この『神隠しの山』は黄色い帯の規制線が張られ
立ち入り禁止になっていた。
オレがあんな夢を見なければ恐らくは二度とこの場所に来る事は無かったかもしれない…。
それだけオレを含めた関係者には辛い思い出の地だ。
今オレが立っている林道入り口にもロープが張って在り、『立 禁止』の看板がぶら下がっている。
『入』の文字が消えているのは長年雨風に晒されたからからか、誰かのイタズラなのかは分からない。
本来ならば入ってはいけないのだが、この胸のモヤモヤを晴らしたい一心でロープの下から潜り込み林道へと踏み入った。
黙々と山の頂きへ向かって歩を進める…。
段々と当時の状況が走馬灯の様にオレの脳内に蘇ってゆく。
妖精の存在を巡って半べそをかきながらいじめっ子達と言い合いをしていたあやめちゃん…。
ムキになって麦わら帽子と虫取り網を持って一人妖精を捕まえようと、山へ向かったあやめちゃんと追いかけるオレ…
オレがサンタを信じてると言ったら腹を抱えて大笑いしたあやめちゃん…。
そしてその先で物凄く広い花畑に辿り着いた事…。
「…あっ…」
あった!!
あの花畑だ!!
当時あやめちゃん捜索のために入山した大人たちには見つけられなかった、美しくも広大な花畑!!
オレの記憶に間違いは無かった…………。
ギュッと持っていた麦わら帽子を抱く腕に力が籠る。
静かだ………不気味なほど………。
まるでこの花畑だけ現実から切り離されでもしているのではないか………
そんな錯覚に陥りそうになる。
暫し呆然と佇んでいると…。
「…つっ君?…」
………なっ!! まさか!! そんな!?
背後からとても懐かしく聞き覚えのある声…。
そしてもうすでにこの世では聞く事は叶わないはずだった声…!!
猜疑心や恐怖心よりも先にオレは振り向くという選択をとった。
全く怖くなかったと言えば嘘になるが、どうしてもそうせざるを得なかったんだ!!
そしてその視線の先には………。
居た!! あやめちゃんだ!!!
何とそこには八年前に行方不明になった当時そのままのあやめちゃんの姿があった!!
右手には虫取り網が握られている。
「…あやめちゃん…うっ…ううううう…ぐすっ…うわあああ…」
怒涛の様に胸に込み上げて来る感情…やっと…やっと…見つけた…。
眼からは止めどなく涙が溢れる…どうにも自分では止められない…。
「も~!! ちょっとはぐれた位で泣かないの!! 男の子でしょ~?」
あやめちゃんはワンピースのポケットからハンカチを取り出し、オレの涙を背伸びしながら拭いてくれた。
そうか…オレは成長して背が伸びたからな…何だかちょっぴり和んだ。
「あっ…私の麦わら帽子!! 持っててくれたんだね…ありがとう」
あやめちゃんはオレの手から麦わら帽子を受け取ると嬉しそうにかぶり、くるっと一回転して見せた。
八年振りに見るあやめちゃんの満面の笑み…
いかん!! また目頭が熱く…。
でも感傷にばかり浸っては居られない…。
今起きている事を確認&整理せねば!!
オレの目の前にはあやめちゃんがいる。
それは間違いない…ただし八年前と変わらぬ子供の姿で…それにさっき「ちょっとはぐれた位で…」と言った。
と言う事はここでは八年前のあの日、
オレがあやめちゃんを見失ってからそんなに経っていないと言う事なのか?
ではこのあやめちゃんは一体…?
オカルトの知識を持ちだすならばいくつか思い当たる物がある。
中にはあまり実現してほしくない物もあるが…。
これは…あやめちゃん本人に質問してみるしかないな…。
「なあ、あやめちゃん…
さっきオレとはぐれてからどれくらいの時間が経ったかな」
オレにとってはさっきでは無いのだが、敢えてこう言った形の問いかけをしてみた。
「う~ん…そうね~10分位かしら…」
顎に人差し指を当て空を見上げつつ、ちょっとだけ考える素振りの後、
あやめちゃんはそう答えた。
…やっぱりそうか…
彼女はこの花畑に来てから8年経っても時間経過を約10分と思っている…殆ど感じていない…この花畑は何か特別な空間…異世界? 異次元? どちらだろうか。
じゃあ次の質問、これにはどう答える?
「も…もう気付いていると思うけどオレの格好をどう思う?」
ゴクリと喉が鳴った。
さっきのオレの涙を背伸びしてハンカチで拭いてくれた時、何の疑問も違和感も彼女は口にしなかった。
これの意味する事は何だ?
「急に大きくなったよね!! でもすぐにつっ君て分かったよ、
何て言うのかな…君から感じる物がつっ君だって教えてくれたから…」
………?
何だ? 彼女は何を言っている?
オレから感じる物?
ますます混乱して来た…。
情報が圧倒的に足りないので結論付けはまだ早いが、オレなりの見解は…
彼女、『
八年前から全く歳をとらず姿が全く変わっていない事。
時間経過を感じていない事。
この辺から推察してみた…。
ただ『幽霊』とこんなに会話が成立するものなのか…?
オカルト話は大好きなオレだが生憎霊感という物が皆無で、今迄一度たりとも『幽霊』に遭遇した経験が無いのだから確認のしようが無い。
「ねえ、つっ君…どうかした?」
心配そうにオレの顔を覗き込むあやめちゃん。
正直今は何も考えが纏まらない。
そうだ!! もし幽霊ならオレが触る事が出来ないはずだ!!
「あやめちゃん!! みんなが心配しているはずだからそろそろ帰ろう!!」
「え? さっきここに来たばかりじゃない…それにまだ妖精も捕まえて無いし…」
オレは強引にあやめちゃんの左手を右手で掴む。
するとどうだろう…何と、しっかりと掴む事ができてしまったのだ。
何だと!? どういう事だ?!
普通、幽霊や霊体には触れる事は出来ないはずだ!!
いや…触れるならそれでもいい…。
それはそれでこのまま花畑を一緒に出ればいいだけだ。
「ちょっと!! …痛い!! 痛いよ!! つっ君!!」
足取りの重いあやめちゃんを半ば引きずる感じで花畑の出口を探すが…。
無い…。
無い…。
入って来たはずの林道が跡形も無く消えている!!
まさかオレも閉じ込められた!?
どうする…どうする?
これからオレはどういう行動を取ればいい…?
オレがパニックに陥りそうになったその時。
「あの~君………何か困ってる様だけどボクで良ければ相談に乗ろうか?」
!!!!!?
オレとあやめちゃん以外にこの場に誰も居ないと思い込んでいたから
突然の背後からの声掛けに心臓が口から飛び出そうな程驚いた!!
すぐさま後ろを振り返るとそこには…。
真っ白に発光する光の球が浮かんでいた。
大きさはピンポン玉位とかなり小さい。
「やあ!! こんにちは!!」
やっぱりさっきの声の主はコイツか!!
「ななな!! 何者?!」
思わずどもりまくるオレ。
「さあ~ボクはボク自身でそれ以上でもそれ以下でもないんだよね」
まるで話が分からない…。
こんな光るピンポン玉と哲学的な会話をするつもりは無いぞ…。
「でもこの場所とその女の子の事についてなら君よりちょっとだけましな情報を持ってると思うよ?
何せボクは彼女…あやめちゃんだっけ? そのコより前からここに居るからね~」
「なっ…何だって?!」
色めき立つオレ。
今は何でもいいから一つでも多く情報が欲しい所だ。
多少怪しくともいい…オレはこいつに話を聞く事にした。
何だか光の球が微笑んでいる気がした…コイツに顔なんて無いのに何故かオレはそう感じられた。
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