第20話

 少し長めのお風呂を上がり、私はリビングへと向かう。

 テレビの上にかけられている時計を見てみると、もう夜の九時半を過ぎていた。

 もうこんな時間になっていたのかと、少し驚く。

 安奈ちゃんと出会ってからと言うもの、色々とありすぎて、時間の感覚が麻痺している。

「彩子、あがったのか」

 ソファに座っていた父親が私に話しかけてきた。いつもならだらしなくティーシャツに黄色の親父丸出しスエットという姿で寝転がっていると言うのに、何故か格好つけてポロシャツにジーンズを履いている。

「それじゃあ俺も風呂入ろうかな」

 父親は立ち上がり、スタスタとリビングから出て行った。

 どうやら若い子が来ていて、落ち着かないらしい。

「父さん、格好つけなくて大丈夫」

「ん? 何が?」

「安奈ちゃん、父さんの事じぇんじぇん気にしてないから」

「うそぉーん」

「話題にもあがらなかったよ。だから大丈夫」

「おろろーん」

 脱衣所から、いつも通りの父親の声が聞こえてきた。

 私は父親が大好きだ。色んな人に話しては引かれているが、中学の三年生まで一緒にお風呂に入るくらい大好きだ。

 お笑い番組が好きな父親は、テレビの影響か、私がどんなにひどい事を言っても、あんな調子でおどけてみせて、私を笑わせてくれる。

 それ以外にも好きな理由があり、私が進路や勉学に悩んでいた時も、親身になって話を聞いてくれ、最終的には私のしたいようにさせてくれた。

 二人で買い物に行く事だって、苦痛では無い。むしろ私の荷物を嫌な顔ひとつせずに、黙って持ってくれる所なんかは、今までの彼氏には無い、さりげない優しさを持っていると思う。

 結婚するなら、チビでメガネだけど、やはり父親みたいな人がいい、と、昔から思っていた。

 私達はとんだ仲良し親子だ。


 私は冷蔵庫から紙パックの無糖コーヒーを取り出しコップへと注ぎ、そこにガムシロップをよっつ入れ、フレッシュもよっつ入れた。私はどちらかと言うと甘党だし、甘くないコーヒーなんて飲めたものでは無いと思っている。

 父親からは、不健康だとか太るだとか毎日のように言われているが、どこが? と思う。

 それを手に持ちながら、私はリビングを抜け、階段を登り、自室へと向かった。

 ガチャっという音が鳴り、扉が開かれると、そこにはさきほど持ってきていたポテトチップスをパリパリ食べている安奈ちゃんがいた。

 私を見つけるなり、目が優しくなっていくように見えた。

「あ、おかえりなさい」

 安奈ちゃんはニコッと笑い、立ち上がった。

「うん」

 ……私だけだろうか、意識してしまっているのは。

 先ほど、告白まがいの事をしてしまって、なんだか、恥ずかしい。

「よく食べるねぇ、凄いね」

「へへ」

 安奈ちゃんは恥ずかしそうに右手で自分の顔の右半分を覆った。

 そしてペロッと舌を出す。

 ……おおぉぉ。なんだ、この崩した表情は。初めて見た。

 めちゃくちゃ可愛い。

「よく食べる事がおっぱい大きくする秘訣?」

「え? あ、いえ、違うと思います」

 違うのか。そりゃ違うわな。

 私はそのままぽてぽてと歩き、ベッドへと腰を下ろした。

 それを見た安奈ちゃんも、私とほぼ同時にカーペットの上に腰を下ろす。そしてまたポテトチップスを一枚手に取り、ポリポリと食べだした。

 私もコーヒーを一口、ズズとすする。

「テレビ見ないの? 何か面白いのやってるかもよ」

「私テレビ全然見ないんですよ」

「ふぅん」

「というか、見れなかったといいますか」

「そうだよねぇ、じゃあ、ゲームでもする? あんまり無いけど」

「あ、それよりですね」

 安奈ちゃんは再び立ち上がり、スススと私へと近寄ってきて、隣に座った。

 安奈ちゃんの太ももが、私の太ももに、触れる。

「彩子さんのお話が聞きたいです」

 安奈ちゃんはニコニコと笑い、私の手を触った。

「私の話ばっかだったから、彩子さんのお話聞きたいです」

「え~……つまらないよ、私の話なんて」

 再び、ドキドキと心臓が高鳴るのを感じる。

 安奈ちゃんの、無垢で可愛い笑顔を見ていたら、つい、このままベッドに押し倒して、めちゃくちゃキスをしたくなってしまう。

「いいんです、知りたいんです、彩子さんの事」

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