第21話

 一体、何を話せばいいのだろう。

 安奈ちゃんが興味を持つような事、私には思いつかない。

「えっと……私さぁ」

「はい」

 本当に私の、何を話せばいいのか……本当に、本当に、思いつかない。

 そう思って、気がついた。普段の会話の、自分勝手さに。

 相手の興味の対象なんてちっとも考えず、高校の頃の話、昨日あった話、テレビの話、勉強の話なんかを、一切の迷いもなく話していた。

 それも仲良くなっていく上では必要な行為なのだろうが、大抵は自身のエゴ。相手を思って会話をしている人間なんて、どれほど居るのか。

「私は、そうだな、この家庭で育って、何不自由なく、暮らしてきたよ」

「はい」

「……それくらいかな」

「えぇ?」

 安奈ちゃんは眉毛を垂れ下げ、本当に残念な、表情を作る。

 そんな表情をされても、私にはわからない。本当に、わからない。

 今まで、ぺらぺら、ぺらぺら、ぺらぺら、ぺらぺらと、どうでもいい事を、よくもまぁ恥ずかしくもなく、偉そうに、自慢気に、話していたものだ。

 私の「いままで」は、少なくとも安奈ちゃんに話すのは、恥ずかしい。

 頑張って偏差値の高い高校に行ったからなんだ? 高校で一番人気だった男が彼氏だったからなんだ? 生徒会書記だったからなんだ? 大学で人気のある男と付き合ってたから、なんだと言うのだ?

 同じ大学の、同じように生きてきた人達より、ちょっと良い物なのかも知れないが、安奈ちゃんに対して、誇れるものか? 胸を張れるものか?

 安奈ちゃんの現実に比べたら、私の現実なんて、なんでも無い。一笑されて、終わってしまうほどのもの。

「だって、本当にそれくらいしか無くてねぇ」

「……ねぇ、彩子さん」

 安奈ちゃんは私の手を、より強く握りしめた。

 そして自分の顔を、私の顔に、凄く近づける。

 長い長い安奈ちゃんのまつ毛が、私のまつ毛とぶつかってしまうのでは無いかと思うほどに、凄く近い。

 私の視界一面が、安奈ちゃんの瞳になる。

 澄んだ瞳が、私を吸い込んでしまう。

「私、彩子さんの事、知りたいんです……」

「え……?」

「こんな素敵な人、今まで出会った事ありません」

 あぁ……あぁ。

 私は今、雷に打たれた。安奈ちゃんは、目から雷を出したに違いない。

 体が痙攣する。本当にプルプルと震える。

「大抵は、私にエッチな事をするために、近づいてくる人です。例外はありませんでした」

 そうか……きっと私も、例外では無いのだろうな……。

「でも、彩子さんは違います。エッチな事言ってくるけど、私は愛情を感じました」

「あ……あい……?」

「心が、ぽうってなるんです。心が、満たされるんです。彩子さんみたいな、素敵な人になるには、どう生きればいいのか、凄く、興味があるんです」

「わた……私もそんな……高尚なもんじゃ……ないよ」

 声が震える。声が出しにくい。

 心臓が破裂する。もしくは口から出る。

 こんなに体の自由が利かなくなる事があるなんて、今まで知らなかった。

 麻酔を打ったらこんな感じになるのだろうか。全てに現実味が無い。

 なんだか太ももが湿っぽい。おしっこ漏らしていないかが、凄く気になる。気になる。

「……そうかも知れません。それでも、それでも知りたいんです」

「う……」

 安奈ちゃんは、私のおでこに自分のおでこをくっつけた。

「彩子さんは私の、生きる希望です。見つかる訳ないって思ってた、完全に諦めていた、希望なんです」

「ううぅ……」

「もう少し生きてみます。彩子さんのために、生きます。だから、お願いします、話してください」

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