第18話
「あの、彩子さん」
安奈ちゃんは何やら神妙な声で私に話しかけてきた。
私は寝転がった状態のまま、顔だけを安奈ちゃんへと向ける。
「なぁに?」
安奈ちゃんは、何故か視線をキョロキョロと動かし、私と目を合わせてくれない。
なんだろうと思い、私は体を起こし、安奈ちゃんの顔をジーっと見つめた。
その視線に気付いてか、安奈ちゃんは上目遣いに、私の顔を見る。
「あのっ……あのっ……」
「ん~?」
私は立ち上がり、安奈ちゃんの隣へと座り直す。そしてそのまま安奈ちゃんの顔を覗き込み「何か?」と、問いただした。
「しばらく泊まる……って」
「あぁ、泊まるでしょ?」
私がそう言うと、安奈ちゃんは申し訳なさそうに、首を横に振った。
その瞬間、ズキンと、胸に傷みが走る。
「あの……嬉しいんですが」
「……何か、用事があった?」
私が発した言葉は、凄く弱々しい。
何故か、目の奥が熱い。
熱い……。
「……彩子さんには嘘、付きたくないから、正直に言いますけど」
安奈ちゃんは私の顔を見て、真剣な表情を作った。
しかし、私の顔を見ているうちに、どんどんと歪んでいくのが分かる。
「ううぅ……彩子さん……私、宗谷岬に、行きたいんです……」
「宗谷岬って、最北端の? なんで……」
「うううぅぅぅ……」
安奈ちゃんは、歪ませた表情のまま、目を閉じた。
「あの……あのっ……私ぃ……」
「うん」
「私……妹が……居て」
「うん」
「妹が……いろんな所に行きたいって……生前言ってて……宗谷岬が、最後の場所でっ……」
生前……生前……。
生前……。
ボロボロと、安奈ちゃんの目から涙がこぼれている。
「遊園地とかぁっ……動物園とかぁ……沖縄も京都もぉ……全部一人で行ったんですっ……全部いって……最後が……雑誌で見た……雪の降る……宗谷岬でっ」
「うん……」
「そこで私しのうってぇっ」
私の中で、何かが弾ける。
怒りにも似た、激しい感情。
「なんでっ! なんで安奈ちゃんが死ぬの!」
私は安奈ちゃんを抱きしめる。
安奈ちゃんも、思い切り私を抱きしめた。
「だってっ! わたしこんなだもん! こんなだもん! いやだよぉもう……もう嫌ぁあっ」
妹を失い、耳の事で下げずまれ、ひと目を気にしながら、隠れるように生きてきたのだろう。
心が侵され「楽しい」や「嬉しい」と言う感情を感じる事なく、亡くなった妹のためだけに生きて、日本中を回ってきていたのだろう。
安奈ちゃんの今までが「こんなだもん」という言葉に、沢山詰まっているような気がする。
「私っ……私と一緒にいて、楽しくなかった? 私っ……私」
「嬉しかった凄く楽しかったっ! ホントにホントに、嬉しかったっ」
「じゃあ、だったら! 私と一緒にいようよ!」
「あううぅぅっ……ううぅぅぅっ……」
私は安奈ちゃんの後頭部に手を置き、私のほうへとギュゥゥと引き寄せる。
軽くでは無い。渾身の力を込めて、抱き寄せた。
「宗谷岬……一緒にいく……絶対に私……安奈ちゃんから目を離さない」
「うううぅううぅ」
「絶対に、死なせない……また一緒に、この家に帰ってくるの……」
「ううぅっ……うう~っ……」
「楽しい事、嬉しい事、いっぱいあるよ」
「うぅっ……」
「……私の……ために」
……あぁ、なんだ、この感情。
この感情はまるで。
まるで。
「私のために、生きて」
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