第17話

 私は少し不機嫌になりながらそう言った。

 母親も、かなり不機嫌そうな顔をしている。

「もぉっ……勝手な子」

 確かに、そりゃ勝手な事をした。勝手な事をしたが、迷惑はかけていないだろう。

 それに、子供の恋愛に親が干渉してくるなんて、そちらのほうがどうかしている。母親は元彼の電話番号を知っているほど仲が良かったが、それもおかしな話だ。何を勝手な事をしているんだ、と思う。

「いいの、もうほっといて」

 私のこの言葉を最後に、会話が途切れてしまった。

 テレビから流れるバラエティ番組の笑い声が、場違いに耳へ届いてくる。


 私は手早く食事を済ませた。とにかく早くこの場を立ち去りたい。

「ごちそうさま」

 私はそう言い、安奈ちゃんへと目を向けた。

 そこには、あと一口分のお肉を箸で持っている安奈ちゃんの姿がある。

 ……よく、食べきれたものだ。こんな短時間に、二食。それも、お肉続きだと言うのに、だ。

 安奈ちゃんは最後の一切れのお肉を口へと入れ、味わうようにモグモグと口を動かす。そして名残惜しそうに、ゆっくりと飲み込んだ。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 安奈ちゃんは微笑み、母親へ向かってそう言う。

 すると一転、不機嫌そうだった母親の顔は、再び満面の笑みへと変わり、胸の前で両手をあわせる。

「ほんとにぃ~? 嬉しいわぁ」

「はい、本当におい」

「デザートあるんだけど、食べる? 大したものじゃないんだけど」

 母親は安奈ちゃんの言葉を遮りながら席を立ち、冷蔵庫へと向かい扉を開ける。

 そうなのだ、うちの母親は、私を更に凄くした感じというか、私の究極系というか、人の話を、まぁ聞かない。

 人当たりは良いし世話焼きだし、明るいし美人だし、なんでもかんでもしてくれるのだが、自分のペースは絶対に崩さない。崩した所を見た事が無い。

 気に食わない事があるとふてくされ、ぶーたれる所も、私にそっくりである。

 いや、私が似たのか……この親にしてこの子あり、を地で行く親子だ。

「これね~、ショッピングモールの中に新しくシュークリーム屋さんが出来てね、すっごい行列だったの~。どんなもんかと思って買ってきたんだけど」

 母親は誰に話しているのか、そこそこ大きな声で話す。

 その間、安奈ちゃんは「はは」「あはは」と、小さく笑っていた。

 誰がどう見ても愛想笑いなのだが、母親は全く気にしていないようで「私の前の人がね、もうすっごく沢山買っていったのよ。店員さん作るの追いつかなくて、すっごく待たされたのよぉ~」と、聞いてもいない事をどんどんと話しながら、食器を片付けたりシュークリームの容器を開けたりしている。

 先ほどまで不機嫌だったのに「美味しい」と言われただけでこんなに喜ぶなんて、単純な人だ、と思ったが、私も同じか。

 安奈ちゃんと触れ合って、彼氏と別れた事なんて一切忘れ、楽しい気分になっていた。こういう所は、似て良かったと思う。


 私と安奈ちゃんはようやく母親から開放され、私の部屋へと戻ってきた。

 私は自分のベッドに腰を下ろし「ふぅ」とため息をつく。

「凄い母親だったでしょ。マシンガントークでさ」

 私はカーペットの上にちょこんと座る、安奈ちゃんへと話しかけた。

「あはは」

「いっつもあんな感じ。人の話なんて全然聞かないんだよね」

「ですが、いい人でした。私なんだか、お母さんから元気をもらえました」

 そう、確かに。あのパワフルさは他人に影響を及ぼすほどなのだ。

 相手の事情なんてお構いなしに話しかけてくるあの無神経さは、不思議と人の心を無防備にする。

 私も母親のそんな所に、憧れていた。口には絶対出さないが。

 私が世渡り上手に育ったのも、きっと母親の影響が強いのだろう。

 それに、安奈ちゃんの居場所としても、居心地のいい雰囲気を作ってくれた。

「まぁねぇ、そうだね」

 私はベッドに横たわり、天井を見上げた。

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