第16話
私と安奈ちゃんがリビングへ降りると、母親と、いつの間にか帰ってきていた父親がテーブルについていた。どうやら私達を待っていたようで、まだ料理には手をつけていない。
両親は安奈ちゃんの顔を見て、少し動揺しているように見える。それはそうだ、まるで映画から飛び出してきたかのような、完璧な容姿を持つ女性が目の前に現れたのだから。
「あ……あの、お世話になってます」
安奈ちゃんはそう言い、頭をペコッと下げる。
「あぁ、いいんだよ、さぁ、席に座って」
父親はそう言い、安奈ちゃんの座る場所を手で示す。
「まぁ~。凄く可愛らしい娘ね。驚いちゃった」
母親は両手を胸の前で合わせて、ニコニコと笑っていた。
「こちら安奈ちゃん。えー……しばらく私のお部屋に泊まってもらう事になってるの」
うちの両親は基本的に、二人ともかなりのお人好しだ。私の我儘は大抵の事は通るし、変な詮索もしない。
お人好しエピソードで一番に思い出されるものは、今日別れた元彼氏だ。元彼氏は付き合ってからと言うもの、頻繁に私の家へ出入りをしていた。しかし二人はそれを黙認し、いつしか当たり前のように会話をしていたのだ。
だから多少、安奈ちゃんが私の家に長居をしていたとしても、恐らくは大丈夫だろうと思う。
しかし、それでも両親は二人共大学を出ているし、常識人でもある。決して馬鹿でも無関心でも無い。どれくらい長く安奈ちゃんを泊めていられるか、今から少し心配だ。
「そうか。別に構わんよ」
なんだその口調。
父親はどうやら緊張しすぎていて、普段とは全然違う言葉使いをしている。
「こんな可愛い娘なら、私大歓迎」
母親はまるで、欲しかったおもちゃを与えられた子供のような満面の笑みを浮かべていた。
二人の反応はこんな程度だという事は予想出来ていたが、とりあえず泊まり続ける事の許可を得られ、ホッとした。
「さ……彩子さん……」
突然、安奈ちゃんが私の耳元でつぶやいた。私だけに伝えるよう、凄く小声で。
「しばらくって……私そんなつもり無」
私は安奈ちゃんの後頭部を無言で軽くペシッと叩いた。
「いたっ」
昨日今日、こんな田舎町へ辿り着いた安奈ちゃんに、他に宛がある訳が無い。それに季節はもう冬だ。野宿なんてさせられない。お金の無い安奈ちゃんは一泊だけして、次はどこへ行こうと言うのか。
「ご飯たべよー。お腹へった」
私は椅子を引き、安奈ちゃんを先に座らせようと催促する。
安奈ちゃんはおずおずと、引かれた椅子へと腰を下ろした。
「彩子、勉強のほうはどうだ?」
食事中、父親は当たり障りの無い事を次々と聞いてきた。
それも「のほうはどうだ」と必ずつける。なんだかおかしい。普段は本当にこんな感じではない。
普段の父親なら、テレビを見て爆笑しているか、母親の世間話を一方的に聞かされ、少し居心地の悪そうな表情をして黙っている。
「うん、まぁまぁ」
「まぁまぁか、そうか。リク君のほうはどうだ? 仲良くやっているのか」
「あぁ……今日別れたよ」
「えぇ?」
母親が突然大声を上げた。
私も父親も、安奈ちゃんも、あまりの大声に母親の顔を見る。
「ちょっとちょっと彩子、別れたって、どうして? いー子だったじゃない」
……面倒くさい事になってきた。
私は頭をポリポリと掻く。
確かに人当たりは良かったのかも知れない、と、少しだけアイツの事を思い出す。
「もー……振られたの? 振られたんでしょ。せっかく美人に産んであげたのに、貴方って結構我儘だから。んもぉ~」
「いーでしょ、どうでも」
「良くないわよぉ、私電話しといてあげる。謝ってあげるから、仲直りしなさい」
仲直りなんか、してたまるか。
流石にもう嫌だ。本当に嫌だ。アイツと付き合い続ける事と大学生活での支障とを天秤にかけ、散々迷った挙句、別れる事を選択したのだ。
それほどまでに、私はアイツと一緒に居たくない。別れたばかりの今だって、ちっとも悲しくないのだ、寂しいとか悲しいとか、そういった意味合いの涙は、一滴だって流れはしなかった。心から大嫌いだったのが実感出来る。
「いーから。余計な事しないで」
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