第15話

 私達はとりあえず自室へ戻っていた。そこで私は安奈ちゃんの頭にタオルを巻いてあげる。

 もちろん、頭の耳を隠すためだ。親にどう話したらいいかが分からないし、安奈ちゃんが説明してくれるとも思えない。隠し通せるのなら、それが一番ラクである。

「うん、似合ってる」

「そうですか」

 安奈ちゃんは苦笑いを浮かべ、頭のタオルの居心地が良くないのか、少しいじったりしている。

「それと、その格好セクシーすぎるから、とりあえずコレ着て欲しいんだよね」

 私はタンスの奥から、高校時代に付き合っていた元彼のカーキ色のワイシャツを取り出した。両胸と両側面にポケットのついた、多少厚手に作られているものだ。

 このシャツは、高校時代の元彼が両親が居ない時に、初めて泊まりに来た時に忘れていったものである。二度目のお泊りは無かったし、本人も「別に持ってこなくていい」と言っていたので、別れた今も私の手元にあった。

「これ男物の中でも大きいほうだから、安奈ちゃんのおっぱいでも余裕で隠せるよ」

 私はニヤニヤしながらそう言うが、当の安奈ちゃんはそんな私の笑いを狙ったセクハラにはかまってくれず、小さな声で「ありがとうございます」とだけ言い、シャツの袖に腕を通し、ゆっくりとボタンを閉めていく。

 ……なんだか、髪の毛を乾かしている時から、元気が無いように見える。やはり先ほど、犬の耳の事で驚いてしまったからだろうか。

 そりゃあショックだったろう。本当に本当に、絶対に嫌だったであろうモノを、私を信用して見せたというのに、その反応がアレでは……。

 よくも泣くだけで済んだものだ。私なら、いくらお世話になった人だとしても、キレてしまっているかも知れない。

 元気が無くなる程度の事、仕方ないというか、無理もないというか、当然というか……。

「あのさぁ、安奈ちゃん」

 私はボタンを閉めきった安奈ちゃんに話しかける。

 安奈ちゃんはチラッとだけ私の顔を見て「はい?」と答え、また視線を逸らした。

「あのー……さっきはごめんね。ホントに、驚いただけだから」

 私がそう言うと、安奈ちゃんはもう一度「はい?」と言う。

「ほら、耳見せてくれた時……驚いちゃったのは、本当にごめん。だけどそれで安奈ちゃんを嫌いになったりしないから」

「え……どうしたんですか、急に」

 安奈ちゃんは、今度はちゃんと私の顔を見た。

 不思議そうな表情をし、困惑している。

「いやさ、なんか、元気なさ気だなー……って思って。私のせいかなーって」

「え? 彩子さんのせいじゃありませんよ!」

 安奈ちゃんは少し怒ったような表情をして、私の肩をにぎる。

 そして顔を近づけ「違います!」と、力強く言った。

 急の事なので、私は面食らい「わっ」という声を出す。

「私、気にしてません。可愛いって言ってくれて、嬉しかったです」

 安奈ちゃんは私の目をしっかりと見つめながら、だんだんと顔を近づけて来る。

 私の息が、安奈ちゃんに届いてしまうほど。少し動けば、キスが出来てしまうほどに。

「う……ん」

「元気無いのは、私、あの……言ったじゃないですか、何も、返せないって」

 安奈ちゃんの瞳が、だんだんと弱々しくなっていく。

「うん……」

「お着替えも、歯ブラシも、お風呂もお借りしちゃって……こんな良くしてもらって……嬉しいなって思う反面、本当に、申し訳なくて……お風呂でそんな事、考えちゃって」

 私はつい、安奈ちゃんの背中へと手を回す。

 そして腕に力を込め、思い切り安奈ちゃんを抱き寄せた。

 安奈ちゃんの顔が、私の顔の横に来る。お互いのほっぺたがピタッとくっつく。

 お風呂からあがったばかりの安奈ちゃんの頬は、とてもあたたかい。

 密着している安奈ちゃんの頬、胸、背中が、少し冷たい私の体温を、上げてくれる。

 骨ばっているイメージのあった安奈ちゃんの体だが、なんて事は無い、女の子らしく、柔らかい。

「私も言ったじゃん、何もいらないって」

「でもぉ……頭の怪我も、気になるし、なんか心ぐるしい……」

 私は安奈ちゃんの背中をバンバンと二度叩く。

 安奈ちゃんはビックリしたのか、体をビクッと跳ね上げた。

「いたっ……いたいです」

 私は安奈ちゃんの体を離し、頭をポンポンと叩き、髪の毛と耳をクシャクシャとかきみだした。「あぅぅ……やめてぇ」と言いながら、私の動きを静止させようと、両手を私に向ける。

「あははっ」

 やっぱり、なんだか楽しい。

 凄く凄く、楽しい。

「もうこのお話おしまい。ご飯食べにいこ。安奈ちゃんさっき食べたばっかりだから、無理して食べないでね」

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