第14話
私は脱衣所のドアをノックした。
「安奈ちゃん? 入ってもいい?」
私がそう言うと、中から「は、はい」という声が聞こえてきた。どうやらすでにお風呂からは上がっているようだ。
私は「失礼しまーす」と小さくつぶやきながら、ゆっくりとドアを開ける。
そこには、パツンパツンのシャツとユルユルのスエットを身につけた、まだ髪の乾いていない、とても色っぽい姿の安奈ちゃんが立っていた。
十四歳にして既に完成された容姿を持つ彼女は、まるで性行為をする前に女優がシャワーから上がったというシチュエーションの、海外映画のワンシーンのように見えた。
胸が……ヤバイ。大きい。シャツがピチピチすぎて、乳首がどこにあるのか、ひと目でわかってしまう。
「あの……頭、乾かしたいのですが」
「え……? あ、うん」
私はつい見とれてしまい、しばらくボーッとしていたらしい。安奈ちゃんの声でようやく正気を取り戻した。
私はいそいそと洗面台の隣にある戸棚からドライヤーを取り出し、プラグをコンセントに刺す。
「おいで、安奈ちゃん」
私はドライヤーのスイッチを入れ、洗面台の鏡の前に安奈ちゃんを呼んだ。
「じ……自分でやりますよ」
そう言いながら私からドライヤーを奪い取ろうとするが、私はそれを「いいからいいから」と言い、安奈ちゃんから遠ざける。
少し困った表情を作って口をモゴモゴと動かしたが、ついに観念したように、洗面台の近くにある椅子へと腰掛けた。
鏡越しに、私と安奈ちゃんの目が合う。
私は思わずにやけてしまった。そんな私を見て、安奈ちゃんも少し微笑む。
「なんかさぁ」
「はい?」
「楽しい」
私はそう言い、安奈ちゃんの髪の毛を乾かし始めた。
「……あれ?」
突然、安奈ちゃんが声を上げる。鏡の中の安奈ちゃんは目を細め、鏡の中の私の顔を、じぃっと見つめた。
「ん? なぁに?」
「おでこ……」
安奈ちゃんはそう言い、鏡の中の私の顔を指差した。私はつられてその場所を見る。
右側の前髪の隙間から、少しだけ赤いものが見えていた。
どうやら少しだけ血が垂れて、赤黒いシミになっているようだ。
「あぁ……」
そういえば、頭を怪我していた。安奈ちゃんの事で夢中になり、今の今まで忘れてしまっていたらしい。
今日、彼氏と別れ、暴力を振るわれ、頭を怪我していたんだった。そして、明日大学に行く事を、悩んでいた。
本当に今日の出来事だったのか、疑いたくなるほど遠くに感じる。
しかし、この血が教えてくれた。全て今日、起こった事なんだと。
「……大した事ないよ、痛くないし」
「痛くないって……頭ですよ? 血が出てるんですよ」
「だーいじょーぶ、ツバつけておけば治るよ」
安奈ちゃんは座ったままの状態で体と首をこちらに向け、心配そうな顔で私を見た。
眉毛をハの字に垂れ下げ、唇は少し震えている。
「もぉ、心配しすぎ」
安奈ちゃんを鏡のほうへと向き直そうと肩に手を置き、ぐいっと力を込める。
しかし安奈ちゃんは抵抗するように、私の押す力を肩で押し返し、体を更に私へと向け、立ち上がった。
「……だって」
そう言いながら安奈ちゃんは、私のおでこを触り、髪の毛をかき分ける。
安奈ちゃんの髪の毛が私の顔にかかり、形容しがたかったなんとも言えない匂いから、シャンプーのいい匂いになっている事が分かった。
「……ん……傷口は、小さいけど、なんでこんな」
安奈ちゃんの口と私の耳の距離が近いおかげで聞き取る事が出来たが、蚊の羽音のように小さな声で、安奈ちゃんはつぶやいた。
「痛そう……」
「だから、もう痛くないって」
安奈ちゃんの肩を掴み、グッと押し込んで再度、椅子へと座らせる。
そしてその手をそのまま安奈ちゃんの頭へと乗せ、耳と一緒に頭をなでた。
ドライヤーの風を冷風にし、安奈ちゃんの顔に当てる。
安奈ちゃんは目をつぶり「あぅ」と、可愛い声をあげた。
「本当に本当に、痛くないよ。だから心配しないで」
痛くないのは、本当だ。
安奈ちゃんと出会ってから、頭の傷なんてちっとも気になっていない。
あの男の顔だって、思い出しもしなかった。
「安奈ちゃんは、おとなしく髪を乾かされてればいいのだ」
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