第12話

 一体、何があると言うのだろう。あの嫌がりよう、あの怖がりようを見るに、この帽子の下に何かがあるのは確かだ。

 それに安奈ちゃんが言っていた「嫌わないで」という言葉……本当にハゲているのか、それとも見るに耐えないデキモノがあるのか。

 頭を洗っていないとハゲるかどうかはわからないが、帽子を毎日かぶっていて、寝る時にも外す事が無いのなら、吹き出物は出来るだろう。

 一度駅の改札で、禿げた上に、そこに目を逸らしたくなるほどのおぞましいデキモノがある人を見た事がある。

 確かにあれは、本人のせいでは無いのだろうが、嫌われる対象だろう。もし安奈ちゃんにそんなものがあるのなら、見せたくないのもうなずける。

 私は少し緊張しながらも、安奈ちゃんの手に導かれるまま、ゆっくりと帽子を脱がしていく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。徐々に安奈ちゃんの黒髪が露になっていった。

 帽子をずらして行くと、長い後ろ髪が帽子の中から外へ出る。若いためか、洗っていなくてもツヤがある綺麗な黒髪は、安奈ちゃんの腰に届くほど長い。

 その様子をチラッとだけ見て、再び帽子を脱がす指をすすめる。

 スルスルと帽子は脱がされていき、ついには安奈ちゃんの頭頂部が見えた。

「つっ……!」

 私は、息を飲む。

 安奈ちゃんは、禿げてなんていない。ましてやデキモノも出来ていない。若々しい、ハリのある、綺麗な髪の毛をしていた。

 しかし、そこには、髪の毛とは違うものまで、生えていた。

「い……犬」

 帽子の装飾品だと思っていた犬の耳は、帽子のてっぺんに開けられた2つ穴から、それぞれ一つずつ出ているものだった。

 つまり、犬の耳は、安奈ちゃんの頭から、生えている。

「え? え……」

 私は混乱した。

 そこそこ大きな、柴犬のような茶色い耳。それが、本当に、頭の皮膚と同化しているのだ。

 つなぎ目なんかなく、当然のように、生えている。

「……わないで」

 安奈ちゃんは、悲しい目で私を見る。

 しかし、動かない。私を襲うような素振りはない。

 ……襲うってなんだろう。狼人間のイメージだろうか。

「……嫌わないで」

 私は思わず、安奈ちゃんから後ずさりする。心臓が激しく動き、鼓動の度に頭がグラグラと揺れる。

 先ほどまで感じていた安奈ちゃんへの愛情が、嘘のように消し飛び、私の心を恐怖が支配する。

「……彩子さん……彩子さんっ」

 安奈ちゃんは、泣いてしまっている。

 泣いてしまっている。

「あ……あは」

 なんとか、私は笑った。

 本当に、なんとか。最後の良心が、私にそうさせてくれた。

「……び、びびび、びっく、り、したぁ」

 血液の過剰供給か何か知らないが、そのせいでグラグラしている落ち着かない頭を、なんとか止めたい。歪む視界を、なんとか治したい。

「ふ……ふぅー……すぅー……ふぅー……」

 二度、三度と深呼吸をする。


「そりゃあ、中々見せられないよね」

 私は数分かけ、なんとか落ち着き、泣いてしまっている安奈ちゃんの手を握っていた。

 安奈ちゃんは、相当ショックだったのか、未だに涙を流し続けている。

 ……凄く、凄く悪い事を、してしまった。

「ひっく……ひっく……うぅうぅ……」

 ……漫画じゃあるまいし、生まれながらにして、という事は無いだろう。そんな人間見た事も聞いた事も無い。

 後天的に付いた、もしくは付けられたのだろうな、と思う。

「ごめんね、安奈ちゃん、ごめんね」

「ひっくっ……して」

「……ん? なぁに?」

 安奈ちゃんは、何かをつぶやいた。

 私は出来るだけ優しい印象を与える声で、聞き返す。

「……い……して」

「何? ごめん、聞こえない」

 私は安奈ちゃんの口に、自分の耳を近づけた。

「あいして」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る