第11話
「あ、そうだ、ごめん安奈ちゃん」
安奈ちゃんは未だコートと帽子を被ったままの状態だった。
私は立ち上がり、部屋の隅にあるハンガーラックから一番立派なハンガーを取る。
「これにコートかけて。それと」
今度はタンスの引き出しをあけ、生理用にコンビニで買っておいた、未使用の黒くてダサいパンツと、ブカブカで私では引きずって歩いてしまい、一度しか履いていないスエット、そして無地の黒いシャツを取り出す。
「はい、お着替え。お風呂入ってきてよ」
「え……」
安奈ちゃんは、少し戸惑った表情を作る。
自身の匂いには気付いているだろう、出来るだけ早くお風呂に入って欲しかった。
それに、昨晩は駅に泊まっていた。日中だってずっと野外にいたんだ、体も温めてきて欲しい。
「バスタオル用意しておくからさ、遠慮しないで」
「……でも」
「でもじゃないの。お姉さんの言うこときくの」
私はそう言いながら安奈ちゃんの頭を撫でる。
そしておもむろに、帽子を掴み「すぽーん」と言いながら剥ぎ取ろうと、力を込めた。
「だめ! だめ!」
安奈ちゃんは、帽子を脱がされまいと、ものすごい速さで私の手を払いのけ、ギュッと帽子をつかみ、座ったままの状態で後ろへ下がった。
払われた手は、少し痛い。
そして心は、もっと痛い。
まさか、あんなに嫌がるとは、思っても見なかった。
仲良くなれたと思っていたのに、安奈ちゃんは、私を恐怖の対象かのように、怯えた目で見る。
軽はずみな自分の行動が、嫌になる。
「……あ、ごめんね。嫌だった?」
私は怯えさせないようにゆっくりと安奈ちゃんに近づく。
しかし安奈ちゃんは、帽子を掴んだまま離さず、なおも怯えた表情をし続ける。
「帽子、とりたくないの?」
安奈ちゃんは返事をせず、小さく丸まった。
何をそんなに、怖がっているのか、怯えている。
私はつい、安奈ちゃんの体に手を触れた。
安奈ちゃんはビクンと体を跳ね上げ、私の顔を見る。
「……別に、どうもしないよ。ハゲてたって、笑わないし」
こんな言葉で納得出来るとは思わないが、他に安心させる方法がわからない。
私はゆっくり、安奈ちゃんの体から手を離し、顔を触る。
ところどころ黒ずんでいる安奈ちゃんの顔の汚れを、指で拭きとった。
「信用して欲しいな」
私は顔に触れていた手をそのまま、ゆっくりと、帽子にのばす。
そして優しく帽子をつかみ、少しだけ脱がそうとしてみる。
しかし、安奈ちゃんの帽子を抑える力は弱まる事が無い。頑なに手をどけない。
「……嫌?」
私がそう聞くと、安奈ちゃんは私から視線を逸らした。
どうやら、本当に嫌らしい。
そりゃ、まだまだ沢山の心の壁はあるだろう。仲良くなるためには、やはり時間が必要だ。
私はそう思い、帽子から手をどけた。
「ごめんね、無理に脱がそうとして」
私は安奈ちゃんと少し距離を取り、ニコリと笑って見せた。
安奈ちゃんは逸らした視線を、再び私に向ける。
「……いえ……あのっ!」
安奈ちゃんは突然、必死な表情をし、ガバッと体を起こした。そして私の左手を掴み、帽子へと持っていく。
本当に突然だったので、私は驚いてしまう。
「とっても、いいですよ。いいですけど」
安奈ちゃんの顔は、真剣そのものだった。
決してツリ目では無い安奈ちゃんの目に力がこもり、強い意志が感じられ、大きな瞳には目を丸くした私の顔が写り込んでいる。
「私を、嫌わないでください」
そう言いながら、私の親指を帽子の縁の内側に入れる。
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