第10話

 私の実家は一軒家である。私が小学生の時に建てた、閑静な住宅街にある2階建ての、特別大きくも小さくもない、普通の家。

 私は家の鍵を開け、玄関の戸をあけた。

「さ、入って入って」

 私は玄関の戸を開いたまま、安奈ちゃんに中に入るように促す。

 安奈ちゃんは緊張しているためか、目をキョロキョロと動かし、中々先に進めないでいるようだ。

「ホント私……足とか凄く汚いです」

「んー、じゃあタオル持ってくるから。玄関の中に入って待っててよ」

 私は先に家へと入り、安奈ちゃんを手招きする。

 すると安奈ちゃんはようやく決心したように、ゆっくりと玄関へと入り、キョロキョロと家の中を見回した。

 その姿を確認し、私は「ちょっと待ってて。あ、鍵閉めておいてね」と言い、急いで洗面所へとかけ出した。


「さ、靴ぬいで」

 私はお湯で濡らしたタオルを持ってきて、安奈ちゃんの足を拭いてあげようと安奈ちゃんを家に上げる。

 ブーツの下には何も履いておらず、やはり、かなり黒ずんでいた。

 黒ずんでいるだけならいいのだが、靴下も履いていなかったせいか、少しだけ靴ずれを起こしている。

 そして、想像していたが、やはり匂いも、相当なものだ。

「……ごめんなさい、汚いです、凄く、臭いし」

「いーから。気にしすぎ」

「自分で拭きますから、貸してください」

「気にしすぎだって。いいの、お姉さんにやらせて?」

 公園でお互い泣きあってから、私は凄く、安奈ちゃんに近づいた気がしていた。

 なんでもかんでも、やってあげたくなる。本当に、お姉さんになったような気分だ。全然苦じゃない。むしろこうしていて、楽しい。

「リュックも、ちょっとだけ拭かせてね」


 私は安奈ちゃんを一度二階の自室に連れて行き、とりあえず袖に血のついたコートを脱ぎベッドの上に置き、私はリビングのある一階まで降りて、晩ごはんを作っていた母親に「友人が泊まりに来ている」という事だけを伝え、お菓子と飲み物を持ち、再び安奈ちゃんが待っている自室へと戻っていった。

 扉を開けた安奈ちゃんは、新聞紙の上に置いてある自分のリュックの中身を確認していたようだ。扉が空いた瞬間に、少しビックリした表情を作りながらこちらを見る。

「じゃじゃーん。おーかーしー」

 私はにこやかに大山のぶ代の声真似をし、手に持っていたポテトチップスを持ち上げた。

 どうやら、伝わっていないらしい。不思議そうな表情を作り「はぁ」と、気の抜けた声を出す。

「あは。知らないか。私も世代じゃないけど」

 私はそう言い、安奈ちゃんの隣へと腰を下ろした。

「結局、全部持って来ちゃったけど、何がいらないか、わかりません」

 安奈ちゃんは再びリュックへと目を移し、沢山のコンビニ袋に入った服を取り出した。

 敷いてある新聞紙へと、ドサッとのせる。私はその姿を横目に見ながら、お菓子の袋を開ける。

「これが、セーター、これが、シャツ……」

 袋の中身をガサガサと開け、ブツブツとつぶやきながら確認していく。

 しかし、凄い匂いだ。どれもこれも、着た後に洗濯なんかしていないのだろう。

 服の傷み具合も、私が思っていた通り。擦り切れているもの、穴の開いてるものもある。

「これは……なんだろう」

 安奈ちゃんはビリビリに破けた黒いティーシャツらしきものを取り出した。

 襟と袖部分しか残っていない。どうやって着ていたらこんな状態になるのか。

「凄いね」

「……あは、あんまり、見ないでください。恥ずかしい」

 安奈ちゃんはそう言い、持っていたビリビリのシャツを手早く袋にしまう。

「……汚い、臭い」

「くちゃいね」

「……あは。すみません」

「ううん」

 安奈ちゃんは苦笑いを浮かべ、全ての服をコンビニ袋に入れ直し、再びリュックに詰め直す。

 安奈ちゃんの表情は、凄く曇っていた。改めて自分の服を見て、落胆しているように見える。

 今まで、匂いとか見た目とか、気にしてられなかったんだろうと思う。それほどの過酷な生活だったという事だ。

「全部、要らないよ」

「……それじゃあ着るものなくなっちゃいます」

 そりゃ、そうだ。

 だけどそんな服、安奈ちゃんに着てほしくない。

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