第8話

 申し訳ないな、私は少し地を出しすぎていた。

 私の地は、良く言えば社交的、悪く言えばただのウザイ人だ。

 容姿や普段の行いから、ある程度の事なら許されているのかも知れないが、中には私を煙たがっている人も居るだろう。特に女子には多そうだ。

「ん……あ、彩子さん」

 安奈ちゃんは何かに気付いたように空を見上げる。

 私もつられて、同じように空を見上げた。

 太陽はもう地平線に隠れてしまい、僅かに西の空をオレンジ色に染めているだけで、もう太陽の暖かさは感じなかった。

 公園に設置している街灯はいつの間にか明かりを灯し、この公園の歩道やこのベンチを照らしている。

 その光に映る、白い大粒の雪。

 ついに、降ってきてしまったらしい。

「雪ですよ、雪。こんなに大粒の雪が降ってるところ、初めて見ました」

「え?」

「昨日の夜、降らなかったですもんね」

「うん……」

 安奈ちゃんは頬を赤く染め、満面の笑みのまま立ち上がった。そして「すごーい」と言い、ベンチのある屋根から外へ出て、手で皿を作り空から降る雪を、そっと優しく捕まえる。

 ……可愛い。嫌味なく、可愛い。

 私が同じ事をしたら、きっとあざとく見えるんだろうな。無邪気さアピールをしてると思われ、また誰かにウザイと思われるのだろう。

 安奈ちゃんの場合、若いから可愛く見える訳じゃない。安奈ちゃんだから、可愛いんだ。

 しかし、ぼた雪を見た事が無いとは、一体……。

 嫌な想像が、私の脳内に浮かび上がる。

「……安奈ちゃんさ」

「はい?」

 大きな瞳を私に向ける。

 大きくて澄んでいて、穢なんて知らないように見える。

 しかし、そんな訳が無い。

「今日、どこに泊まるの?」

 彼女はお金が無い。そして恐らく、家出でも無い。それどころか家も無い。この町の人間ですら無い。状況的にそう考えざるを得ない。

 ブランコの近くに置いてある大きなリュックには、恐らく着替えだとか、生活する上で最低限のものが入っているのだろう。つまり、北海道にはほとんど居ないと言われている、ホームレスだ。

 一昔前、お笑い芸人が中学生時代のホームレス経験を書き綴った小説がベストセラーになりドラマや映画なんかになっていたが、私には異次元の事のように感じていた。

 しかし、いざこうして目の前にしてみると、心がザワつく。

 あぁ、ザワつく。ザワつく……。

「あの……あは……」

 安奈ちゃんは照れくさそうに、顔を人差し指でポリポリと掻く。私が色々と察している事を、察したのだろう。

 そしてゆっくりと、ほど近い所にある、公園のトイレを指差した。

「昨日は、駅だったんですけど、ね、始発が早くて、人が来て、ゆっくり出来なくて」

 ザワつく胸を、私は左腕で思い切りギュゥと掴んだ。

「ダメッ! ダメだよ! あんなとこ……絶対だめ!」

 私の中で、何かが弾けるのがわかった。

 あんな所、私には住むどころか、利用する事さえ躊躇われる。だって絶対に不潔だ。いつ、誰が利用し、いつ、誰が掃除しているのかもわからないんだから。

 思わず安奈ちゃんの手をにぎる。意外にも温かい安奈ちゃんの手は、柔らかい。

「……うち、おいで。ね?」

 安奈ちゃんは目をまんまるくして、私の顔を見た。

「で……でも」

「嫌? 気を使う?」

「……私、汚いですよ。おうち汚しちゃう」

 汚いのは、貴方のせいじゃないじゃない……。

 汚いのは、貴方のせいじゃないじゃない……。

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