第5話

 彼女はちゃんと、公園のブランコの上に座って待っていた。

 その姿を遠目に確認できて私は安心し、同時にせっかく温めて貰ったお弁当が冬の風に晒され、冷めてしまう事を恐れ、足早に駆け出す。

「はぁ……はぁ……」

 どうしてこんなに、一生懸命なんだろう。

「あの……あの」

 彼女は私を見つけ、初めてブランコから腰を上げた。申し訳無さそうに「すみません」と言いながら目をキョロキョロとさせ、頭を何度も下げる。

 座っている時には気づかなかったが、彼女はそれなりに長身だ。百六十の後半はあるだろうか。

 前開きにしている黒いコートの中には、やはり黒のセーターを身につけており、風に吹かれて時々見える体のラインは、とても細く見える。

 しかし胸の膨らみもしっかりとあり、思っていた以上の年齢なのかも知れない。肩幅が狭い事や、何かのキャラ物の帽子なのか、犬の耳をかたどったものを被っていたので、幼く見えていた。

「いいから、ほら、冷めないうちに食べて」

 私はニコッと笑いながら、お弁当の入った袋と温かいお茶の入った袋を差し出す。

「でも……私お金」

「いいんだよ、お姉さんの奢りだから」

「お姉さん?」

 彼女はそう言い、辺りをキョロキョロと見回した。

「お姉さん……え? お姉さん?」

 ……最初、彼女が何をしているのか全然わからなかったが、少し考えてピンと来た。

 どうやら彼女は、私の事を「お姉さん」とは思っていないらしく、私の居もしない姉を探しているようだ。

 変な娘。という印象を受けたが、困惑した表情をしながら辺りを見回す彼女は、凄く可愛らしい印象も受ける。素直に可愛らしいと、思った。

「あはは、私。私の奢りだから」

 私は思わず笑い声を上げると、彼女は最初キョトンとした表情を作るが、すぐに察したのか「あ……お姉さん、お姉さん、ですね」と小さく発し、頬を赤めながら右手で私を指した。

「すみません……同い年くらいかなって、思ってましたから」

 彼女は自分の頬を右手で少し隠し、少しだけ気まずそうだが、微笑んだ。

 彼女の笑顔を初めて見たが、なんだか心が暖かくなった。お人形のように綺麗な顔立ちなので、表情があまり変化しないのでは無いかと思っていたが、どうやらそんな事は無いらしい。当たり前だが、どんなに綺麗でも人は人。人形では無いのだ。

「はは。私は同級生の中でも一番小さいからね」

 私はそう言いながら、持ってきていたお弁当の袋を彼女の体へと押し当てる。

「ほら、食べて」

 彼女はほんの少しだけ、表情をこわばらせたが、ゆっくりと袋を受け取った。


 私と彼女はベンチへと移動し、隣同士で腰を下ろす。彼女のお弁当のついでに買ってきていた私のぶんのコーヒーを開け、ひとくちズズッとすすった。

「はぁ、あったかい」

「あの、お姉さん、本当に食べてもいいんですか?」

 彼女は私の顔を少し覗きこむような感じに、前かがみで見てくる。彼女の膝の上にはホカホカに暖められたステーキ弁当が、蓋が開けられる事なく乗せられていた。

 私はつい、一番高く量も多いお弁当を購入していた。無意識のうちに彼女へと気を使ってしまっていたのだろうか。

「いいのいいの。お腹減ってるんだから、冷めないうちに食べて」

 ……しかし、なんだ。そう言われても食べにくいのは分かる。今は空腹よりも申し訳ない気持ちのほうが強いのだろう。

 お弁当をすんなりと食べさせたいなら、私はこのまま颯爽と立ち去り、ただただ親切な人を演じれば、彼女も私に気を使う事なく、食べてくれていただろう。

 だけど私は、彼女とお話がしたくなっていた。人当たりが良く、物腰も柔らかく、顔も美しい、彼女と。

「……それじゃあ、すみません、頂きます」

 彼女は何度かチラチラと私の顔を見て、ようやく決心したのか、ステーキ弁当の蓋を開けた。

「わぁ」

 蓋を開けた時の湯気に乗せられて、お肉のいい匂いが私のほうへと流れてくる。

 その匂いを嗅いで、彼女は思わず口元をゆるめ、目尻を下げ、笑顔を作った。

 絵画のように美しい笑顔に、私の心は癒やされた。

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