第4話
「用……」
私は焦った。
だって私には、彼女に対して用事なんて何一つ無い。
ただの興味本位、ちょっとした好奇心から顔を確認しようとしただけなのだから。
「あの……あれ、ずっとそこで座ってるけどさ、何してんのかなーって……思って」
私は思わずうかつな事を口走ってしまった。
ずっと座っていた事を知っているという事は、ずっと座っていた所を見ていたという事。
私の良く考えず言葉を発してしまう悪い癖が、こんな時に出てしまった。
初対面の人間に突然こんな事を聞かれ、警戒しない訳がない。ましてや彼女は今、恐らく家出中だ。何かしらの嫌な事があって家出をするほど追い込まれているのだとしたら、人間不信に陥っている可能性だってある。
私は彼女の瞳から目を離せないまま、おそらくは歪んだ不器用な笑顔を浮かべていると思う。
「……私は、えっと」
彼女もまた、視線を外さない。
ずっと、じっと、私の目を見つめている。
そしてそのままの状態で、しばらくの時が過ぎた。
時間にして数秒の事なのだろうが、この沈黙が辛い。彼女は恐らく私を警戒し、どうこの場を離れようかを、思案しているのだろう。
やはり「何か御用ですか」と聞かれた時に、冷たく言い放つようにでも「別に」と言ってこの場を離れておくべきだったのかも知れない。
「……あの、お腹、減るから、動きたくないんです」
彼女はそう言い切ると同時に頬を赤らめ、私からようやく視線をそらす。そのまま少しうつむき、口をへの字に曲げた。
まさか答えてくれるとは思っておらず、私は少し、嬉しい気持ちになる。
しかし、お腹が減るから動きたくないって、何だ?
「お腹?」
「……はい。動くとお腹が減るんです」
彼女は本当に恥ずかしそうに、目をキュッとつむりながらそう言った。
彼女は適当な事を言って私をあしらっている風ではなく、正直に話しているように見える。
つまり本当に、お腹が減るから動きたくないらしい。いくら家出中だとは言え、この飽食の世の中で。
「お腹、減ってるの?」
私がそう聞くと、彼女は私の顔を上目遣いでチラッとだけ見て、またうつむき、小さく首を縦に振った。
その姿がなんだか、哀愁を誘う。
私は思わず、小さな子犬がこちらを見ながらクゥンと鳴いている姿を想像してしまった。
持っていれば、食べ物のひとつでも恵んであげるのだが。
「あのさ、あの~……」
私はブランコの周りを囲っている鉄柵を乗り越え、少し彼女へと近づいていく。
私のその気配に気付いてか、彼女はまた、私を上目遣いで見つめてきた。
逃げるでもなく、近づくでもなく。彼女は私の、目を見つめる。
……不思議だ。不思議な感覚だ。なんなのだこの感覚は。同情なのだろうか。
今しがた出会ったばかりの、この娘に? どんな理由で家出をしてきたのかも知らない、この娘に? 二、三言葉を交わしただけの、この娘に?
同情しているとでも言うのだろうか?
「何か、買ってこよっか? あ、迷惑じゃなかったら、だけど」
私はつい、心が動くままに言葉を発した。
「え? そんな」
彼女は大きな目を更に大きく広げながらパッと顔を上げた。どうやら少し喜んでいるようにも見える。
その姿を見て、本当にお腹が減っているんだなと、私は思った。
それと同時に、胸の奥が、ギュゥゥ……と思い切り掴まれるような感覚に陥る。
「あの、悪いです。あと六時間もしたら、そこのコンビニ、廃棄の時間なんですよ」
「廃棄?」
「あの、はい。廃棄。賞味期限の過ぎたお弁当とかパンとか、捨てるんです。あそこのコンビニ、ガレージが開きっぱなしになってるじゃないですか。あそこに廃棄の」
「いいから、いいからさ」
……ゴミを、食べるつもりだったんだ、ゴミが出る時間を、この子はここで、じぃっと待っていたんだ。
そう思い、私は早口に説明してくる彼女の言葉を思わず静止した。
聞いてられなかった。耐えられなかった。
こんな幼く、綺麗な娘が、ゴミを……。
「待ってて。絶対待ってて。あったかい物買ってくるから」
私は強い口調でそう言い、彼女に釘を刺す。
「あのっ」
「絶対そこに居て! すぐ戻るから!」
私はかけ出した。
一刻も早く、この娘に何かを食べさせてあげたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます