第3話

 ブランコに座る少女をぼうっと眺め続けて、どれくらい経っただろう。

 冬のせいか、時間が経つのが早い。空はいつの間にかオレンジ色に染まり、雲に影を作る。

 駅のほうから学生たちの話し声が聞こえてきた事から察するに、恐らくもう夕暮れ時。あと一時間もしないうちに太陽は沈み、街灯は明かりを灯すだろう。

 雲が多くなってきており、今晩あたり雪を降らしそうな雰囲気だ。

 私は仕方なく、ゆっくりと立ち上がる。そしてわずかばかりの自分の荷物を手に取り、家に帰る事にした。


 家に帰ろうと二、三歩歩き出した時、なんの気なしに、再びブランコに腰をかけていた少女へと視線を移す。思えばブランコを漕ぐ事もなく、私と同じように何時間も座りっぱなしで動かなかった彼女が、少し気になっていた。

 彼女は未だ、座り続けている。私に対して背中を向けている彼女は、一体何を思ってここに座っているのだろう。

 彼女の近くの地面には、大きなネイビー色のリュックが乱雑に置いてある。雪溶け水に濡れてしまう事を気にかけていないのだろうか。

 後ろから見ただけの印象だが、中学生か高校生くらいの年齢。思えば私がこの場所に来た時は、まだ学校は午後の授業をしているはずだ。

 ……家出だろうか。この状況では、そうとしか思えない。

 幸いにも、友人や知人が家出をしたという話を私は聞いた事が無いし、自分自身その発想を持った事も無いが、それは私が知らないだけで、この歳の頃は何かと複雑だ。家出のひとつやふたつ、毎日どこかで起こっているのだろう。

 どんな娘が家出なんて事をするのだろう……そう思った私は、わざと遠回りしてブランコへと近づき、ブランコの鉄柵のまわりを歩き、彼女の顔を確認する。

 少しだけうつむき加減だった彼女は、私の存在を近くに感じたためか、パッと顔を上げ、私を見た。

 彼女の目が私の目と合い、二人の視線が交わった先には、そこには。

 そこには。

 目を疑いたくなるような。

 夢でも見ているんじゃないかと思うような。

 空から舞い降りて来たんじゃないかと思うような。

 大げさな表現ではなく、本当に、本当に、絶世の、美女が居た。


 目はとてもとても大きく、周りの景色を映し込むほどに澄んでおり、少し遠目のこの場所からでも、クッキリとした二重である事がわかる。

 鼻筋はスッと通っており、小さな顔に調度良い高さで収まっている。

 口元は、半開き状態で少し乾燥しているように見えるが、慎ましく上品さを漂わせ、厚くももなく薄くもなく、とても美しい形であった。

「つっ……」

 私は思わず息を飲む。息を飲む事しか出来なかった。

 鋭くもなく、穏やかでもない、ただただ綺麗なだけの彼女の視線に、私は射抜かれてしまい、動く事も、しゃべる事も、出来なくなっていた。


 私は、自分の事を可愛い方だと思っている。

 ……いや正直、総合的に見ると私の人物像は、学年一だと、思っている。

 そりゃあ女の私から見ても綺麗だと思う娘は居るには居るのだが、親から譲り受けた端正な顔立ちと、明るさや人当たりの良さ、社交性、そして男受けの良い、小さく華奢な体格。それらを全て総合すると、私ほどの人間はそうは居ない。

 そうは居ないと思っていたのだが……。

 私はひと目彼女を見た瞬間に、それらの自尊心全てを、否定されてしまったかのような、感覚に陥った。

 彼女は、ただただ綺麗で、ただそれだけの理由で、私に敗北感を、味あわせた。

「あの……」

 彼女の口元が動いた。

 私の体はようやく金縛りから開放されたかのように、ビクンと跳ねる。

「え、なに?」

 私は素っ頓狂な声で、彼女の言葉に答えた。

「……何か、御用ですか?」

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